第11話:〈世界〉の激突
11-1
天地の感覚が失われた。
けれど、それも一瞬のこと。
僕は、いずことも知れぬ場所の地面に、降り立っていた。
予想していた〈銀〉から向かう先の場所と違っていたので、肩すかしを食らった感じだった。
鮮やかな光が舞い飛ぶ、宇宙空間めいた場所につながっているのではないかと思っていた。
つまりは、あの魔法の護符を通して
だが、違った。
白。
僕が降り立った場所───────そこは、白一色の世界だった。
空も、大地も。
いや、そもそも、天と地の境があるのか、ないのか。
無。
白、という色はあれど、無の世界、と言うほかなかった。
僕の目がどうかなってしまったのか、とも思ったが、自分の体を見れば、普通に視認できる。
と、なると、異常なのは僕の目ではなく、やはり、降り立ったこの場所のほう、というわけだ。
ついでに言えば、なんの音も聞こえない。
静寂に包まれている、と言うより、音を立てるものが僕以外存在していない、と言うべきか。
……〈
この空間自体すべてに、〈力〉が充ち満ちている、というのが正解なのかもしれない。
──────立ちつくしていても、はじまらない。
〈力〉の気配の中に、〈
変化は、数歩歩いたあとに起こった。
無だった空間に、うっすらと
それは、〈街〉、だった。
〈銀〉に飛びこむ前に見ていたような、高層ビル群が立ち並ぶ、都会の景色。
ただし、それらにはまったく〈色〉がない。
いや、〈色〉がないだけじゃなく、熱が……〈命〉がない。
抜け殻そのもの。
輪郭があるだけの、白い〈街〉。
無の世界から一転、僕は、白いビルの谷間を突き抜ける、広い車道らしき場所を歩いていた。
車道の信号や標識らしきものもあるが、もちろんこちらも〈白〉一色で、意味を成していない。
〈力〉は感じるが、命の気配は、どこからも感じなかった。
そういえば、この〈街〉には、輪郭はあっても、影がない。
そもそも、光源はどうなっているんだろう。
歩きながら、白い〈街〉の空をあおぎ見た。
ビルの輪郭が現れたことで、高低の感覚は生まれたが、空は白一色から変化はなかった。
天そのものが光、というか、この空間自体が、光そのものなのかもしれない。
いよいよ観念的な発想になってきたかな。
そこで、いまさらながら気づいた。
今歩いている地面は、どうだっただろうか。
車道らしき地面を、足で踏み叩いてみる。
アスファルトのそれと同じような感触と、硬い音がした。
まあ、なんの判断材料にもならないけれど。
『やはり、来たか』
!!!
突然響いた〈
世界が異常すぎて、あまりにも堂々と広い車道を歩いてしまっていた。
そのうかつさに、いまさら腹が立つ。
〈
ここは、敵地なのだ。
周囲の〈気〉を探るが、〈
奴の声は、どこから聞こえたか……。
声のした方向を推測したかったが、どちらから聞こえたのか、判然としない。
『私の声をたどろうとしているな……? だが、それは、無駄だよ』
………見透かされていた。
いちいち
『私の声は、どこからも聞こえてきているはずだ』
どこからも、か。
どうやら、〈
経験から察するに、
『そんなところに隠れてないで、出てきてくれないかな?』
……向こうは、こっちの場所を把握しているのだろうか。
僕がこの世界へと追いかけてきたのがわかっているなら、なんでもお見通しというわけか?
だとしても、素直に出て行く馬鹿はいない。
かといって、一箇所に留まっているのも悪手だろう。
相手の死角は見当もつかないが、ビルの壁に沿って移動することにした。
『………返事もなし、か。それでは、
そう〈
まずい!
一瞬のちに、轟音が響き渡った。
回避先で着地して振り返ると、僕が背にしていたビルの壁に、大きな穴が空いていた。
内側から爆発が起こったかのように、ビルの壁は吹き飛ばされている。
その原因は、すぐにわかった。
それらの光線はキャップが使った〈
ただし、こちらは光線の規模が
撃ち抜かれたビルはひとたまりもなく、たちまち崩落を開始した。
ビルの完全崩壊を見届ける前に、〈
──────くそっ、向こうのペースだ。
〈
けれど、破壊光線の射線は確認できた。
こちらから二時の方向、上空だ。
〈
そう算段をつけたところに、背後で強い〈力〉の気配が沸き起こった。
それを察知した瞬間、再び〈
僕が居た場所を、破壊光線がいくつものビルを貫き、撃ち焦がした。
どういうことだ!?
すんでのところで避けたが、信じられない方向と、タイミングだった。
〈
間違いなく、背後からの照射だった。
別の射手の攻撃?
この空間にいるのは、〈
いや。
あの〈銀〉を作り出してから、この空間にやってこれたのは、奴と、僕しかいない。
状況からして、その前提は、揺るがないだろう。
………とすれば、どんなからくりだ。
どこからでも破壊光線を撃ち出せる〈
なんでもありの、魔法じみた能力が〈
『
またぞろ見透かしたような口ぶりだった。
奴の、上から目線な物言いに、そろそろうんざりしてきた。
『だが─────』
〈
四方八方から、〈力〉の高まりを感じたのだ。
『肝要なのは、この世界のほうだよ』
〈
光の嵐が、
周囲のビルすべてが一斉に、光線で貫かれ爆発した。
〈
崩れ落ちる白いビル群をくぐり抜けて、僕は広い車道へと、文字通り転がり出た。
……くそっ!
すぐさま立ち上がって、いつでも跳べるように身構える。
─────しかし、光線は襲いかかってこなかった。
………いつでも僕を殺せる、という余裕だろうか。
『ニフシェ・舞禅─────君には、〈救済〉の手助けをしてほしいのだ』
向こうの出方をうかがうしかない、と思ったところ、そんな声が響いた。
『私同様、〈
それも見破られているのか。
ということは、切り札に考えていた、カウンターとしての〈
まあそれ以外には別段、こちらが不利になる情報でもない。
「ところで、〈
とりあえず、時間稼ぎと、〈
聞こえるかどうかは、わからなかったが。
すると、奴が含み笑いをしたような気配がした。
どうやら、さして大きな声を出さずとも、聞こえるらしい。
『わからないふり、かね? それもよかろう。だが、君がこの世界にいる。それだけで、君が〈
理屈はまったくわからないが、そういうことか。
この場所、この世界は、〈
「ここは、いったいどこなんです?」
そうたずねながら、あたりをうかがうのだが、やはりどこにも〈
〈気〉も感じられない。
『ここはそう、〈
答は期待していなかったのだが、〈
〈
知ってる限りでは、そんな単語は聞いたことがなかった。
姫様か、ギャノビーさんなら、わかっただろうか。
「海にしては、まるで〈命〉が感じられないですね」
先ほど、この〈街〉に対して感じたことを、適当に投げつけてみる。
『〈命〉は感じることができなくても、この世界に満ちた〈力〉は感じ取っているのではないかな?』
〈
そして、言った。
『今、君が見ているこの世界こそが、私の〈
「…………はあ?」
いけない、
けれど〈
『誰も傷つかない。誰も悪に走らない。誰も争うことがない─────そんな、平和な世界だ』
「………つまり、あんたの
それにしては──────────。
目に見えている〈街〉を、改めて見渡す。
切に思ったことがあったけれど、口にするのはやめておいた。
代わりに、別のことを質問する。
「それで、あんたの心象世界で、僕がなにを手伝うって?」
〈
それがなんなのか、いまだ、推測することすらできていない。
この〈
『そうだな……君が持っていた、あの護符。あれをたとえにすれば、ちょうど、わかりやすいだろう』
魔法の護符。
〈
〈
『あの護符は、
〈
黙ったまま、話の続きを待つ。
『この場合、重要なのは、護符の保有者が
嫌な予感がした。
それも、すでに、すべてが手遅れになっているような。
〈
誰も傷つかない世界。
〈救済〉。
〈
〈
魂が救われる。
魂が
魂が〈
魂。
───────────────まさか……!
『……ならば、〈
唐突に思い至った僕の
世界を変えてしまった、事の
それにまつわる噂話を、僕は思い出していた。
…………〈不死王〉が、禁断の魔法を実行した目的。
いや、実際の黒幕は、〈
全人類を、禁断の魔法で発生させた闇の波動により〈
それと、筋書きは同じだ。
〈
なるほど、それなら確かに、人類同士の争いは消えるだろう。
なにもかも、〈
全人類は、奴ひとりの操り人形となり。
地球上が、〈
いやはや、なんとも…………。
「─────頭の悪い〈救済〉だな」
おっと、思わず声に出して言ってしまった。
『……そう思うかね?』
返す〈
「思うね。全人類の魂に干渉するなんて、そんな地球規模の精神負荷に、ひとりの人間の魂が、
魔法に関する詳しいところは知ったことじゃないが、
『確かに同じ地上、〈
〈
直後、地鳴りのような、騒々しい音が空気を震わせた。
見れば、荒れ狂った光線によって崩壊した白いビル群が、時間を巻き戻していくように、元に戻っていく。
『〈世界〉に等しい存在が干渉するならば、どうだね?』
おまえはなにを言っているんだ。
そう
けれど、僕は〈
ここまで用意周到に、長い歳月を掛けて、大魔法を実行したのが、奴だ。
勝算がある、というか、実現可能な手段もまた、用意しているのだろう。
考えろ。
全人類の魂すべてに拮抗するような、なにか。
〈世界〉に等しい存在が干渉すれば、と〈
………〈世界〉に等しい存在?
どこにそんなものがいる。
どこにそんなものがある。
ここには、〈命〉も、なにもない。
僕の目に映るのは、奴が言うところの心象風景……白い〈街〉だけだ。
待て。
僕に破壊光線を見舞いながら、奴は、なんと言った。
〔肝要なのは、この世界のほうだよ〕
何事もなかったかのように、崩壊前の形を取り戻した白いビル群を見る。
………………………………ああ、そうか。
答が、わかってしまった。
射撃位置不明の光線攻撃、その種明かし。
わかってしまえば、単純明快。
あまりに斜め上な真実を、僕は、
「───────要するに。あんた、この〈
『ご名答だ』
教師が教え子を
〈
だからこその心象風景、どこまでも続く、白い〈街〉。
つまり僕は、奴自身の体内にいるようなものなのだ。
僕がどこに隠れようと、自由自在に攻撃できたのも当然。
人体に侵入した雑菌を、白血球が自動的に撃退するようなものである。
いや、問題はそこじゃない。
〈
それも、世界規模……いや、宇宙規模での。
この場合は〈霊子コンピュータ〉と言うべきだろうか。
人類すべての魂へ干渉するための演算能力を、ひとつの次元、〈世界〉そのものとなることで獲得したというわけだ。
力押しのゴリ押し的な、
〈
あの時からすでに、〈
「……呆れたね。ここまで
〈救済〉などとお題目を掲げているから、もっと想像を絶するなにかだと思っていた。
まあ、やろうとしていることは、ある意味では、想像をはるかに超えていたけれど。
僕の端的な批評に、〈
『欲望にまみれ、混沌と無秩序が続く世界のほうが、救いがあるとでも?』
「救いはないが、人々の意志がある」
解答のない問いを投げかけてきた〈
禅問答に付き合ってやるつもりはない。
『人々の意志、それが問題だ。─────宗教、風習、人種、趣味、嗜好、性別………人間の多様性がある限り、それがひとつにまとまることなどありえない』
わかりきったことを言ったあと、〈
『それでは人間は、永遠に救われない』
………本当に、付き合っちゃいられない。
今度こそ僕は、心底、醒めた思いになった。
何年生きてるのか知らないが、現実世界を大きく歪めた真犯人が、十代の悲観主義者じみてるとあっては、抱いていた怒りも殺意も、馬鹿馬鹿しくなってどこかへ行ってしまった。
だが、この〈
相手にするのも
『しかし、私のこの方法ならば、確実に世界は、人間は救われる。……なに、自由意志を根本から奪うというわけではない。互いに他者を尊重し、敬いあうように、ほんの少し方向性を示すだけだ』
一方、〈
勝手に盛り上がっていればいい。
いい感じに時間が稼げるので、その点ではありがたいことだった。
『それに、私と君は同じだ。……同じ〈
──────────────────────────────────。
目の奥が、白熱した気がした。
「………率直に言うけど。あんたの考えとやり方が、ことごとく気に入らない」
気づけば僕は、反射的に、そう応えてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます