第4話 血と臓物と侮辱にまみれて


(この手のやつは、ここをこうしてやれば……)


 この程度の大型犬のサイズほどもあるような魔獣は、基本的に分厚い毛皮に覆われ、普通なら、ちょっとしたナイフ程度で刃を体内へ通すことは難しい。


 しかし、どの動物だろうが魔獣だろうが、必ず捌きやすいところというのある。それは関節と関節の隙間だったり、もしくは肉質の柔らかいところだったりと様々だが、それを隆也は感覚で探り当てることができるようになっていた。


「――ふっ!」


 魔獣をごろんと仰向けに寝かせた後、死骸の喉元に刃を当て、全体重をかける。


 しっかりと刀身が入ったことを確認すると、隆也はそのまま一気に刃を腹へ向けて一直線に切り裂いた。


 瞬間、傷口から大量の魔獣の赤黒い血液と、中に入っている大量の内臓が飛び出してきた。


「「うっ——」」


 その光景を目の当たりにした明人や俊一が思わず顔を歪める。まだ消化しきていない胃の中の物体が飛び出し、血混じりの悪臭を漂わせているのだから、無理もない。


 だが、捌いている当人の隆也が手を止めることはない。このまま放置していれば、あっという間に内蔵の悪臭や血が全身に回ってしまう。そうなれば、いくら貴重な食糧とはいえ、とても食べられたものではない。食材によっては毒になることもあるから、なおさらだ。


 初めの内は、隆也自身も、胃の中を何度もぶちまけながら、これよりもはるかに小さな動物を殺していたのものだったが、やっていくうちに感覚が次第に麻痺してきたのか、今はもう何も感じなくなっている。馴れとは怖いものだ。


「……すごいな、名上。僕にはそんなことできそうもない」


「このぐらい、この世界にいる人なら誰だってできることだよ。それがわかったから、俺のこと、いらないと思ったんでしょう?」


 腹、背中、そして前脚後脚といった具合に、この後の調理がしやすいように肉を切り分けていく。肉を覆っていた分厚い皮は、後で流水にさらして綺麗にすれば、防寒具として使うことができる。もちろん売ることも。


 ちなみに、内蔵を捌いた際、魔獣の心臓の中に赤く光り輝く石を見つけていたので、それは明人と俊一が顔を背けていた際に、こっそりと体操服ジャージのポケットに入れておいた。魔獣を解体するとき稀に発見できるこの物体は、『魔石』というらしく、街で高値で取引されている。


 だが、このぐらいの解体など、ちょっとコツさえ掴めば誰にだってできると隆也は思っている。実際、近隣の村にクラスメイト達と訪れたとき、解体済みの魔獣や動物の肉が数多く売られていたのだから。


 もちろん、お金さえ払えば、狩ってきた魔獣を解体してくれたりもしている。


 外に頼めばやってくれる——その事実が分かった時点で、隆也のたった一つのアイデンティティは、あっけなく崩壊してしまったのである。


「ったく、最初から素直にオレに従ってればいいんだよ。んじゃ、ご苦労だったな、名上クン! もうどこへでも消えてくれていいぞ」


 綺麗な食材となった魔獣の肉を袋に入れ、俊一は隆也に一瞥をくれることなく、クラスの女子たちが多く集まる輪の中へ消えていった。


「末次! お前はいつもそうやって……!」


「構わないよ、春川君。あの人には、多分、まともな人の言葉なんか耳に入っちゃないから」


「しかし……」


「だから、いいって別に。どうせ、もうこれで最後だ」


「……」


 言って、隆也はさきほど使ったナイフをリュックの中に入れた。


 パーティに残したところで、どうせ使う人間など誰にいないだろう。明人も、隆也の行動を咎めなかった。


「ねえ、春川君。最後に、聞きたいんだけど」


「何だい? どうせ最後だし、なんだって答えてやるよ」


「そう、それじゃあ……質問っていうか、確認なんだけど」


 隆也は、今もお山の猿のように嬌声を上げる数人の女子グループへ憎しみの視線を向けた。


 無駄に顔がいいだけで、クラスのカースト上位の立場でやりたい放題やっている馬鹿どものほうへ。


「……俺を追い出そうって言ったの、アイツらでしょ?」


「っ――」


 隆也の言葉に、明人は、押し黙って下を向いてしまった。


 あからさますぎる態度に、隆也は苦笑する。


 委員長は、本当に人にいい人で、そして、本当に、最悪のクズ野郎だと、彼は思った。


「仕方が、なかったんだよ」


 明人は言い訳がましく隆也に、いや、自分に言い聞かせるように続ける。


「止めたよ、俺は。実際に一人減ろうが減るまいが、今のところパーティに影響はないんだ。でも、あいつら頑なに意見を曲げないんだよ。『アイツを追放しなきゃ、自分達が抜ける』ってさ。理由は、まあひどい言いがかりレベルだったけどね」


 何も考えていないように見えるが、彼女らは彼女らでクラスの貴重な戦力だった。攻撃から補助、そして癒しまで、多種多様な魔法が使える集団だったのである。


「彼女達がいなくなるのはさすがに困る。名上を追い出す口実がどれほどひどい言いがかりだったとしても、今、彼女達と別れることはできない」


 雑用しかこなせない隆也一人と、魔法の才能を覚醒させた女子グループ数人。


 どちらを選ぶかは、火を見るより明らかというわけだ。


「名上、さよならだ。どこかで生きていれば、また会おう」

 

 そう言って、明人も、隆也の元からあっさりと去っていく。


 隆也のことを最も慮っているように見せかけて、結局は自分の命かわいさに仲間を見捨てる――もちろん気持ちはわからないでもない。隆也が逆の立場なら、おそらく同様の選択をしただろうから。


 だが、おそらく、これから隆也がその立ち場になることはない。


 そう、永遠に。


「……さよなら」


 誰にも聞こえないようか細い呟きを漏らし、隆也はゆっくりとクラスメイト達に背を向け、歩き出す。


「さて、と……これからどこで死んでやろうかな」


 そんな、隆也の涙声交じりの呟きが、朝の木漏れ日に溶けて消えていった。

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