第4話:〈人外〉と〈偽人外〉

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人外アーク〉─────人間の常識を超えた存在。


大きく分けて、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉の二種。

その二種に該当しない〈人外アーク〉も存在するが、超稀少な類らしいので、それはとりあえず、脇に置く。


人外アーク〉、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉。

偽人外フェイク〉とは、どう違うのか。


人間を襲わずにいられない、害ある存在ならば、〈本物〉も〈偽物〉も、違いなどないのではないか。


まずひとつ、決定的に違うのは、外見だ。

偽人外フェイク〉が人間の姿に擬態───元々は人間なのだから、常態とも言えるが───している時は、〈気〉や魔力を感知・察知できる能力に長けていなければ、〈偽人外フェイク〉を視覚だけで識別することは、難しい。


しかし、〈偽人外フェイク〉らが、その超常的な力を発揮するため変身した場合は、一目でわかってしまう。


偽人外フェイク〉の〈吸血鬼ヴァンパイア〉。

その本性を顕す時、表皮は薄灰色となり、悪鬼のごとき容貌を見せる。


偽人外フェイク〉の〈獣人セリアン〉。

その本性を顕す時、黒灰色の体毛で覆われた、禍々しい獣身を見せる。


どちらも、〈偽人外フェイク〉の外見は、一定なのだ。


色でたとえるなら……鮮やかさがない。

〈本物〉の〈人外アーク〉と比べて、圧倒的に、鮮烈さが欠如している。


それは、外見上のことだけを言っているのではなく、生命力や魔力といった、霊的な質量の違いから感じられるものだ。


特に、純血統の〈人外アーク〉が有する魔力量との差は、天と地ほどの開きがあると言っていい。

純血統、とは文字通り、純粋に同種〈人外アーク〉同士のみで形成されてきた血筋を指す。


その中でも魔力の強い血筋は、王血統ロイヤル・ブラッドと呼ばれる。

さらに、その最高格が、姫様、アルトヴェリア王国の血筋─────神血統ディヴァイン・ブラッドだ。


魔力が強い血筋であればあるほど、その身に宿る〈力〉もまた、強大なものとなる。


その基本的な例が、人間とは次元の違う身体能力だろう。

怪力はもとより、超高速で動ける敏捷性、飛翔とさえ形容可能な跳躍力。

加えて、肉体に備わった、超回復力による不死性───────。


それら〈人外アーク〉の超身体能力は、魔力に根ざしているものだ。

当然、魔力に比例して、その〈力〉も強くなっていく。


だから通常、純血統の〈人外アーク〉は、血筋を重んじる。

自身の子孫が、魔力の劣化を起こさぬように。

吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉 との間に子供が生まれた場合、その子供は、どちらか一方の〈人外アーク〉と成る。

このとき、両親のどちらもが純血統の〈人外アーク〉だったとしても、その子供の魔力は、劣化してしまうことがほとんどだ。


だが、世の中には、突然変異というものがある。

種の異なる親を持つ〈人外アーク〉でも、逆に、魔力量とその質が、飛躍的に向上することもあるらしい。


そしてまた、一方の親が人間であった場合でも、その突然変異は起こりうるという。


元来、人間の持つ魔力は、〈人外アーク〉のそれとは比較にならないほど、少ない。

ゆえに、魔力量の低い人間の伴侶を迎え、〈半人外〉の子をもうけるなど、純血統の〈人外アーク〉にはありえない話なのである。

人間との婚姻で、突然変異による子孫の魔力増大を見込むのは、博打以下の愚行。

それが、純血統の〈人外アーク〉らの常識だ。


どうしてそこまで魔力の劣化を忌避するのか、というと─────────。

魔力の劣化は、〈人外アーク〉に備わる、決定的に特殊な〈力〉の低下につながってしまうためだ。






魔渉力ミストフィール〉。






魔力を素にした異能、いわゆる超能力である。

たとえば、念動力、発火能力、風力操作、電力発生………。


そういった魔法のごとき〈力〉を、〈人外アーク〉は生まれつき、備えているのだ。

そもそも、魔法という概念自体、〈人外アーク〉の〈魔渉力ミストフィール〉から発生したと考えられている。


人間達は通常、修練のうえで会得し、呪文や法術刻印を用いなければ、魔法を行使することはできない。

それに対し、〈人外アーク〉は思念と精神集中だけで、超常的な〈力〉を発動させることができる。


そんな貴重な〈力〉の質を、血を薄めることで、劣化させるわけにはいかない────────。

純血統の〈人外〈魔渉力〉〉らが、そう考えるのは、自然な流れだ。


ことに、純血統の〈吸血鬼ヴァンパイア〉には、そうした考えの根強い家系が多いと聞く。

何故なら、〈吸血鬼ヴァンパイア〉は、〈獣人セリアン〉 と違い、複数の〈魔渉力ミストフィール〉を有するのが常。

その身に宿る、神秘の〈力〉の数々。

それらのどれひとつとしても、血の劣化で失うことは、避けたいのだろう。


同時に、己の血筋の〈力〉を強化、増大させることを、望んでもいよう。

人外アーク〉の至高血統である、神血統には届かずとも、近づかせたい。

己の子孫を。

あるいは──────────己自身を、と。


世に災いをもたらすのは、そこに執着した〈人外アーク〉だ。


もっとも、過ぎた欲望が、他人に迷惑をかけるのは、人間や〈人外アーク〉であること関係なしに、よくあることだけど。


………〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉 に関する情報は、伝説伝承に、多く語られている。

が、そのすべてが正しいものではない。


正確に伝わっている話は─────どちらの種族も、銀が弱点である、ということくらいか。


吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉にとって、銀の持つ〈星霊因子アストラル・ファクター〉は、猛毒に等しい。

星霊因子アストラル・ファクター〉とは、物質に備わった、根源たる霊質のことだ……というハナシである。


ともかく、覚えてる話を要約すれば、こんな感じ。


曰く、万物はすべて相生そうじょう相克そうこくによる循環で成り立ち、めぐりゆく。


相生とは存在を生かし合う理で、相克とは存在を抑制し合う理のことである。


吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉の霊質と、銀の持つ霊質は、その相克の関係にある。

銀の霊質、〈星霊因子アストラル・ファクター〉は、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉のそれを破壊、滅ぼす力を持っているのだ。


それで、その人智を越えた理故に、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉は、銀の霊質は忌避せざるをえない。

銀製の武器で傷つけられた場合、適切な処置を施さない限り、その負傷した箇所は、治癒不可能な状態になるからだ。

銀の武器で致命傷を負えば、たとえ純血統の〈吸血鬼ヴァンパイア〉、〈獣人セリアン〉でも、生き延びるのは難しいだろう。


次に、〈吸血鬼ヴァンパイア〉は、太陽光の下では活動どころか、死んで灰になってしまう、という話。

これは、部分的には正しい。

この話でもまた、〈星霊因子アストラル・ファクター〉が関わってくる。


生まれついての〈人外アーク〉には、太陽光はどうということはない。

太陽光を浴びることができない〈吸血鬼ヴァンパイア〉。

それは、〈吸血鬼ヴァンパイア〉に噛まれ、ある条件において〈吸血鬼ヴァンパイア〉化してしまった者……〈傀儡鬼パペッティア〉と、〈偽人外フェイク〉の〈吸血鬼ヴァンパイア〉である。


両者の〈星霊因子アストラル・ファクター〉は、歪な性質で、不完全なものであるということだ。

その不完全な〈星霊因子アストラル・ファクター〉は、太陽光を受けると、崩壊してしまうのだ。


根源たる霊質が滅びれば、その肉体も滅ぶ。


お伽話にあるとおり、全身が灰のようになって、崩れ去るのだ。


一方、〈偽人外フェイク〉の〈獣人セリアン〉、〈偽獣人セリアン〉は太陽光に耐性がある。

だが耐性があり、肉体が崩壊しないだけで、完全な獣化はできない。

偽獣人セリアン〉の〈星霊因子アストラル・ファクター〉も、〈偽人外フェイク〉の〈吸血鬼ヴァンパイア〉と同様というわけだ。


……〈獣人セリアン〉に傷を負わされた者は、〈獣人セリアン〉になってしまう、という伝承がある。

が、それは〈吸血鬼ヴァンパイア〉の伝承と混同されてしまったものだ。


人間は〈獣人セリアン〉から噛まれようと、爪を立てられようと、〈獣人セリアン〉化することはない。

まあ、噛まれどころ、引っ掻かれどころが悪ければ、命を落とすことはあるだろうけど。


そういえば、〈吸血鬼ヴァンパイア〉は鏡に姿が映らない、という伝承もあったか。

「もし、そんなだったらお化粧もできないわよね」

とは、しいらさんの弁だ。


その言葉通り、現実の〈吸血鬼ヴァンパイア〉は、ばっちり鏡で自分の姿を見ることができる。

それから、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉にまつわる話で有名なものといえば、なんと言っても、月の満ち欠けに関するものだろう。

─────満月の夜にこそ、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉は本性を顕し、その真の力を発揮できる………。


そんな話は、定番中の定番だ。

けれど、実際には、まったくそんなことはない。


なんとなく気分が高揚する、ということはあるかもしれないけど、〈人外アーク〉の能力を底上げするような因果関係は、存在しないのである。

イメージが崩れて、なんともがっかりな感じだが、それが事実なのだ。


どうして〈人外アーク〉の伝説に、月の満ち欠けの逸話が一緒になってしまっているのか。


それは、大規模な儀式魔法に起因していると考えられている。


儀式魔法。

広範囲にわたり影響を及ぼす、膨大な魔力と、特定の条件を必要とされる大魔法である。

〈不死王〉が実行しようとして、結果、〈偽人外フェイク〉を世にはびこらせてしまったのも、この儀式魔法と目されている。


大魔法発動に必要な、その特定の条件に関わってくるのが、月の満ち欠けなのだ。

いや、事は、月の満ち欠けだけではない。


星辰せいしん……この宇宙の星々と、地球そのものの位置までが、重要になってくる。


星々は、常に動いている。

それは、僕らの生きる、この地球も例外ではない。

無限に近き星々の動きと、地球の動きは、互いに影響を受けている。


相生と相克の理───────────────。

星々と、地球の位置も、その循環じゅんかんの中にある。


そう、循環だ。


端的に言えば、魔法とは、魔力の流れが広がり、形をとって、起こる事象。

広範囲に魔法の効果をもたらすならば、魔力が外界がいかいに流れやすいほうがいい。



魔力の外界への流れやすさは、地球と星々の位置により、異なってくる。


しかも、魔力には属性というものがある。

この属性が異なればまた、魔力の流れやすい星辰の位置も変わってくる。

つまり、儀式魔法には、それぞれ発動させるための適切な時期というものがあるのだ。


その時期、星々の位置を計りやすいのは当然、夜ということになる。


加えて、夜に浮かぶ月の存在は、今も昔も、神秘的なものだ。

満月の夜に、摩訶不思議な〈力〉を行使する〈人外アーク〉を目の当たりにした人間達は、月の満ち欠けと〈人外アーク〉の生態を、関連づけてしまったのだろう。


……ではここで最重要点、伝説伝承に顕著けんちょな、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉の悪しき習性は、どうか。

これがまた、正しいこともあったりで、強く全否定はできなかったりする。


たとえば、〈吸血鬼ヴァンパイア〉。

単刀直入に言ってしまえば、純粋な〈吸血鬼ヴァンパイア〉は生きていく上で、必ずしも人の血を吸う必要はない。


〈ヴァンパイア〉の大元の語源は、古神代語ロストマイスで〈星霊種ヴィシュ・レアール〉というそうだ。


この星と共に在る、無限に等しい命を持つ種族。


それが永い時を経て、〈飛来する魔〉、〈不死〉、そして〈血を吸う者〉といった意味が付加され、現在の言葉に至ったらしい。


その経緯はともかく、〈人の血を吸う悪鬼〉、というイメージが拭えないのは確かだ。


吸血鬼ヴァンパイア〉にとって、人間の血を吸うことは、魔力の充填じゅうてん行為に他ならない。

吸血鬼ヴァンパイア〉には、体内に取り入れた他者の血液を、高い魔力に変換する特性があるのだ。


単純な足し算・掛け算。

他者の命の源、血液を取り込めば取り込むほど、〈吸血鬼ヴァンパイア〉は魔力を増し、強くなる。


このへんだけ聞けば、おとぎ話の悪印象そのままだ。

だが、繰り返しになるけれど、あくまでそれは充填行為であって、必要不可欠なことではない。


吸血鬼ヴァンパイア〉は、元々からして高い魔力を持ち、存在として、圧倒的に強いのだから。

そのあたりを除けば、〈吸血鬼ヴァンパイア〉は、普通の人間と、なんら変わりがない。


……そんなに強い〈吸血鬼ヴァンパイア〉に、何故血を吸い、魔力の充填が必要なのだ、という話になる。

─────神代の時、〈星霊種〉と名指された者達は、他者の生命の源、血液より魔力を借り受け、この星の理、気象をもねじ曲げる〈魔渉力ミストフィール〉を行使できたのだという。


古神代の〈星霊種〉達は、その神威に近き〈魔渉力ミストフィール〉で、世に平穏をもたらしていた。


そう、〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉は、その昔、人間の、いや、世界の守護者だったのだ。

人々はその恩恵を与り、その数を増やしていき……………。







そして、裏切った。







自分達よりも〈力〉を持つ、永遠に近い存在をねたみ、おそれ、放逐ほうちくしたのだ。


圧倒的に強いはずの守護者が、人間ごときに負けるはずはない?


相克の理と、人の知恵と、数。


それらに対し、一方的に滅ぼされることもないが、逆にそれらを制圧することもまた、難しかったのだ。


〈星霊種〉が強大な力で人間を蹴散らしても、より強い憎悪を彼らに生み付け、ひろげるだけ。


そんな不幸な悪循環は、〈星霊種〉には、疲弊ひへいしかもたさらなかったのだろう。


また、一部の傲慢な〈星霊種〉達の所行も、人間達の離反に拍車を掛けた。

己を神と錯覚したか、人間を単なる〈力〉の装填剤ブースター……〈餌〉と見下し、襲い続ける〈星霊種〉………。


其れらをして、血を吸い、人を喰らう悪鬼─────〈吸血鬼ヴァンパイア〉と。


そう、人は、呼ぶようになったのだろう。


〈偽物〉の〈吸血鬼ヴァンパイア〉の吸血衝動と〈偽物〉の〈獣人セリアン〉捕食衝動。

この二つは、自己をより強靱な存在へ成長させようとする、〈星霊種〉の禍々しい欲求に基づいている部分があるのだ。


だから、〈偽人外フェイク〉となった者の多くは、人間を襲う。

悪しき波動に蝕まれ、黒き精神へ堕ちたが故、また、存在の高みへと、昇る為に。


……困ったことに、他者の命を取り込むことで強くなるのは、〈偽人外フェイク〉も同様なのだ。

事実、殺戮を繰り返し、太陽光を克服した〈偽人外フェイク〉の〈吸血鬼ヴァンパイア〉も存在するという。


人外アーク〉と、〈偽人外フェイク〉。


両者に差異はあれど、揺るぎない事実はひとつ。


『人間を襲う〈人外アーク〉はいるし、〈偽人外フェイク〉は人間を襲わずにはいられない』


究極的なところ、人間にとっては、どちらも〈人にあらざる存在〉……でしかないのだ。


現代や世界は、善し悪しはさておき、人間の世界。

人の世の秩序が保たれていなければ、〈人外アーク〉も平穏には暮らせない。


そういった凶威を除くために、平和を望む純・〈人外アーク〉のコミュニティは、いにしえより組織を作ってきた。

……真に〈星霊種〉に連なる存在によって、悪しき〈人外アーク〉を狩る組織を。


─────皮肉な話だが。

人間は、かつて放逐した存在から、今も護られているということになる………………。

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