第14話 続・シガーの楽しみ方
ドンさんは続ける。
「さて、シガーは何十分もかけてゆっくり吸うのだが、その吸い手の動作もまた、せわしくては野暮になる。
肺喫煙をせず吹かすのもそうだが、それに限らず、肺を落とすときも、紙巻のようにせわしなくちょっと燃えたら落とすという風にやる必要はない。
むしろ、それをやると細かい灰が落ちてきたなくなってしまうから、やめた方がいい。
本来であれば、自然に肺が落ちるまで待っているのが正道だと言われている。
ただ、それは見極めが難しいので、個人的には、ある程度、2~3センチぐらいたまったところで、優しく葉巻の胴体をちょんちょんとつついて、それで落ちた分を落としておくぐらいがいいと思っている。
いずれにせよ、ある程度塊になってから落とすのがミソだね。こんな感じで」
言って、ドンさんは、ある程度燃え進んだシガーを持ち直して、ちょんとつつく。
灰皿の上に、塊のままの灰が落ちる。
ドンさんは、それを手に取って一服してから、話を続ける。
「シガーは、吸うのに何十分もかかるのではあるけど、銘柄によって据える時間にも結構差がある。
僕が今吸っているのは、英国首相ウィンストン・チャーチルにちなんで作られたシガー、チャーチルズだ。これはロメオ・イ・フリエタのだけど、モンテクリストやパンチからも、どうやら出ているようだね。
いずれの場合でも、しっかりした太さと長さがあるから、大体二時間近くは吸えるんだ。
それぞれの香りの違いは、それなりに繊細にならないとなかなか分からないけど、まあ、大事なのは、チャーチルズはシガーの中でもかなりゆっくり楽しめる部類に入ることだね。
その分、値段は少し張るけど、それだけの価値はあるよ」
「なるほど」
「ちなみに、シガーを手早く吸いたい場合は、二〇分ぐらいで燃えるショートな銘柄を試してみるのもいいかもしれない。忙しい現代人には、中々二時間たっぷりとれることは少ないからね」
私は、シガーの世界も奥深いものなのだな、と思った。
紙巻は紙巻で、古い銘柄などは一定のエピソードもあるものだが、シガーほどではなさそうな気がしてきた。
そして、文芸雑誌の編集者としては、聞き逃せない質問をすることにした。
「ところで、今、ロメオ・イ・フリエタ、つまりロミオとジュリエットや、モンテクリストの名前をお出しになりましたよね。それには、どんな意味が込められているのでしょうか?」
「お、いい質問だね。確か、君は新顔だけど、名前は何といったかな?」
「ショウです。ここでは何故か、オサムと呼ばれています」
ドンさんは、何気なく僕のことを一通り見回してから、言う。
「なるほど。若いバット吸いとなると、どうしても作家志望者などが思い浮かぶからね。実際に君もそんなところなのかな?」
「今は、文芸雑誌の編集者をやっています」
「なるほど。いつか作家デビューを夢見ていそうな口ぶりだね。確かに、オサムの名が似合うかもしれない。
編集者は、大変だろう。ことに、ここにいるセンニンさんのような自由奔放な作家さんを担当する編集者は、想像するだに恐ろしい思いをしてきているに違いない。
そう思いをはせるだけで、ある意味では、編集者は作家よりもリスペクトできると思うよ」
「これでも小生は、約束は守るけどな」
ここで、話題に上がったセンニンさんが口を挟む。
「そうかな。君は、編集者泣かせで若いころから有名だったんだろ?」
「いったいどこからそんな話を」
「君自身が、このバーでほろ酔い気味になって上機嫌の時に、よく話していたじゃないか」
「そうなのか?」
「まあ、とにかく、編集者のことをあんまり困らせちゃダメだぜ。ここのオサム君が聞いたら、それこそ気分も悪くなるだろうしな」
「だ、だが、小生は、今日ちょうどこのオサム君と約束したのだ。
彼が担当である間は、少なくとも彼のところへの連載作品の執筆期限だけは、守るということをね」
「ほう。
それなら、連載が遅れて休載になったりしないよう、楽しみに見守っていますね、センニン先生」
「急に改まった口調で言っても、小生へのプレッシャーにはならんからね。小生は、このオサム君との約束を淡々と果たしているだけなのだ」
すると、やや呆れたように肩をすくめたドンさんが、言った。
「まあ、うまく行くことを期待しているよ。さて、そろそろ話を、シガーの銘柄と文芸の話に、戻そうか」
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