7-5
意識を、気合いで跳ね戻す。
胸を
それから、目の奥で余韻を引きずる、
自分の中の、〈力〉を、意識する。
火は、とっくに入っている。
…………あの夜、僕は、初めて自分の〈
だが、そのときの
以来、〈力〉の発動には、代償ともいうべき条件が、必要になった。
肉体的には、死に瀕するほどの状態と。
そして、精神的には、理性を失うほどの怒りが。
しかし、今は、違う。
このとき、この身に帯びる熱は、憤怒ではない。
そう自覚したとき、両膝が落ちた。
僕の、ではない。
床に両膝を落としたのは、眼前の、
「な……ナな、な……っ?」
何が起こっているのか、理解できないのだろう。
─────まあ、理解できたところで──────もう遅いのだけれど。
木の葉をむしるような軽い動作で、
「ぎっひぇェええぇえイっ?」
僕は、
その傷口が、一瞬で塞がる。
激痛はまだ尾を引いているが、動きに支障はない。
心臓は正常に脈打ち、
冗談のような治癒能力だと、自分でも、若干呆れてしまう。
そんな僕を、
「バっ、ばばババば馬っ鹿ナ……! ぎぎギぎン銀、銀、ゲオルギウス合金! 銀の武器デ
「そうだろうね」
うなずいて、僕は、
「ああア、あ、ありエなイありえないアりえナいあリえないアりえない!」
にわかに、
神父めいた服が内から破け、そこから銃身が二本、飛び出してきた。
……そんな小細工が─────────!
「ぶべぃへっ?」
奇怪な声をまきちらして、
直後、胸の仕込み銃が、明後日の方向へ火を噴いた。
跳躍し、
言語化不可能な喚き声を響かせながら、
そこへ、〈
輝き飛んだすべての〈
着地と同時に、〈
ぶつかった壁から落下する
そのまま、
その一撃一撃に、〈気〉を籠めて、打ち込み続けた。
どれだけ肉体を
通常の物理的な打撃は、肉体を表層から打つものだ。
だが、〈気〉を伴う打撃は、肉体の内側へ波のごとく拡がり、その芯を射抜く。
声をあげることすらできず、
まあ、それだって、僕が全力で攻撃していないからなのだけれど。
……本気で殺すつもりならば、最初の右掌底で、事はすでに決している。
しかし、それでは、簡単すぎる。
この狂信者は、一度、思い知らなければならない。
─────腹部への、拳の猛襲を止める。
再び
体を倒さぬようにしているのが、やっとのように見える。
だが、まだ、目が、死んでいない。
きっけケぇッ!
かすり絞れた声が発せられたかと思うと、
その凶器で斬りつけようと、僕に向かって右腕を振るおうとするが────その腕は、わずかに持ち上がっただけで、それきり動かなくなった。
当然だ。
魂の力が、窮乏しているのだから。
……信じられない、こんなことが、起こるはずがない。
ひきつった
その体が、グラリと傾く。
僕はその胸ぐらを掴んで、無理矢理体を引き起こした。
それから、
「………………それで終わりか?」
僕の問いに、
「終わりなら─────おまえの
容赦なく、言い切った。
僕の言葉を受けて、
だが、その口が、硬直する。
「……にっ…! にジっ、虹色の…つッ…ツば……翼……っ!?」
あえぎあえぎ、
……そうか。
言われて、自分の背に生じている感覚と、光の粒子に気づいた。
どうやら、いよいよ、僕の〈
魔力と〈気〉の、
体中にめぐり、なお、有り余るふたつの高エネルギーが、僕の背中から、放出されているのだ。
このとき、僕の姿は、背から、虹色にゆらめく翼を二枚、広げているように見えるという。
「……あ、アのお方ト同じ……アナタも……」
「ああああああアなタ、あなたも、〈
「……そうらしいんだよね、よくわからないんだけど」
そう、僕は〈
〈
母親が人間であるのは確かなのだけれど、父親のほうは、謎のまま。
しかし、僕の身体能力から類推すると─────どうやら、僕は、〈
………まったく、知ってる当事者でも、そんな馬鹿な、だ。
〔実は僕、天使なんです〕
〈
─────〈
〈
故に─────銀の武器では、僕は殺せない。
そしてこの身に宿る〈
近接する相手から、触れることなく魂の力を奪う、最凶の異能─────────。
僕が、先ほどから、普通に体を動かすことができているのは、この異能のおかげだった。
さらに、余った〈
加えて、
僕が
敵から吸収した〈
撃ち放つ〈気弾〉にしても、言わずもがな。
自前の生命力から〈気〉を練り、攻撃に消費するより、効率がいいわけである。
……師匠は、それを見越して、僕に〈気〉による武闘法を、教えこんだのかもしれない。
「ニ、にジ、イろノ、翼…! 虹色…! 七…! 七色の……!」
喋ることさえ消耗するだろうに、
すると、不意に、衰弱しているはずの体を大きく揺らし、激しくかぶりを振って、叫びだした。
「いイいい否否否否否否否否否否否否! 断ジて否ッ! ソレは異端だ! 異端ノはずだッ! あリえなイ! 〈
?
アブラ……なに?
天使の名前だろうか?
どうやら、僕に対して、抗議の声を上げているようだけれど。
なにを言ってるのか、さっぱりだった。
……でもまあ、ついでなので、話の尻馬に乗ってしまおう。
「そうだ。異端だ」
はっきりと、断言してやる。
「貴様は、その異端に敗れたぞ、〈
ふぎがぐっ、と
「貴様の信仰は、
「う、ううぅウうぅウゥううううゥうぅうううウウぅぅ─────────ッ」
僕が言った、決闘云々のことを、無効にしたいのだろう。
だが、
矛盾した話になるが。
だからこそ、
まあ、
僕は、
「さて……それじゃあ、どこかで聞いたような質問をひとつ」
「人間のような悪魔と、悪魔のような人間」
せいぜい、冷たく言い放つ。
「──────本当に罪深いのは、どっちだ」
そうして、異能の力を、最大まで活性化させる。
その力の働きが増すにつれ、僕の視界も、変わっていった。
〈
それは、光の流れ。
僕の体から、山吹色の光の帯が、幾筋もオーロラのようにのび拡がり、
その光の帯が導管となって、
……〈
対象を行動不能にすることなど、この〈力〉の、ほんの一端にすぎない。
恐るべきは、魂の力を吸い尽くした、その果てにある結果。
───────────────〈
核となる魂、其れ自体が滅び去る、完全な〈死〉。
神理学的には、魂そのものが滅びれば、輪廻転生、その
それは、一個の存在が、物理的にも、概念的にも、未来永劫、消滅することを意味する。
…………非道な所行を尽くしてきた
けれど、それでは、
死んで、消えて、終わり。
簡単に他人の命を奪ってきた者に、単純で楽な終わり方を与えるなどと。
僕は、そんなに優しくはない。
容赦なく、
すでに
その体躯は風船のように
髪の色も、瞬時に老いたかのごとく、白いものに変わっていく。
KU・KA・A・A・A・A・A・A・A・A・A・A・A・A──────────。
不快極まりない呻き声を無視し、異能の力を振るうことに集中する。
……
その魂の力を、かろうじて生存可能な量だけを残し、ぎりぎりまで
カハッ、と
両手で挟み込んでいた
息はしていたが、それきり、
………これで、〈
殺しはしないが、生かしもしない。
床に転がった
今後、剣を振るうことはおろか、日常生活すら、まともに送れはしないだろう。
もっとも、そんな状態の
その、残った余生。
短い、その間に、贖罪の意識を持って生きるわけはないだろうが──────────。
自らの信仰を否定されたという事実は、残された一生涯、
その苦悩が、奪われた命の重さに釣り合うことは、決してないとしても。
死という簡潔な結末より、よほど然るべき罰に値するとは、思いたい。
異能の力への集中を解くと、背に生じた光も薄れていった。
背中からの、魔力と〈気〉の放出が、収まったのだろう。
─────わずかに息をついてから、素早くベアーに駆け寄る。
「………ニ、ニフシェさ、ま……」
僕に気づいて、ベアーが無理に声を
「喋らないで」
……全身の傷を見るまでもなくわかる。
ベアーは、一刻を争う状態にあった。
「……俺はお……置いて、ひ、姫君、を……」
「ベアーの部族の言い伝えじゃ、家族を見捨てるような奴は、地獄行きでしょ?」
それ以上の問答は不要だと、目を見て、きっぱりと言って聞かせる。
ベアーは苦しげに息を吐いて、目を閉じた。
「─────も、申し訳しわけ、ありません………」
「いいさ」
ベアーにそう応えてから、今度はしいらさんのほうへ、急ぎ近づく。
「大丈夫ですか?」
しいらさんの体を起こしつつ、〈気〉の力を使い、掛けられた手錠を、結合部から引きちぎる。
手錠はゲオルギウス合金製のものだったため、しいらさんの手首には、火傷したような
通常、〈
「あたしは大丈夫。それより……!」
しいらさんは自力で立ち上がって見せて、ベアーを見やった。
僕は無言でベアーのそばに戻り、その巨体を抱え上げる。
ベアーの口から、苦鳴がもれた。
本来なら動かすべきではないけれど、のんびり救助を呼んでいる
「集合場所に戻りましょう。今度こそベアーの傷の手当てをしないと」
そう言って、僕はしいらさんに振り返った。
しいらさんは言葉なく、心配そうな顔をして、うなずいた。
……ベアーの治療に、姫様の救出。
時間が
…………選択肢がない、とも言うか。
集合場所に戻るのは、愚策めいてはいるが、治療剤はそこにしかない。
〈
それに他の仲間が、遅れてやってきていないとも限らない。
集合場所で倒れていた仲間のことも気がかりだ。
治療剤と、仲間の情報。
最初に向かったときと同じ理由で、集合場所へ急がなくては──────────。
若干焦り気味に、しいらさんのほうへ歩き出したときだった。
「……っ!」
突然、眉間に衝撃が走った。
それと同時に、首にかけた護符に、激しい熱が生じていた。
ベアーを抱えた体を、危うくふらつかせてしまう。
そのとき、視界が、変わった。
白光。
閃光。
烈光。
飛び散る輝きと
乱舞する
さながら、それは流星の海。
霊的な力に満ちた、無限の空間。
──────────〈
即座に、眼前に広がった世界がなんなのか、理解する。
……感じる。
〈
身につけている魔法の護符は、〈
そして〈
僕の〈
なにかが、起こり始めている…………!
そう直感した瞬間。
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意識が一瞬、弾き飛ばされた。
……霊力の流れに、魂を呑みこまれかけた─────────!
散り散りになってしまいそうな意識の中、かろうじてそれだけを理解する。
魂が、〈
感覚と思考が、凄まじい霊力の流れに、まるごと持って行かれそうだった。
稚魚が、荒波の大海に放りこまれたようなものだ。
気を抜けば、魂そのものを引きちぎられそうな、霊力の
自我を保っているのが、奇跡だった。
意識、感覚、精神、魂──────────。
なにもかもが、凄まじい勢いで、流される。
そして、その
あたかも、すべての輝きを呑みこんでゆく、星の
渦巻く光の奔流……その中心でうねり立つ、巨大な光の
あれは─────いや、あれだ……!
手放しかけていた意識を、気力で持ち直す。
霊力の流れのせいで定まらない視点を、必死にその光の渦柱へ向ける。
おそらくは、あれこそが、〈
今このとき生じているそれが、〈
〈
そんな確信が、心の端に浮かんだときだった。
後ろから、恐ろしいまでの衝撃が襲いかかってきた。
激流に流される魂が、さらに加速し、撃ち飛ばされる。
視界までもが、虹色に加速した。
まばゆい虹色の光が、光に満ちた世界に重なっていく。
その光と光の重なる先に、うっすらと浮かんでくるものがあった。
それはまるで、幻灯機で映し出される絵画のよう。
────────本来ならば、魔法の護符の力では、それを持つ者同士の居場所しか、認識できない。
だが今、おぼろに浮かぶその輪郭は、〈
……やがてはっきりと像を結んだのは、白い、人工物であることを強調したような建物。
その頂に、二重の円が見えた。
円を形作るのは、打ち立てられた巨大な石柱群と、十字架の数々。
石柱群に囲まれた十字架には、それぞれ、人が
〈
その中に。
見間違うはずのない、銀色の髪をした女が──────────。
姫様………!
「ニフシェ!」
しいらさんの声で、意識が一気に引き戻される。
瞬間的な視界の転換に、大きな
ベアーを抱えた自分の体が、あやうく
気力で足を踏み出し、なんとか倒れるのを
しかしその衝撃で、ベアーをわずかに
「大丈夫なの!? ベアーを抱えるのが辛いなら、あたしも……」
「……いえ。すいません、少し目眩がしただけです。僕なら、大丈夫」
ベアーの体に手をかけようとするしいらさんを制して、軽くまばたきをした。
……ずいぶん長い時間、〈
「─────急ぎますっ……!」
しいらさんにはなにも告げずに、走り出す。
「え? ええっ」
そのあとを、慌ててしいらさんがついてきた。
…………敵の居場所は、わかった。
目的地が明確になれば、あとの心配は、時間だけだ。
〈
白い、出来損ないのピラミッド。
神楽市のTV局─────────イノセント・ネットワークだった。
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