第3話 唯一できること


 クラスメイト達が、各々に覚醒した才能により次々に苦難を切り抜けていく様を、隆也は、ずっと遠いところから見守ることしかできなかった。


 ただ、全員の荷物に紛れて、敵の注目がこちらに向きませんように、と願い続ける日々。


 自分もそのうち皆と同じように『何か』になれると思っていた。


 しかし、その時は一向に訪れず、彼は、異世界においても爪弾き者となってしまったのだった。


「――荷物はそれで全部か?」


「……うん。といっても、俺自身のものはそうあるわけじゃないけどね」


 隆也は荷物のほとんどをバスの収納スペースに入れていたため、彼自身はほぼ手ぶらでこの世界に飛ばされたことになる。ちなみ、蔦で覆われたバスの中には、何も残ってはいなかった。


 あるのは、バスの中に持ち込んでいたリュックに入っている着替えと、後は、ほんの少しこの世界に来てから持たされた『とあるもの』だけ。


「ねえ、春川君。俺の仕事道具のことなんだけど、これはどうしたら……」


「おう、名上。話し中のところ悪いが、最後にちょっとコレやってくれや」


 自身の手に握っていた『それ』についての処遇を明人に尋ねようとしたところ、横からの不躾な物言いとともに、隆也の目の前に、猪のような姿をした魔獣が放り投げられた。もちろんすでに死亡している。


 早朝に狩りをしてきたものだろうか、すでに死後硬直が始まっていて毛皮の上から触っても筋肉がガチガチになっているのがわかった。


「おい末次、名上はもううちのパーティには……そんなヤツにこんな大仕事を」


「ああ? どうせコイツに出来ることはこれぐらいしかないんだから、最後の最後まで使い倒してやろうぜ。なあ、名上? いいよな? オレ達仲間だったじゃねえか」


 クラスメイトの一人である末次俊一すえつぐしゅんいちの視線が隆也のほうへ向けられる。大柄で筋肉質な体は、隆也のそれと較べるとまるで大人と小学生といったほどに差がある。


「俺、は……ぐえっ」


 隆也が口を開いたところで、俊一の丸太のような腕が彼の首に巻きついて、遠慮なく締め付けられてきた。柔道で全国大会にでるほどの実力があり、また、この世界でもその技を如何なく発揮し、パーティでも前衛の主力なっている男の目にもとまらぬ早業に、隆也はあっけなく窒息させられてしまう。


「は? 俺は? オレはお前にこの死骸を捌いてほしいだけなんだが? なら、お前の返事は『YES』一択なんだよ。『俺は』だなんて言葉、オレは許可してないいんだよなあ」


「うぐぅっ……」


「おいやめろ! どんないざこざがあっても、暴力沙汰だけはやめるようクラス全員と決めたはずだろう!?」


 苦しいとも言えず、ただわたわたと足をばたつかせることしかできない隆也の様子に慌てた明人が、すぐさま俊一の腕を引きはがしにかかった。


「おいおい冗談だよアッキー、ただのスキンシップにそう目くじら立てんじゃねえよ。ったくこれだから優等生サマってのは」


 さすがに明人には逆らえないのか、ブツブツと言いながらも隆也を解放する。


「ごほっ……おえっ……!」


「なあ、名上。で、さっきの質問の答えはどうしたよ? YESか、やらせていただきますか。どっちだ?」


「や、やらせていただきます……ごほっ」


「そうそう、それでいいんだよ。それで。んじゃ、それやってからとっとと出て行けよな」


 隆也の答えに満足したのか、俊一は上機嫌に仲間達の輪の中に戻っていった。俊一が何やら口を開くと、こちら側をみた取り巻きの人間たちから、どっ、と笑いが起こった。


「名上、すまない」


「いいよ。どうせ、俺に出来るコトなんてこれぐらいしかないんだから」


 言って、隆也は目の前に置かれた魔獣の死骸、その首元へ、馴れた手つきで自身唯一のまともな荷物である『死骸解体用のナイフ』を突き入れた。


 仲間の捕ってきた魔獣を解体し、そして食材やその他の素材へと変える仕事。


 それが、この世界で、このパーティ内で与えられた彼の、唯一の仕事だったのである。

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