第71話

「なんで死んだなんて言ったの?」


 希久美の問いに、テレサが口をとがらせて答えた。


「だってあんまりしつこく聞かれるもんだから、つい…」

「しかしテレサも怖い女ね。オキクの獲物を横取りしようとしたの?」

「いい男でもったいなかったから…。インポテンツになる前に一口だけならいいかと…」

「あの、泰佑がゲロゲロになった夜ね。思い出した。泰佑に薬盛ったのテレサだったのか」

「でも、それで石津先輩の家に行けたんだから、結果オーライじゃない、ね。許して」

「許してじゃないわよ。あんた、ヒロパパに薬盛ったらただじゃ済まないからね」

「誰?ヒロパパって」

「ナミの片想いの相手よ。これもいい男なんだけど、患者だから手が出せないんだって」

「わたしそれ初耳よ。そんな人いたの、なんで話してくれないの水くさいわね」

「テレサと飲んだ日、オキクは出張で居なかったから…」


 この場でナミの片想いの相手が希久美の見合い相手だと判明したら大変なことになる。テレサはこの話がこれ以上突っ込まれないよう慌てて話題を変えた。


「でもオキクもすごいわね。私が薬の力を借りても、どうにもならなかった男のこころを動かしたんだから。綿密な計画もさることながら、その行動力と演技力には脱帽するわ」


 『演技力』という言葉が、希久美の心に刺さった。泰佑の一筋の涙を思い出した。


「ねえナミ…」

「嫌ね、妙に潤んだ眼しちゃってなによ、オキク」

「泰佑は…治らないの?」

「えー、この期に及んでなに。いまさら情けを掛けるつもり?」


 テレサが口をつけていたお猪口を、テーブルに叩きつけて言った。


「そういうわけじゃ…」

「ちゃんと診察を受けてくれれば、その糸口くらい見つけられるかもしれないけど、それでも治るかどうかわからない。治すためには患者のこころの奥底に入って、その理由を探して取り除いてあげないとだめなの。でも患者さんがこころの奥底まで受け入れてくれるなんて、どんな優秀な精神科医でも、それができるとは限らない」

「泰佑が心の奥底まで受け入れられる人か…」

「そうね。いま思いつくのは、高校時代の菊江くらいなものだけど、もう死んじゃってるしね」


 ナミは、テレサを睨みつけた。テレサは視線を落として、忙しく箸を口に運んだ。


「ということは一生、男として女を愛することができないし、当然父親にもなれないんだ」

「ねえ、プチ・プラザのチイママの話しを想い出さない」


 テレサが急に会話に参加して来た。


「男に愛されず女になれなくなったニューハーフ、女を愛せずに男になれなくなった青年。つまり両方とも『奇妙な果実』ってわけね」


 テレサの言葉が、また希久美の胸に刺さった。いくら飲んでも、もう希久美は酔うことができなかった。

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