10-2
〈
それが、応えだった。
「そうか…………」
〈
「おまえが、すべての、元凶か─────!」
〈
〈
人間と、〈
僕の母さんが、理不尽に命を落とすことになったのも、すべて………!
なにもかも!
姫様を
だが、再び、心を埋めつくすのは
地獄すら焼き尽くせそうな気がするほどだ。
「心ならずも、だが。その通りだよ」
ぬけぬけと、〈
「前回は、失敗だった」
「…………なんだって?」
〈
いや、理解していたからこそ、知らず、聞き返していた。
「〈不死王〉の魔力を
〈
昨日の夕食は失敗だった、そんな軽い、
本当に、取るに足りないことのように。
「そのために、世界に〈
「もういい。黙れ」
さらに言いつのろうとする〈
正直、目の前の男が、聖者や天使に見えて、
でも、
眼前の人間が何を思い、何を成そうとしているのか、もう、毛ほども知りたいとは思わない。
自分が引き起こした〈失敗〉とやらで、世界を、人々の人生を、どれだけ
どれだけの
外界に対する、無感情。
………〈救世〉を語るには、〈
本人はそれを自覚しているのか、いないのか。
まあ──────────どっちでもいい。
とりあえず、殺す。
僕の腹は、端的に、明確に決まった。
「つれないな。……私の真意を
僕の殺意を〈気〉で感じ取っているだろうに、〈
それを無視して、再度、〈気〉を探り、周囲を確認。
伏兵はなし、石柱群以外に、高圧の魔力反応はなし。
………………………
殺すだけなら、簡単だ。
すう、と息をひとつ。
必殺の一撃を、ここに。
そのための、全身に送る〈気〉を練り上げようとした直前だった。
「─────時間だ」
〈
石柱群の歌声、呪文の
それと同時に、悲鳴と絶叫が、石柱群の唱和に重なった。
しまった!
本日、何度目の失態だ……!
悲鳴は、十字架に掛けられた有力〈
有力〈
「姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────────っっっ!」
知らず、叫んでいた。
姫様の元へ駆け出そうとしたその時、魔法陣が放つ光が
石柱群が、絶唱する。
その唱和の高まりに比例して、十字架に掛けられた〈
空間すべてが、
僕は、その震撼から受けた感覚に、数瞬、動きを止めてしまった。
この霊圧は………っっっ!
姫様からもらった護符を使って、〈
その僕の直感を肯定するかのごとく、魔法陣の中心に収束した光が、虚空で渦を巻いた。
光の渦は、周囲に気流を引き起こすほど激しいものだった。
呑みこんでいる。
光の渦が、あたりの空気すべてを吸引していっているように見えた。
僕はその乱気流によろめきながらも、十字架に拘束された姫様へと駆け寄った。
「姫様っっっ!」
僕の叫びに、返答はない。
………息はかろうじてある。
だが、依然として意識はなかった。
たった今、魔力を大量に奪われたことで、さらに生命力も低下したのではないか。
〈
〈
微笑さえ浮かべて、光の渦を見上げていた。
殺すなら、今しかない。
即、そう判断し、必殺の一撃に足る〈気〉を練り上げる。
しかし、その〈気〉の
光の渦が、轟音と共に、
そして一瞬のうちに──────────無音が、その場を支配した。
大魔法陣の、その中央。
その宙空に、出現したモノがあった。
それは───────〈銀〉。
………そうとしか形容できなかった。
巨大な円形の、流動する、銀色の、なにか。
水銀の球体のようでもあり、宙に浮かぶ銀の鏡のようでもあった。
「救済の刻だ………これにより、ようやく、人は、救われる」
〈
止める間もなかった。
あの〈銀〉の正体が、なんなのかはわからない。
十数年単位でしか訪れない
膨大な魔力を必要とする、大魔法陣。
加えて、それらを可能とするための、気が遠くなりそうな労力。
あの〈銀〉には、そのすべてを
〈
魔法の知識に乏しい僕には、想像を絶する
けれど、〈
直感と本能が、今すぐ自分の体を〈銀〉の中へ飛びこませるべきだ、と告げる。
でも。
僕の
姫様のほうへ振り返り、その身体を拘束している鎖に、目を走らせる。
一見、なんの変哲もない、ただの鎖のようだった。
が、強力な〈
通常の〈
この鎖もまた、〈
そう、〈
つまり、〈
〈気〉を一息に練り上げ、姫様が張り付けられた十字架めがけて、跳ぶ。
はぁぁぁぁぁっっっ!!!!!
〈気〉をまとわせた手刀を、
続けて
─────遅れて姫様を縛り付けている鎖が、砕け散った。
姫様が、十字架から解き放たれる。
「姫様っ!」
落ちてきた姫様の身体を受け止めて、すぐさま、だがゆっくりと地面に横たえた。
やはり、意識はない。
姫様のお顔からは、活力が失われているように見えた。
─────〈
「う……ニフシェ……か………?」
姫様をこんな風にした〈
聞き覚えのある声。
隣の十字架に
他の誰かだったら無視していたが、まさか捨て置くわけにはいかなかった。
姫様の時と同様に、身体を拘束する鎖を手刀で斬り飛ばし、ボーア老公を解放する。
ボーア老公も、身体的には、命に別状はないようだった。
僕を見る目には力が感じられなかったが、意識ははっきりとしている。
「─────
ボーア老公は、僕に体を抱えられると、溜息混じりにそんなことを言った。
「冗談で
フォローになるかわからないけど、僕はそう返して、ボーア老公の身体を地面に下ろした。
打ち負かす、か。
僕がボーア老公と正面切って戦い、勝つなどとは、夢のまた夢だ。
〈
そう思っての僕の言葉だったが、ボーア老公は、むう、と渋い顔をした。
「冗談などではないぞ、
ボーア老公は、持論を展開するつもりのようだったが、途中で大きく息を吐いて、断念した。
やはり、相当に消耗されているご様子だ。
普段のボーア老公ならば、気骨あふれる紳士の雰囲気を崩すことはない。
それがこうも弱体化させられているのは、〈
「……議論している場合ではなかったな。
話すことだけでも苦しそうだったが、ボーア老公は、気力を振り絞るようにして、そう言葉を
「確かに、姫様に意識はないみたいですが……。深刻な容態、っていうのは、どういうことです?」
言いながら、僕の頭には、疑問が浮かび上がっていた。
姫様が〈
それなのに、ずっと前に拉致されたボーア老公に意識があって、姫様が昏倒したままとは─────?
「─────姫君は、
!!!!!
心臓が、止まりそうになった。
純血統の〈
それがどういう意味なのか、考えるまでもない。
そんなもの、自殺行為そのものだ。
姫様は、〈
そのうえに、魔力まで極限まで吸い尽くされたとなれば。
それはもう、存在概念の消滅、〈
─────どこまでお
叱りつけたくなる衝動さえ覚えながら、ボーア老公から離れ、姫様の元へ急いで駆け戻る。
「……おそらく、自分ひとりの魔力を流しこむことで、大儀式魔法の発動に、なんらかの阻害が起きぬものかと、せめてもの抵抗をなされたのであろう………」
僕の考えたことを見透かしたのか、ボーア老公は姫様を
その通りだとしても、そんな芸当ができるのなら、大儀式魔法へ魔力を回さない方向で抵抗してほしかった。
いや、それが無理だと、姫様は悟ったのかもしれないが、他人の魔力を肩代わりするなんて──────。
そう思ったところで、また、
そうだ。
肩代わり、だ。
……………どうして、今の今まで、僕は自分の〈
いや、使える状況が限定されているから、ではあったけれど。
それは、自分の〈力〉が奪うだけのものであると、思いこんでいたからだ。
だから、ただ単に、知りたくもなかったからだ。
──────胸の炉心には、いまだ火が入ったまま。
僕の〈
「………姫様。失礼します」
声は届いていないだろうが、そう言って、姫様の胸に両手を
目を閉じて、ひとつ深呼吸をしたあと、自分の中の〈
奪うのではなく、分かち与えるために。
人間の可視領域の上に、超常的な光の流れが重なるようにして、浮かび上がってくる。
光の流れ、力の流れ。
そして、イメージする。
その流れに、方向性を与えるのだ。
僕の体に蓄えられた輝源力が、姫様の体に流れこんでいくように────────。
………難しいことではなかった。
少しの思念集中だけで、充分だったようだ。
僕の体から、姫様の体へ、〈
姫様の口から、かすかに吐息がもれた。
その顔にも、みるみるうちに生気が取り戻されていく。
──────即座に命を奪えるなら、一瞬で生命力を与えられるということか。
僕は、生まれて初めて、自分の〈
この状況、この瞬間、この〈力〉でなければ、姫様を助けることは、できなかっただろう。
僕が、大好きなひとを。
姫様の顔を見つめていたら、その目が、ゆっくりと開いた。
「…………ニフシェ……?」
その視線が僕に向けられて、姫様が、僕の名を呼んだ。
「──────はい、姫様。僕です」
やっと、ちゃんと会えたというのに、まずは、そんなことしか言えなかった。
「わたくしは………負けたのですね」
姫様は、力なく、そう言葉をもらした。
「いいえ」
僕は姫様の胸から両手を離して、すぐさま、きっぱりと否定した。
「姫様は、負けてなんかいません」
「ニフシェ……?」
「姫様……というか、僕らみんな、ちょっと出し抜かれただけですよ」
そう、そうなのだ。
それだけは、確信している。
姫様は─────僕たちは、あの男に敗北したわけではない。
「ニフシェ、それは、意地で負け惜しみを言っているように聞こえます」
困ったように、微笑めいたものを口元に浮かべる姫様。
……子供の意地か。
それもあるかな。
かすかに、そうも思ったけれど。
「違いますよ姫様。負けてなんかいないんだから、負け惜しみの言いようがありません」
気づけば僕は、
言葉にして言ってみると、なるほど、負けず嫌いの、ただの屁理屈のようだ。
でも、事実だ。
事実であるし、この状況を変えていくのは、これからだ。
「─────第一、まだなにも終わってません。いや、終わりがはじまった、くらいのタイミングではあるかもしれませんけど」
〈
……徐々に、その大きさは、
「──────! ニフシェ、あなたは、まさか……!」
〈銀〉を見上げる僕の胸中を察したのか、姫様は僕の腕を弱々しく
そして、姫様が、なにか言い
「ところで姫様────僕、ニフシェ・舞禅は、姫様のことを、お
そこを、僕は不意討ちすることにした。
姫様は目を見開いて、なにが起こったのか、というような顔で硬直されたようだった。
「な」
「愛情というのか、なんなのか、僕は子供だから、よくわかりません。でも、姫様が、この世界の誰よりも大切だと思っています。……いや、この気持ちも、実はついさっき気づいたばっかりなんですけど」
余計なこと言ってるかな、と思ったが、嘘偽りなく、姫様には全部伝えておきたかった。
──────それは、ただの
どうしようもなく、浅はかなものであるかもしれないけれど。
僕の中にある、確かな
「とにかく。姫様。僕は姫様が、大好きです。だから──────」
そう言って、僕は姫様の手を取った。
その掌に、あの魔法装具、〈
「大好きな姫様がいるこの世界を守るために、あの男を倒してきます」
口にしたのは、単純明快な決意。
正直なところ、〈
そのへんはまったく、
結局、最終的には、人は、大切なひとのために命を使うのだと、妙に納得できてしまっている心境だった。
姫様の手を離し、立ち上がって、小さくなっていっている〈銀〉を見据える。
「ニフシェ、待ちなさい。わたくし、わたくしは……」
我に返った姫様は、立ち上がろうとしたようだった。
だが、できなかった。
僕から〈
「……わたくしも、一緒に行きます。だから、待って─────」
それでも姫様は、体を動かそうと、懸命に力を振り絞ろうとしていた。
「姫様」
それを僕は、静かに制した。
姫様の瞳を、まっすぐに見る。
「姫様は、待っていてください。大丈夫。大丈夫ですよ……僕なんかに任せるのは、心配なのかもしれませんけど。これでも僕は姫様の………」
いつもなら、なかなか自分では言い出せないことも、言ってしまおう。
「─────姫様だけの、騎士ですから」
言い切ったあと、晴れやかな気持ちが、胸に満ちた。
この気持ちを、人は、誇り、と言うのだろうか。
「ニフ、シェ……」
姫様は、そんな僕に、なんと応えたものか、言葉に詰まってしまったようだった。
このまま姫様の言葉を待っていたいけれど、あいにくと、時間はない。
さて、姫様に僕の
今度こそ僕は虚空の〈銀〉に向き直り、駆け出した。
〈銀〉は、いよいよ縮小を続けていて、消失するのに数えるほどの時間もないようだった。
わずかの距離ながら、全力疾走。
そして、〈銀〉めがけて、地を蹴った。
〈銀〉へ飛びこんだ先に、なにが待ち受けているのか。
だが、行く先が地獄であろうと、〈
そのことごとくを打破し、叩き潰す覚悟だった。
だけど…………。
「ニフシェ──────────っっっっっ!!!!!!」
〈銀〉に飛びこむ直前、姫様が叫んだのにだけは、ちょっとだけ後ろ髪を引かれた。
………もう一度だけ、姫様のお顔をしっかり見ておくべきだったかな。
人智を超えた空間へと飛びこみながら、僕は、そんな後悔を胸に抱いた。
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