ちょっと聞いてよ!
「ちょっと五十嵐君きいてよ~!」
後ろの席の女子生徒は、今日も今日とて話しかけてくる。別段この子とは面識があるわけではないのだが。彼女の名前は北川さんと言う。
とは言え女子から話しかけられること自体悪い気などはしない。
「どうしたの?」
「そういえば、おでんの話なんだけどさ~」
朝からおでん。もうちょっと何かいい感じの話題で開始して欲しかった。
「こんにゃくとちくわとたまごは私取ったから。五十嵐君はどうする?」
おでん屋にいる設定だろうか?
彼女は会話のスタートがいつもおかしい。
まあそれはいつものことだし、真面目に返答でもしてみるか。人気であろう具はすでに取られてしまっているわけだけど。
「じゃあ……ロールキャベツとウィンナーとじゃがいも」
どうだこのマイナーチョイス、なかなかお目に掛かれないぞ。
ところが北川さんはハッという顔をしている。
「私のこんにゃくとちくわとたまごあげるから交換しようよ!」
いや全部て。どんだけ好きな具勢揃いだったのか。というか先に取っておけばよかったよね。
「それはちょっとできない相談かな」
「ええ~!? じゃあせめてシェアで!」
おでんをシェアとか聞いたことないけど。
「どういう感じで?」
「ロールキャベツとウィンナーは半分こ」
「ふんふん」
「卵は白身の部分が私で、黄身の部分が五十嵐君」
何で卵だけ素直に半分にしてくれないの?
というか卵って黄身部分のほうが栄養価とかいろいろ高いのではないか。
「こっちが黄身のほうでいいの?」
「君は黄身でいいよ。黄身だけに!」
何故かドヤ顔。
「ん……?」
「あ、えっと、解説をします。今のはね、卵ギャグで~……す」
彼女は消え入りそうな声で、恥ずかしそうに俯いている。耳まで真っ赤にして。
あ、何かそれいい……。
「もう一回言ってもらっていい? どうも最近耳の調子が悪くて」
「卵は白身の部分が私」
「そこじゃなくて卵ギャグのくだりです」
「何それ私は知らないなあ知りませんねえ」
北川さんは一切目を合わせてくれない。
頑なに記憶から抹消したいらしい。誠に遺憾極まる。
「でも北川さんって本当おでん好きなんだね」
「うーん、そこまでは?」
え、じゃあ今までの会話って何だったの?
「どちらかというと」
「どちらかというと?」
「オーディン!」
北川さん、北欧神話の世界へ行く。
帰ってきて! この地で後ろの席あけて待ってるから!
「お、オーディンのどこがいいの? グングニル?」
「ごめん間違えた。オイルサーディンだ」
それは間違えようがないよ。
……と思ったのだが、オイルサーディン。略すとオーディンだった。
どうやら彼女を甘く見ていたかもしれない。
なのでそこはセーフということになる。
「そうそう、おいしいよね中に入ってる――」
「イワシはつみれがおいしいよね。私つみれ鍋大好きなんだ!」
どうやらオーディンがやられたようだ、あのつみれ鍋にな。
まさか神話の神すらも投げっぱなしとは恐れ入った。
豪胆にも程があるよ北川さん。
――キーンコーンカーンコーン
こうして一限目が始まった。
古典は特に退屈なので今から寝てやろうかと思っている。
「春はあけぼの」
トントン。
「夏はよ」
トン。
「秋は」
トトン。
「冬」
トン、ト、トトントン。
ずっと後ろから突っつかれている。しかもほどよく痛気持ちいい。
ええい人様の背中のツボを、的確にかつリズミカルに突いてくるんじゃない。
ひょいと北川さんから何かメモを手渡される。
『卵なんだけど、やっぱり私黄身の方でいい?』
もう全部君のでいいと思います。黄身だけに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます