第5話・:*+.\(( °ω° ))/.:+任務

 俺たちを荷台に乗せた軽トラは、豪快に埠頭を突っ走っていく。


 貨客船が見えなくなるほど離れてしまうと、さすがに不安になってきた。「こんな場所を3人で進むなんてどうかしている。今のうちに荷台から飛び降りて船に戻ってしまおうか?」なんて邪な考えも頭によぎってしまう。


 隣に座っている岩井も緊張した面持ちだった。



「無事に南バースまで戻ってこれるんだろうか。死にたくねえな……」


「大丈夫だろ。パッと行ってパッと帰ってくるだけだ」



 このエリアは東京湾に浮かぶ埋立地で『10号地その2』と呼ばれている。縦1.5キロ、横400メートルほどの小さな島で、地図でみるとほぼ長方形だ。(南バースとは我々の貨客船が停泊している岸壁のことである)



 しかしコンテナ集積地を抜けてエリアを北上するにつれて、思いの外に平凡な景色に変わっていく。


 道路の街路樹は真夏の日差しに照らされて青々しく、道路に沿って並び建つ運送会社の倉庫は全く廃墟には見えない。それはただの港湾の日常風景だった。



「駐車場は死体ばっかだったのに……こっちは何にもね~」



 そう俺が呟くと、岩井は少し安堵した表情になった。



「そうだな。てっきりゾンビがメッチャ襲いかかってくると思ってたから拍子抜けだよ」


「鳥のさえずりまで聞こえてくるぜ。平和だな」



 必死に金属バットを握りしめている自分がバカみたいに思えてくる。


 少し気持ちに余裕ができたので、地図をポケットから取り出して荷台の上に広げてみた。岩井と地図を覗き込むが、揺れる軽トラの荷台の上ではなかなか文字は読みづらい。



「なあ岩井。俺たちどこに向かってんの?」


「これから有明埠頭橋を超えてレインボーブリッジを渡るんだってよ。そして芝浦埠頭に向かうんだ」



 俺たちの最重要任務。それは4月に小笠原の診療所に送られるはずだった医薬品を島に持って帰ることだ。


 『新黒死病』の流行によって定期船が停止してしまったわけなのだが、そのために島の診療所に届くはずだった薬が、芝浦埠頭にある荷物預かり所に放置されたままになっているのである。(もちろんこれを取り戻しても一時しのぎにしかならないのであるが……)



「でも橋は首都高速だろ?もう封鎖されてるはずぞ。確か車がたくさん路上に放置されてて、通行不能になって……」



 地図上のレインボーブリッジを指さしながら尋ねると、岩井は物知り顔で解説してくる。



「それが直下に『ビンボーブリッジ』ってのがあるらしい。こっちの橋は一般道だから、ギリ通れるかもしれんとさ」


「かもしれんて。……いい加減だなオイ。通れんかったら回り道かよ」



 フウッと俺はため息が出た。



「まあ竹芝の方がゾンビが多いっていうから仕方ないけど……」



 強烈な真夏の太陽光線を雲が遮った。荷台を吹き抜ける風と相まって、うだるような暑さが和らいでいく。



○○○


 我々の任務は医薬品の回収だが、別働隊の重大な任務は貨客船への燃料補給だった。


 ただし大型貨客船に燃料を補給するには、バンカー船と呼ばれる小型タンカーが必要になる。しかしバンカー船を見つけた上で、さらに製油所に寄ってC重油を満タンにしておく必要もある。本来なら甚だ達成困難なミッションとなるはずだった。ところが6月に無線を通じて吉報が届く。



「こちら父島……。それは本当ですか!?」



 島のアマチュア無線家が、都心で生存していたアマチュア無線家から貴重な情報を得たのだ。(これは都心部壊滅前の話である。今は呼びかけに応じないので都心部の通信相手は死亡していると思われる)



 それによると、東京フェリー埠頭の西側岸壁には重油が目一杯積み込まれたバンカー船が放置されているというのだ。これは既に貨客船の上からも目視で確認できている。決死隊はバンカー船の発見に沸き返った。



「やったぞ!無線情報は正しかったわけだ!」


「ああ。しかも思ったより大きな船だな。これなら思う存分に重油を積める」


「意外に近い場所じゃったのう」



 別働隊のメンバー7人の役目は、このバンカー船を奪取し、貨客船に燃料を補給することなのである。それ故に船の操縦に精通しているメンバー(漁業関係者、貨客船の船員)が選ばれている。


 彼らを率いるのは貨客船の船員だった明石さんだ。(父島の人間ではなかったのだが、パンデミックのために島から出れなくなりそのまま居住することになった)



 バンカー船までは徒歩でも行ける距離なのだが、ゾンビ対策のために7人は中型トラックを使って埠頭を移動することになっている。運転者の明石さん含めてキャビンに2人、荷台には5人が乗ることになった。



「じゃあな。先に行ってくるわ。こっちはすぐ着くと思うから、小山隊も頑張ってくれよな」



 そう言うと彼らは意気揚々と出発してしまった。



 だがそれから僅か8分後。明石さんはトランシーバー(デジタル簡易無線)に向かって必死に叫んでいた。繰り返し何度も。



「小山隊!お前たちはすぐに船に引き返せ!進むと死んじまうぞ」



 別働隊のトラックの車体は既に血まみれになっていた……。


○○○



「ごぅやまぁたい!おばえはち○✕△……!ズズム□○▽……卜シム……」



 荷台に置いていたトランシーバーからくぐもった声が聞こえてくる。別働隊が何かを叫んでいるようだが、エンジン音でよく聞こえない。俺はトランシーバーをとって聞き返す。



「こちら小山隊。聞こえませんでした。もう一回お願いします」



 その時、運転席の小山さんが激しく車のクラクションを鳴らした。



「な……なんだ!?」



 運転席の窓を開けて彼が叫んでいる。



「石見!岩井!振り落とされないように、しっかり掴まってろよ!」



 俺たちはしばし呆然となったが、すぐに彼の言葉の意味を悟った。もはやトランシーバーどころではない。



「えっ!来たの!?マジで」


「いいから掴まれ岩井!」



 荷台から進行方向に振り返ると、片側一車線の道路を何者かが塞いでいるのが見える。


 それはスパイラルパーマをかけた長髪の大男だった。青い入院着を着ているところを見ると『新黒死病』の感染者なのだろうか。モジャモジャの長髪に隠されて顔はほとんど見えなかったが、チラリと見えたその肌はミイラのように干からびていた。



「シェンセェ〜」



  そう叫んでるように聞こえる。その低い声はボイスチェンジャーで加工されたような、普通の人間の声とは違うものだった。



「何を言ってんだアイツ……」



  小山さんは右にハンドルを切ってソイツをかわす。あっという間に入院着の死人は後方へと消えていった。



「今のがゾンビなのか?」


「わ……わかんねえ。フラフラしてる人間にしか見えんかった」



 次々に車道に侵入してくる死人達に小山さんは戸惑う。



「くそっ!出るなら出るって先に言いやがれ」



 急ブレーキをかけて後方ミラーを確認すると、背後にも死人達が集まってきている。車道が狭いために、道を引き返すにしてもバックするしかない。



「しゃらくせぇ!」


 

 小山さんは引くことを諦めて、前進する道を選んだ。

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