第48話

 社内ソフトボール大会の土曜日は、まさにスポーツ日和の快晴となった。

 希久美の会社はとにかく社員数が多い。そのため、社内大会といっても、いくつもの野球グランドを有する大きなスポーツ施設でなければできない、大イベントになってしまう。職場ごとにチームを構成するのだが、それだけでも30を超えるチーム数となる。

 希久美の居る営業室でも一チーム作ることになり、田島ルームと斉藤ルームの合同メンバーでチームが構成されることになった。こういう行事にはなにかと積極的な田島ルーム長が世話役になった。チームのメンバーを決める際には、希久美は田島ルーム長に限りなく強要に近い推薦をして、泰佑をキャッチャーにさせた。また、社内大会のルールとして、チームの中には3名以上の女性を入れなければならず、ピッチャーは必ず女性でなければならない。希久美も見物ですまない社内行事なのだ。


 朝グランドに集合して、営業室長の激励の挨拶を受けたあと、各自で準備体操とキャッチボールを始める。


「おいオキク、こっちこいよ」


 泰佑がジャージ姿でウロウロしている希久美に声を掛けた。


「怪我しないように、アップのやり方を教えてやるよ」


 泰佑の家へ寄った日以来、泰佑と希久美の距離が急激に近くなった。仕事以外のことでも泰佑から希久美へ話しかける機会が増えたし、泰佑と話す希久美との身体の距離も、密着とはいえないまでもかなり近いものとなっていたのだ。

 泰佑の手を借りて屈伸や伸身をする希久美。高校時代に泰佑の追っかけをしていた時、野球部活で見たなじみの準備体操だった。しかし泰佑のアップの指導は準備体操にとどまらない。足の交差走、ハイジャンプスキップなどまさに高校の野球部と同メニューのアップを希久美に強いた。挙句の果てにとどめの10メーターダッシュときては、さすがの希久美もたまらない。


「泰佑。なんでここまでやらなきゃならないのよ…。始まる前にすでに終わっちゃうわ」


 膝に手をついてぜ―ぜー言いながら文句を言う希久美。


「この程度のアップは基本だ!」


 泰佑は容赦なく希久美を追いたてる。

 額にうっすら汗がにじむ頃、希久美はようやくキャッチボールが許された。自分にあった相手を探しまわっていた希久美だが、今度も泰佑がグローブを希久美の頭にかぶせ、ジャージの首を持って引っ張って行った。

 学生時代に野球を競技としてやっていた泰佑の球は、どんなに緩く投げたとしても希久美にとっては弾丸の速さに感じる。泰佑の投げたボールに、希久美はキャーキャー言って逃げまわり、キャッチどころではない。


「オキク、いい加減にしろ。野球はボール取らなきゃ始まらないんだよ!しっかりボールを見れば怖くないだろ」

「そんなこと言ったって…」

「わかった。グローブ開いたところに投げてやるから、へたに動かすな」

「そんなことできるの?」


 半信半疑で身体から遠い所でグローブを開いていると、泰佑の投げたボールが見事に開いたグローブに飛び込んできた。


「へー、さすが泰佑。だてに12番背負ってたわけじゃないわね」

「え、なんで知ってる?」

「写真で見たもーん。ほらもう一球。カモーン!」

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