第40話
誰が見ても嘘くさい直行業務から夕方帰社したテレサ。
デスクに着いた早々編集長からお呼びがかかった。応接室に呼びだされる時は、大概人目のない所で叱られる時だ。今度はどの仕事のあらが露見したのだろうと、びくびくしながら応接室へ行くと、編集長とスーツの男性がテレサを待っていた。
「ああ来たな。ご紹介します。うちの雑誌の編集担当です」
スーツの青年が席を立ち、名刺をテレサに差し出した。
「はじめまして」
テレサは、その声の主を見てこの男と運命的なものを感じた。
「はじめまして、ではないですね…」
「えっ、ああ、あなたは…」
絶句する泰佑。なかなか自分の名前を呼んでくれない泰佑に焦れてテレサが言った。
「やだぁ、名前忘れちゃったんですか?テレサですよ。市橋テレサ。先日はどうもお世話になりました」
自分の名刺を手渡すと、あらためて泰佑の名刺を見た。えっ、オキクの復讐相手!テレサはあらためてこの男との因縁の深さを思い、ゾクゾクするようなスリル感で身体が震えた。
「へぇ、汐留のバリバリ営業だったんだ」
「なんだ市橋、お前知り合いか?」
編集長の言葉に、テレサは意味ありげなうすら笑いを泰佑に投げかける。これで泰佑のフルネームもわかってしまった。
「石津さんはピンクリボンの啓発広報を担当されていて、うちの雑誌との編集タイアップをご希望だ。読者ターゲットにはあったテーマだし、なんとか実現できる方向で進めたい。お前の担当ページで考えてくれないか?」
「ええ、そりゃもう泰佑が是非とおっしゃるなら、何でもやりますけど…」
「おい、お客さんをそんな呼び方して失礼だぞ」
編集長は、いつになく馴れ馴れしく接するテレサをいさめながらも、ふたりを交互に見比べながら言葉を続けた。
「でも、まさか石津さん、そんな呼び方が許される間柄なんですか?」
妖しく微笑みを返すテレサの視線を避けながら、泰佑が慌てて否定する。
「以前一度お会いしただけで…。市橋さんが考えているほど親しくはないと思うんですが…」
「やだぁ、照れちゃって。いずれにしろ編集長、この件は任せてください。泰佑のお役にたちますから」
「今さらだが、お前を担当にしたことに一抹の不安を感じるよ」
意気込むテレサを見ながら、編集長がため息をつく。
「しかし、知らない仲でもないようだから、後はふたりで詰めてください」
編集長はそう言うと、ふたりを残し応接室を出ていった。
テレサはあらためて泰佑を眺めまわした。この男がオキクをどん底に陥れた悪党か。しかし、高校時代にオキクがぞっこんだった頃もこんなにいい男だったかしら。
高校時代は覚えていないが、今の彼は本当にセクシーだ。ああ、こんなセクシーな男がインポテンツになるなんてもったいない。短いスカートでありながらも大胆に足を組むテレサに、舐めるように眺めまわされて泰佑も居心地が悪くなってきた。
「記事にして頂きたいメッセージポイントですが…」
「はいはい、お聞きしましょう。まずお仕事を済ませてしまいましょうね」
編集担当に戻ったテレサは、泰佑の話しに耳を傾け、雑誌として記事化が可能なことと不可能なことを明確にしながら仕事を進めた。仕事モードのテレサは案外出来る女なのだ。
しばらく話し合った後、合意点が見つかったところで泰佑が席を立った。
「市橋さん、この内容で持ち帰らせていただき、財団に決裁を仰ぎます。今日はありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ、お疲れ様でした」
泰佑が応接を出ようとすると、その背中にテレサが誘いの言葉を投げかける。
「よろしかったらワンショットご一緒しません」
「お誘いはありがたいのですが、まだ会社で自分を待っているスタッフがいて…」
「純広の話だったら、これで終わりでもいいんですが、編集タイアップでよりいい記事を作ろうとしたら…」
テレサが泰佑の名刺を指でもて遊びながら、上目づかいで泰佑を見た。
「担当同志、より深いコミュニケーションが求められると思いません?」
掲載記事の質と量はあなた次第よと、脅迫ともとれるテレサの誘いに、さすがの泰佑も今度は断ることができなかった。
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