第5話 やり残したことは
クラスから一人追放された時点で、すでに死んだようなものだと隆也は思っていた。
規模でいえばちっぽけかもしれないが、隆也以外のクラスメイト達は、文字通り『戦い』を生き抜いてきた。今は奇跡的に全員が無事だが、いつ誰が犠牲になってもおかしくない戦いだったのだ。
今後、彼がこの世界を生き抜くためには、たった一人で、誰の助けも借りずに戦わなければならない。
死骸をいじることしかできない彼が、生身の、しかも、こちらのことを襲うべく殺気たっぷりに向かってくる魔獣やその他の類を退けることなど、果たしてできるだろうか。絶対に、できない。
抵抗しても無駄なあがきであることはわかっている。ならいっそ自分の手で死んでしまった方がいいと、隆也の思考はネガティブに落ち込んでいたのである。
「幸い、そのための道具もある、か……」
つい先ほどまで使っていた解体用のナイフを手に取り、軽く手首のほうへ刃を当ててみる。
仕事に使うからと常にメンテナンスを欠かさなかったこともあって、刃こぼれは多少あっても切れ味は健在だった。このまま力を入れて引ききれば、手首の血管ぐらいなら軽々と切断できるだろう。
そのまま放置すれば失血死、サヨウナラだ。
これまで散々好き放題獲物を切り刻んできた武器によって、最後は自身が殺されることになるとは、なんて皮肉だろう。
やりたくてやっていたわけでもない――それなのにも関わらず。
「さて、と。これからどこに行こうかな」
隆也は現在、近隣の村より少し離れた森の中にいた。すでに別行動となっている元クラスメイト達は、このまま森を進み、山を一つ越えたところにある街へと向かう予定である。
彼らの現在の目標は『元の世界』へ何とかして帰ることであり、その情報収集のため、できるだけ人の多いところへ向かうのだと、少し前のミーティングで明人が言っていたのを隆也は思い出していた。今となっては、もう何の関係もなくなってしまったが。
もう彼らのことは忘れようと隆也が首を振ると、ふと、腰に下がっているちょっとした重みのことを思い出した。
「お金と、それから魔石か……どうしようかな、コレ」
魔石をくすねたおかげで、一週間分から一か月分くらいの生活費ぐらいになった隆也のポケットマネーだったが、これから死のうとする人間には必要のないものである。
だが、このまま腐らせておくのももったいない気がする。
「……全部、使い切ってみるか。一日で」
安宿に泊まって、食費を限りなく節約すれば二カ月は引き延ばせるぐらいのお金。それをパーッと使ってしまうのは、気の小さい隆也にとっては小さくない罪悪感である。
しかし、彼はどの道、そう遠くないうちに死ぬつもりなのだ。
なら、それぐらいやっても文句はないだろう。それに、隆也は、今はもう一人である。今までのように、誰に小言を言われることもない。暴力を振るわれることも。
そう考えると、少しだけ、落ち込んだ気分がマシになっていく気がする。
リュックを背負い直したジャージ姿の隆也は、来た道を引き返し、近くの小さな街へ行くことにしたのだった。
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