続・おでんの卵争奪戦

 肌寒くなってきた11月。こんな季節には暖かいものが恋しくなる。

 オフィス帰りの道すがら老村ろうそんというコンビニに入る。

 ああ、仕事で思い出したけどあのセクハラ課長そのうちしばいてやらないと。炎上させてやるから見とけよ。

 それは一度置いといておでんを買う。やっぱりこんにゃくにちくわにはんぺんに、そして卵がマスト。残ったおでん汁を使ってうどんにしても美味しい。おでんに捨てるところなしとはよく言ったものだ。


「ざしたー↑」


 店を出ると夜風は冷たく私は体を小さく震わせた。

 空を見上げる。雲に覆われて今日は月が見えない。

 口元に両手を当ててはぁっと息で暖める。しまった、缶コーヒーでも買っておけばよかったな。

 そんなことを考えている時だった。


「その卵、貰い受ける!」


 大きな声を張り上げた怪しい男が目の前の道をふさいでいる。綺麗な七三分けに黒縁眼鏡のスーツ姿。口走っているトチ狂った言葉といいこれは変質者と見て間違いないだろう。最近こういうのがコンビニ周辺では多く出没していると聞いた。

 無視してスッと開いているところから抜けようとする。しかし男はあろうことか反復横飛びをするかのようにタンタンタンッと軽快についてきた。


「何かご用でしょうか? なんなら警察でも呼びますけど?」

「ふっ、好きにするがいい!」


 バッグからiPhoneを取り出し、11まで押したところで男が何か言い出した。


「え、本当に呼ぶ感じ? 冗談とかでなく?」

「そうですけど」

「マジか……。真剣と書いてマジなのか……」


 表情と声色の悲愴感がすごい。

 何か可哀相になったので、仕方なく話だけ聞いてあげる事にする。

 でもどうやらそれがいけなかった。


「その卵、貰い受ける!」

「いやですけど」

「その卵ッ……貰い受けるゥ!」

「言い方を変えてもダメです」


 急に活き活きとしだした目の前の男。

 まるで水を得た川魚のように、飛び跳ねながらそれを連呼している。

 その様子に私は大きくひとつ溜息をついた。


「卵くらい自分で買ったらどうですか? そもそも何が貰い受けるですか。あなたいくつなんですか。どうせいい歳でしょうに恥を知りなさい」

「あ、はい……すいません」


 男の消え入るような声。

 言い過ぎたかな? いや、こういう輩にはこのくらい言わないと伝わらないだろう。よって私は悪くなどない。


「じゃあ、そういうことで」


 言って男の脇をすり抜けていく。

 早く帰らないとアツアツのおでんが冷めてしまう。


「まてぇい!」


 その男は追いかけてきて目の前に立ち塞がった。


「あの、本当に警察呼びますよ?」

「はあはあ……。自分48になります」

「はい?」

「来年の1月で満48歳です」


 思ってたよりいってたな。いや、そうじゃねえ。


「別に年齢を知りたくて聞いたわけじゃなくてですね。ああ、なんでここまで説明しなきゃいけないんですか? っていうかその年で何やってんですか本当」

「ごもっとも」

「その様子だとどうせあなた未婚なんでしょ? 卵の前に嫁でも貰い受けてはどうですか?」

「確かにそうですね!」

「じゃあ、そういうことで。お疲れ様でした」


 言って男の脇をすり抜けていく。

 やっぱり〆はうどんかな、それとも今日はラーメンに挑戦してみるかな。


「待ってください先輩!」


 振り返るとTMO卵男48歳。知ってた。


「あなたを後輩に持った覚えはありませんし、そろそろ本当に通報しますよ?」

「そう言わずに話を聞いてください!」

「でも卵はあげませんよ」

「それはもういいんです!」


 男はようやく卵から離れてくれた。


「はぁ、わかりました。何ですか? でもこれで最後にしてくださいね」


 私はiPhoneを手にしたまま牽制する。

 画面には110番。あとは通話を押すだけだ。

 すると男は堂々とその質問を口にした。


「嫁はどこのコンビニで貰えますでしょうか?」

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