7-5

意識を、気合いで跳ね戻す。


怪人ベラヒィの凶笑を目の当たりにして、自分の状況を、瞬時に再認識。


胸をさいで貫かれた激痛を感じるより何より、まず、内心で、苦笑してしまった。


走馬燈そうまとうで自分の胸の内に気づくとは、我ながら、心が大概壊れているな、と。


それから、目の奥で余韻を引きずる、刹那せつなの夢を振り払った。


自分の中の、〈力〉を、意識する。

火は、とっくに入っている。


…………あの夜、僕は、初めて自分の〈魔渉力ミストフィール〉に目覚めた。


だが、そのときの精神的後遺症トラウマのせいか。

以来、〈力〉の発動には、代償ともいうべき条件が、必要になった。

肉体的には、死に瀕するほどの状態と。

そして、精神的には、理性を失うほどの怒りが。


しかし、今は、違う。


このとき、この身に帯びる熱は、憤怒ではない。

たかぶりはありつつも、精神は、透き通っている─────────。


そう自覚したとき、両膝が落ちた。


僕の、ではない。

床に両膝を落としたのは、眼前の、怪人ベラヒィのほうだった。


怪人ベラヒィの顔は、驚愕きょうがく一色に染まっていた。


「な……ナな、な……っ?」


何が起こっているのか、理解できないのだろう。

─────まあ、理解できたところで──────もう遅いのだけれど。


木の葉をむしるような軽い動作で、さいを握る怪人ベラヒィの手を、ひねり上げる。


「ぎっひぇェええぇえイっ?」


怪人ベラヒィは、頓狂とんきょうな悲鳴を上げた。


僕は、怪人ベラヒィの手が離れたさいを、胸から、造作もなく引き抜いた。


その傷口が、一瞬で塞がる。

激痛はまだ尾を引いているが、動きに支障はない。

心臓は正常に脈打ち、穿うがたれた胸骨きょうこつも、元通りになったようだ。


冗談のような治癒能力だと、自分でも、若干呆れてしまう。


そんな僕を、怪人ベラヒィは、恐怖さえまじる目で見つめていた。


「バっ、ばばババば馬っ鹿ナ……! ぎぎギぎン銀、銀、ゲオルギウス合金! 銀の武器デつらぬかれタのですよ!? あナたは!?」


「そうだろうね」


うなずいて、僕は、さいを放り捨てた。


「ああア、あ、ありエなイありえないアりえナいあリえないアりえない!」


にわかに、怪人ベラヒィの鬼気が甦った。


怪人ベラヒィの胸部が、はじける。

神父めいた服が内から破け、そこから銃身が二本、飛び出してきた。


……そんな小細工が─────────!


怪人ベラヒィの仕込み銃が弾丸を撃ち出すより早く、怪人ベラヒィあごを、右掌底で叩きあげる。


「ぶべぃへっ?」


奇怪な声をまきちらして、怪人ベラヒィの身体は、ゴムまりのように高く宙に跳ね上がった。

直後、胸の仕込み銃が、明後日の方向へ火を噴いた。


跳躍し、怪人ベラヒィの左側面を、蹴り飛ばす。

言語化不可能な喚き声を響かせながら、怪人ベラヒィの身体が、十数メートルの空間を遊泳し、壁に激突した。


そこへ、〈気弾きだん〉を連続で撃ち放つ。


輝き飛んだすべての〈気弾きだん〉が、怪人ベラヒィの体を叩き撃った。


着地と同時に、〈廻地法かいちほう〉を使い、一瞬で接近。

ぶつかった壁から落下する怪人ベラヒィの左脇腹へ、右拳をえぐりこませる。


怪人ベラヒィの身体が、壁にめりこんだ。

そのまま、怪人ベラヒィの腹部を、拳で集中連打する。

その一撃一撃に、〈気〉を籠めて、打ち込み続けた。


どれだけ肉体を頑強がんきょうに改造しようと、〈気〉による衝撃を、防ぐことはできない。

通常の物理的な打撃は、肉体を表層から打つものだ。

だが、〈気〉を伴う打撃は、肉体の内側へ波のごとく拡がり、


怪人ベラヒィは、防御不能の衝撃を受けてなお、意識を保っていた。

声をあげることすらできず、悶絶もんぜつしているだけにせよ、たいしたものだ。


まあ、それだって、僕が全力で攻撃していないからなのだけれど。

……本気で殺すつもりならば、最初の右掌底で、事はすでに決している。


しかし、それでは、簡単すぎる。


この狂信者は、一度、思い知らなければならない。

─────腹部への、拳の猛襲を止める。


怪人ベラヒィの体は、それでようやく、ズルリと、足から床に落ちていった。

再び怪人ベラヒィは、僕の前で、両膝を落とす格好になった。


体を倒さぬようにしているのが、やっとのように見える。

だが、まだ、目が、死んでいない。


きっけケぇッ!


かすり絞れた声が発せられたかと思うと、怪人ベラヒィの右腕から、反り身の刃が飛び出した。

その凶器で斬りつけようと、僕に向かって右腕を振るおうとするが────その腕は、わずかに持ち上がっただけで、それきり動かなくなった。


当然だ。



……信じられない、こんなことが、起こるはずがない。


ひきつった怪人ベラヒィの顔が、そう主張していた。


その体が、グラリと傾く。

僕はその胸ぐらを掴んで、無理矢理体を引き起こした。


それから、怪人ベラヒィの目を、覗きこむ。


「………………それで終わりか?」


僕の問いに、怪人ベラヒィは、顔を歪ませるばかりだった。


「終わりなら─────おまえの敗北まけだ、〈無慈悲マーシレス〉ベラヒィ」


容赦なく、言い切った。


僕の言葉を受けて、怪人ベラヒィは、なにかもごもごと口を動かしかけた。


だが、その口が、硬直する。


怪人ベラヒィの目が、大きく見開かれていった。


「……にっ…! にジっ、虹色の…つッ…ツば……翼……っ!?」


あえぎあえぎ、怪人ベラヒィは、声を絞り出した。


……そうか。


言われて、自分の背に生じている感覚と、光の粒子に気づいた。

どうやら、いよいよ、僕の〈魔渉力ミストフィール〉が、本格的に稼働しはじめたらしい。


魔力と〈気〉の、出力余剰オーバー・フロー


体中にめぐり、なお、有り余るふたつの高エネルギーが、僕の背中から、放出されているのだ。

このとき、僕の姿は、背から、虹色にゆらめく翼を二枚、広げているように見えるという。


「……あ、アのお方ト同じ……アナタも……」


怪人ベラヒィの声は、畏れと驚愕に、震えていた。


「ああああああアなタ、あなたも、〈顕現天使エヴァンジェル〉だトでも……言ウの、ですカっ……ッ!?」


「……そうらしいんだよね、よくわからないんだけど」


そう、僕は〈吸血鬼ヴァンパイア〉でも、〈獣人セリアン〉でもない。


半人外ハーフ〉ではあっても、そのどちらでもないのだ。


母親が人間であるのは確かなのだけれど、父親のほうは、謎のまま。


しかし、僕の身体能力から類推すると─────どうやら、僕は、〈顕現天使エヴァンジェル〉である


………まったく、でも、そんな馬鹿な、だ。


〔実は僕、天使なんです〕


半人外ハーフ〉であると公言はできても、なかなかそんなことは、言えたものではない。


─────〈人外アーク〉の中の〈人外アーク〉、〈顕現天使エヴァンジェル〉。


吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉の、相克そうこくことわりから、はずれた存在。

故に─────銀の武器では、僕は殺せない。


そしてこの身に宿る〈魔渉力ミストフィール〉は、〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉。

近接する相手から、触れることなく魂の力を奪う、最凶の異能─────────。


僕が、先ほどから、普通に体を動かすことができているのは、この異能のおかげだった。

怪人ベラヒィから〈輝源力ジェネシス〉を吸収し、失った分を補填ほてん


さらに、余った〈輝源力ジェネシス〉を、魔力に変換し、身体の超回復能力を、向上させたのだ。

加えて、怪人ベラヒィに打ちこみ続けた〈気〉の力も、吸収した〈輝源力ジェネシス〉を変換したものだ。


僕が崑崙コンロンで修得した、〈気〉を用いる武闘法と、僕の〈魔渉力ミストフィール〉は、相性がいい。

敵から吸収した〈輝源力ジェネシス〉を、そのまま〈気〉の力に変え、防御不能の衝撃波として、相手に叩き返す。

撃ち放つ〈気弾〉にしても、言わずもがな。

自前の生命力から〈気〉を練り、攻撃に消費するより、効率がいいわけである。


……師匠は、それを見越して、僕に〈気〉による武闘法を、教えこんだのかもしれない。


怪人ベラヒィは、全身を小刻みに震わせだしていた。


「ニ、にジ、イろノ、翼…! 虹色…! 七…! 七色の……!」


喋ることさえ消耗するだろうに、怪人ベラヒィは、そんな言葉を、うわごとのように繰り返していた。

すると、不意に、衰弱しているはずの体を大きく揺らし、激しくかぶりを振って、叫びだした。


「いイいい否否否否否否否否否否否否! 断ジて否ッ! ソレは異端だ! 異端ノはずだッ! あリえなイ! 〈星統天司皇アブラクサス〉! そんナ幻想ガ! 世迷い言がっ! 神聖なル天使を冒涜する天使なド! イ、いい異端ダ! 異端! 異端! 異端異端異端異端異端異端異端異タん──────────っ!」



アブラ……なに?

天使の名前だろうか?


どうやら、僕に対して、抗議の声を上げているようだけれど。

なにを言ってるのか、さっぱりだった。


……でもまあ、ついでなので、話の尻馬に乗ってしまおう。


「そうだ。異端だ」


はっきりと、断言してやる。


「貴様は、その異端に敗れたぞ、〈無慈悲マーシレス〉ベラヒィ」


ふぎがぐっ、と怪人ベラヒィ奇矯ききょうに息を詰まらせた。


「貴様の信仰は、まがい物だ。……その偽りの言葉、偽りの信仰で、今まで、どれだけ無辜むこの命を刈り取ってきた?」


「う、ううぅウうぅウゥううううゥうぅうううウウぅぅ─────────ッ」


怪人ベラヒィの顔が、怒りと屈辱に、ゆがむ。

僕が言った、決闘云々のことを、無効にしたいのだろう。


だが、怪人ベラヒィには自身の信仰心が、完全無欠である、との矜持プライドがある。


矛盾した話になるが。

だからこそ、怪人ベラヒィは、今の決闘を、否定できないでいるのに違いなかった。


まあ、怪人ベラヒィ葛藤かっとうなどに構ってやる義理はない。

僕は、怪人ベラヒィの顔を両手で挟みこんで、言った。


「さて……それじゃあ、どこかで聞いたような質問をひとつ」


怪人ベラヒィの両眼を、静かに覗きこむ。


「人間のような悪魔と、悪魔のような人間」


せいぜい、冷たく言い放つ。


「──────本当に罪深いのは、どっちだ」


そうして、異能の力を、最大まで活性化させる。

その力の働きが増すにつれ、僕の視界も、変わっていった。


顕現天使エヴァンジェル〉の目でのみ、捉えることのできる領域が、浮かび上がってくる。

それは、光の流れ。


僕の体から、山吹色の光の帯が、幾筋もオーロラのようにのび拡がり、怪人ベラヒィの全身を覆い包んでいた。

その光の帯が導管となって、怪人ベラヒィの〈輝源力ジェネシス〉を吸い上げていく。


……〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉は、魂の力そのものを奪う異能。

対象を行動不能にすることなど、この〈力〉の、ほんの一端にすぎない。


恐るべきは、魂の力を吸い尽くした、その果てにある結果。

───────────────〈魂魄消滅ロスト〉。


核となる魂、其れ自体が滅び去る、完全な〈死〉。


神理学的には、魂そのものが滅びれば、輪廻転生、そのことわりの輪から、はずれてしまうという。


それは、一個の存在が、物理的にも、概念的にも、未来永劫、消滅することを意味する。


…………非道な所行を尽くしてきた怪人ベラヒィが受ける罰としては、十分かもしれない。

けれど、それでは、手緩てぬるすぎる。


死んで、消えて、終わり。


簡単に他人の命を奪ってきた者に、単純で楽な終わり方を与えるなどと。

僕は、そんなに優しくはない。


容赦なく、怪人ベラヒィから魂の力を吸い上げ続ける。

すでに怪人ベラヒィの肉体は、活力を失っていた。


その体躯は風船のようにしぼみ、減衰げんすいしていっていた。

髪の色も、瞬時に老いたかのごとく、白いものに変わっていく。


KU・KA・A・A・A・A・A・A・A・A・A・A・A・A──────────。


怪人ベラヒィの喉からは、呪詛じゅそのようなうめきがほとばしり続けていた。

不快極まりない呻き声を無視し、異能の力を振るうことに集中する。


……える。


怪人ベラヒィの魂の残量がどの程度なのか、はっきりと感覚で捉えることができた。

その魂の力を、かろうじて生存可能な量だけを残し、ぎりぎりまでしぼり取る。


カハッ、と怪人ベラヒィは大きく呻くと、白目を剥き、全身を小刻みに痙攣けいれんさせだした。


両手で挟み込んでいた怪人ベラヒィの顔を、離す。

怪人ベラヒィの体は、そのまま、背中から床に崩れ落ちた。


息はしていたが、それきり、怪人ベラヒィは動かなくなった。

………これで、〈無慈悲マーシレス〉ベラヒィは、再起不能だ。


殺しはしないが、生かしもしない。

床に転がった怪人ベラヒィの姿は、幽鬼のごとくおとろえていた。

今後、剣を振るうことはおろか、日常生活すら、まともに送れはしないだろう。


もっとも、そんな状態の怪人ベラヒィを、〈七剣灯局カンデラブラ〉が生かしておくとは思わないけれど。

その、残った余生。

短い、その間に、贖罪の意識を持って生きるわけはないだろうが──────────。


自らの信仰を否定されたという事実は、残された一生涯、怪人ベラヒィの心をさいなみ続けるはずだ。


その苦悩が、奪われた命の重さに釣り合うことは、決してないとしても。

死という簡潔な結末より、よほど然るべき罰に値するとは、思いたい。


異能の力への集中を解くと、背に生じた光も薄れていった。

背中からの、魔力と〈気〉の放出が、収まったのだろう。


─────わずかに息をついてから、素早くベアーに駆け寄る。


「………ニ、ニフシェさ、ま……」


僕に気づいて、ベアーが無理に声をつむぎ出してきた。


「喋らないで」


……全身の傷を見るまでもなくわかる。


ベアーは、一刻を争う状態にあった。


「……俺はお……置いて、ひ、姫君、を……」


「ベアーの部族の言い伝えじゃ、家族を見捨てるような奴は、地獄行きでしょ?」


それ以上の問答は不要だと、目を見て、きっぱりと言って聞かせる。

ベアーは苦しげに息を吐いて、目を閉じた。


「─────も、申し訳しわけ、ありません………」


「いいさ」


ベアーにそう応えてから、今度はしいらさんのほうへ、急ぎ近づく。


「大丈夫ですか?」


しいらさんの体を起こしつつ、〈気〉の力を使い、掛けられた手錠を、結合部から引きちぎる。


手錠はゲオルギウス合金製のものだったため、しいらさんの手首には、火傷したような傷痕きずあとがついてしまっていた。

通常、〈吸血鬼ヴァンパイア〉や〈獣人セリアン〉が、銀製のものを肌に当てられると、こうなる。


「あたしは大丈夫。それより……!」


しいらさんは自力で立ち上がって見せて、ベアーを見やった。

僕は無言でベアーのそばに戻り、その巨体を抱え上げる。

ベアーの口から、苦鳴がもれた。


本来なら動かすべきではないけれど、のんびり救助を呼んでいる猶予ゆうよなどない。


「集合場所に戻りましょう。今度こそベアーの傷の手当てをしないと」


そう言って、僕はしいらさんに振り返った。

しいらさんは言葉なく、心配そうな顔をして、うなずいた。


……ベアーの治療に、姫様の救出。


時間が逼迫ひっぱくした状況下、二者択一のようだが、現時点ではまだ、筋道は一本線である。

…………選択肢がない、とも言うか。


集合場所に戻るのは、愚策めいてはいるが、治療剤はそこにしかない。


無名ノウネイム〉の余裕ぶりからすれば、治療剤などの常備品には、目もくれず立ち去ったに違いなかった。


それに他の仲間が、遅れてやってきていないとも限らない。

集合場所で倒れていた仲間のことも気がかりだ。


治療剤と、仲間の情報。

最初に向かったときと同じ理由で、集合場所へ急がなくては──────────。


若干焦り気味に、しいらさんのほうへ歩き出したときだった。


「……っ!」


突然、眉間に衝撃が走った。

それと同時に、首にかけた護符に、激しい熱が生じていた。


ベアーを抱えた体を、危うくふらつかせてしまう。

そのとき、視界が、変わった。








白光。

閃光。

烈光。








飛び散る輝きときらめき、此方こなたから彼方かなたへと行き交う無数の光の流れ。


乱舞する光芒こうぼうで、すべてが埋めつくされた世界。


さながら、それは流星の海。

霊的な力に満ちた、無限の空間。


──────────〈星霊界アストラル・プレーン〉………!


即座に、眼前に広がった世界がなんなのか、理解する。


……感じる。


星霊界アストラル・プレーン〉をめぐる霊的な力の流れが、急激に変動していっている。


身につけている魔法の護符は、〈星霊界アストラル・プレーン〉に干渉して、その力を発揮する。


そして〈顕現天使エヴァンジェル〉の異能は、霊的な力─────〈輝源力ジェネシス〉と深く関わるもの。


僕の〈顕現天使エヴァンジェル〉としての精神が、護符の力を通し、〈星霊界アストラル・プレーン〉を垣間見かいまみさせているのか。


なにかが、起こり始めている…………!

そう直感した瞬間。



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意識が一瞬、弾き飛ばされた。


……霊力の流れに、魂を呑みこまれかけた─────────!


散り散りになってしまいそうな意識の中、かろうじてそれだけを理解する。


魂が、〈星霊界アストラル・プレーン〉に同調しすぎたのだ。


感覚と思考が、凄まじい霊力の流れに、まるごと持って行かれそうだった。


稚魚が、荒波の大海に放りこまれたようなものだ。

気を抜けば、魂そのものを引きちぎられそうな、霊力の奔流ほんりゅう


自我を保っているのが、奇跡だった。


意識、感覚、精神、魂──────────。

なにもかもが、凄まじい勢いで、流される。


そして、その暴虐ぼうぎゃくなまでの流れに翻弄されながら、た。


あたかも、すべての輝きを呑みこんでゆく、星の大渦おおうず

渦巻く光の奔流……その中心でうねり立つ、巨大な光の渦柱うずばしらを──────────。


あれは─────いや、……!


手放しかけていた意識を、気力で持ち直す。


霊力の流れのせいで定まらない視点を、必死にその光の渦柱へ向ける。

おそらくは、あれこそが、〈星霊界アストラル・プレーン〉に起きている異変の原因。


今このとき生じているそれが、〈無名ノウネイム〉の言う〈救済〉に、無関係であるはずがない。


無名ノウネイム〉が、通常の世界……〈物質界マテリアル・プレーン〉から、なんらかの手段で、〈星霊界アストラル・プレーン〉に干渉しているのだ。


そんな確信が、心の端に浮かんだときだった。


後ろから、恐ろしいまでの衝撃が襲いかかってきた。

激流に流される魂が、さらに加速し、撃ち飛ばされる。


視界までもが、虹色に加速した。

まばゆい虹色の光が、光に満ちた世界に重なっていく。


その光と光の重なる先に、うっすらと浮かんでくるものがあった。

それはまるで、幻灯機で映し出される絵画のよう。


────────本来ならば、魔法の護符の力では、それを持つ者同士の居場所しか、認識できない。

だが今、おぼろに浮かぶその輪郭は、〈物質界マテリアル・プレーン〉の光景に他ならなかった。


……やがてはっきりと像を結んだのは、白い、人工物であることを強調したような建物。


その頂に、二重の円が見えた。

円を形作るのは、打ち立てられた巨大な石柱群と、十字架の数々。

石柱群に囲まれた十字架には、それぞれ、人がはりつけにされていた。


無名ノウネイム〉に連れ去られた、〈人外アーク〉の男女らだと、直感する。


その中に。

見間違うはずのない、銀色の髪をした女が──────────。


………!






「ニフシェ!」






しいらさんの声で、意識が一気に引き戻される。


瞬間的な視界の転換に、大きな目眩めまいがした。


ベアーを抱えた自分の体が、あやうくかたむいていることに、遅れて気づく。


気力で足を踏み出し、なんとか倒れるのをこらえた。

しかしその衝撃で、ベアーをわずかにうめかせてしまった。


「大丈夫なの!? ベアーを抱えるのが辛いなら、あたしも……」


「……いえ。すいません、少し目眩がしただけです。僕なら、大丈夫」


ベアーの体に手をかけようとするしいらさんを制して、軽くまばたきをした。


……ずいぶん長い時間、〈星霊界アストラル・プレーン〉を幻視していたように思えたが、現実には、ほんの一瞬のことだったようだ。


「─────急ぎますっ……!」


しいらさんにはなにも告げずに、走り出す。


「え? ええっ」


そのあとを、慌ててしいらさんがついてきた。


…………敵の居場所は、わかった。


目的地が明確になれば、あとの心配は、時間だけだ。


星霊界アストラル・プレーン〉から見えたのは、闇夜に浮かぶ、印象的な、あの建物………。


白い、出来損ないのピラミッド。

神楽市のTV局─────────イノセント・ネットワークだった。


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