第3話。゚( ゚^∀^゚)゚。抽選会
7月になった。今、俺たちは東京港に向かう貨客船の甲板の上にいる。まさかこんな形で島の外に出ることになるとは思わなかった……。
船上では不毛な対ゾンビ訓練が行われ、オッサン達の怒声が飛び交っている。俺はゾンビ役として岩井に襲いかかるのだが、どうしてもグダグダになってしまう。その様を見て隊のリーダーである小山さんが刺又を掴んで激を飛ばす。
「岩井ぃ!もっと腰を入れて刺又を押すんだ!もっと押せ」
「はいっ!」
「あだだだだっ!そんな強く押すな岩井」
すると彼は俺にも怒鳴った。
「石見。お前はもっと真面目にゾンビをやれ!」
『なんじゃそりゃ!』と思いながらも素直に返事をする。
「へいっ」
こんな滑稽な対ゾンビ訓練に実践的な意味などあるのか疑問は残る。しかし何もしないで乗り込むよりはほんのちょっとマシなのかもしれない。
「よーし時間がきたな。いったん休憩だ。お前らは午後からは射撃の方をやれ。明後日まで生き延びられるよう思い残すことなくな……」
船尾の方からは銃声が聞こえている。他の連中が海原に向かって射撃訓練をしているのだ。と言っても大海原に向けて適当に撃ってるだけで、的(まと)なんてない。とりあえず銃の扱いに慣れればそれでOKという考えである。なにしろみんな素人なんだから。
妙ちきりんな訓練から解放された俺たちは左舷の方に移動する。甲板には心地良い風が吹いているのだが、それを帳消しにするほど日差しは厳しかった。
「あっちぃな〜。船酔い中だってのに、この日差しはキツイぜ」
船の大きな揺れは俺の三半規管を狂わせる。気持ち悪くて朝食べたものを戻しそうだ。デッキの手すりに背中をもたれさせ、空を仰ぎ見ながら『とっとと島に戻りてえ……』としみじみと思う。だが俺たちは死霊達が渦巻く本州にいかねばならない。島民達のために……。
「はぁ……。在日米軍でも歯が立たんかったゾンビ達相手に……刺又て。こんなもんで対抗できるもんなのか?どう思う石見」
困り顔の岩井を見ているとなんだか愉快になってきた。俺は笑顔でヤツの肩をポンッと叩いた。
「地獄へようこそ。お前も本当についてない奴だよね!岩井クン」
「石見だけには言われたくないわっ。最後の最後に名前を読まれやがって」
全くその通りだ……。俺たちは最高に不運だったんだ。
○○○
世界を滅ぼしてしまった『新黒死病』も父島までは到達しなかった。しかし自給自足が困難な離島であるがゆえに、外の世界の消滅はそのまま貧窮を意味することになる。特に石油関係商品は不足するので島民の皆が往生している。ガソリンスタンドでは店員と集まった客達の押し問答が続く。
「1リッター2万円でもいいから、売ってくださいよ」
「俺は2万2千円出すから!」
「すいません。もう灯油しかないんです」
発電所も稼働が困難になってきたし、燃料がなければ漁船も使えない。従って漁もできない。水道も時間帯によっては止まるようになってきた。
もはや我々も島に閉じこもっているわけにはいかない。必需品を他所から調達する必要がある。(辛抱して来年まで待てばゾンビ達が白骨化してる可能性もある……。しかしながらその前に病死者や餓死者が続出するので、その案は却下された)
5月の島民集会の結果、本州に向かう第一次決死隊を結成することが多数決で取り決められた。
この決死隊に課された使命は、まず無事に島に戻ってくること。ただしこれが実に難しい。なにしろ片道1000キロも離れた場所まで航海するので、膨大な燃料が必要になる。現地で膨大な燃料を調達できなければ再び小笠原まで戻ってこれないだろう。戻ってきたところで燃料がなければ、大事な船も港のモニュメントと化してしまう。
電力の止まった大都市で、非常用電源だけで果たしてうまく燃料を補給できるだろうか?不安があってもやるしかない。これでできなきゃゾンビ列島にただの特攻するだけどなってしまうが。
他にも島で不足している医薬品の補充や、生活必需品、食料の調達など……やらねばならないことが多い。
もちろん異論も出た。「膨大な燃料を失ってしまうリスクを取るよりも、その燃料で島民生活を豊かにすべき」「ウイルスを島に持ち帰ってしまったら大変なことになる」など。どれももっともな意見だと思う。
しかし父島と母島を合わせて2500人の島民達を養っていくだけの資源はもはやない。ジリ貧路線をとれば、年を越せずに倒れていく者も大勢出てしまうだろう。この危機感が異論を押しきった。
こうして決死隊に島の命運が託されることになったのである。ただしそのメンバー僅か10名であり、6月の島民集会で行われるくじ引きで決定される。(船の操縦に必要な乗船員を除いて、わずか10名のみが死霊の地に足を踏み入れる……)
重大な、そして名誉ある任務だと思う。だが自分は選ばれたくはないのが正直なところだ。致死率100%の新黒死病ウイルスが蔓延し、ゾンビ達が彷徨く世界に足を踏み入れるなんて……誰だってお断りなはずだ。
運命のくじ引きが行われたのは6月27日。俺と岩井は体育館に向う道中で、神社に寄り道して願掛けをする。賽銭箱の中には万札が入っているのが見える。皆、考えることは同じなようだ。岩井もお札を賽銭箱に投げ込み、勢いよく鈴緖を振る。
「おいおい!今賽銭箱に千円札を入れなかったか岩井?マジかよ……お前」
「あ……ああ。やっぱ少なかったかな?石見はいくら入れたんだ?」
「100円」
「せこっ!」
俺には100円も大金なんだ。絶対……絶対に選ばれてたまるか。
村の小学校の体育館に村民全員が集結し、緊張の抽選会がはじまる……。体育館の壇上の前に村長が立ち、島民男子の名前が書かれた紙で一杯の大きな抽選箱に手を突っ込む。そして掴んだ紙に書かれた名前を読み上げる……。名前が読み上げられる度に館内にどよめきが起きた。そして5回目に読み上げられた名前が「岩井修二」だった。
「ア……アイツ!名前呼ばれやがった」
壁際で様子を見守っていた岩井の顔は固まって動いてなかった。ただ体全体がプルプルと震えている。隣にいた岩井のお袋も動揺している。しかし奴を同情する余裕なんて今の俺にはない。何しろまだ俺の運命はまだ抽選箱の中にあるからだ。
「頼むっ。外れてくれ!マジ頼む!お願いっ」
自分が外れるよう、目を瞑り合掌して必死に神仏に祈る。そして最後の1人の名が読み上げられる瞬間がきた……。
「え〜。石見蒼汰さん」
当たってしまった。あの瞬間、俺の顔は青ざめていたと思う。徴兵くじに当たって気絶するタイ人のように。俺の名前が読み上げられた瞬間に、体育館内は安堵の声で溢れかえった。「良かった」と胸をなでおろす島民達は賑やかに話し出す。そんな中で俺は叫んだ。
「マジ!俺かよ」
そして頭を抱えて、人目もはばからず床に倒れ込んだ。親父が驚いて俺を起こそうとしているが、しばらくこのままでいたい。ああ、運が悪いな俺は。いや俺たちは。戦時中に生まれていたら激戦地に送られちゃうタイプなんだろうな……。賽銭箱にもう100円入れておけば良かった。
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