第39話
「いえ初めて聞きます」
「いくつかのストレスが重なった状況で、熱が出るようになり、なかなか下がらない。さらに病院で検査を受けても異常がないと言われるが、解熱剤でも熱が下がらない。そんな場合は、心因性発熱が疑われます。これを一般的にはストレス性高体温症と呼ぶんです。子供に見られるケースは、大きなストレスによって急激に高体温が生じるものの、回復も早いタイプのものが多いです。すぐ解熱しますが、ストレスの原因を解決しないと何度も繰り返すことがあります」
ナミの話しを聞き入っていた石嶋が言った。
「では、ナミ先生は、ユカになにか強いストレスがあるとお考えですか?」
「はっきりとはわかりませんが…」
「やはり両親がいないことが、ストレスになっているのでしょうか?」
「今夜、熱が出る前になにか覚えはありますか」
石嶋は、温かい茶碗を手の中でまわしながら考えた。
「いえ、帰ってきてからユカとずっと一緒でしたが、思い当たることはないです」
「なにかお話されました?」
「ああ、今日はナミ先生や新しいお友達と遊べたのに、なんでヒロパパは、一緒じゃなかったんだと聞かれて…」
「それでなんと答えたんです?」
あくまでも医師としてのカウンセリングであって、個人的な興味で聞いているんじゃないと言い聞かせながら、ナミは石嶋へ突っ込んだヒヤリングを続ける。石嶋はしばらく答えを躊躇していたが、ユカのためだとあきらめて重たい口を開く。
「実は、女の人と会っていたと…」
「えっ、ユカちゃんを友達に預けて、デートですか?」
「いえ、別にそんな…」
「仕事ならまだしも、休みの日ぐらい一緒に過ごしたいユカちゃんを置いて、ひとりだけ楽しくデートですかっ?」
「いや…だから…」
「ひどくありません?ユカちゃんが熱でるのも仕方ないわ!」
「ちょっと待ってください。なんで、そんなに怒るんですか?自分の話も聞いてください」
「私、帰ります。失礼します」
バッグを持って立ち上がるナミに、石嶋はおろおろしながら玄関までついていく。
「ナミ先生。夜も遅いですから、お送りしますよ」
ナミは玄関で靴を履くと、腕を組んで仁王立ちになった。
「寝ているユカちゃんをひとりに出来ないくせに…。そういう無責任な発言がいけないんです!」
呆気にとられる石嶋の鼻先で荒々しく玄関ドアを閉めて、ナミは家を出た。こんなに腹が立つ理由が、ユカを想ってのことなのかよくわからなかった。
やがて夜露の冷気にあたって興奮が冷めて来ると、医師としての自分が、冷静さを失った自分を責め立てる。タクシーがなかなかつかまらない歩道で、惨めな思いが襲ってきた。ナミは、荒れ模様のこころの内とは裏腹に、雨が小ぶりになっていたのがせめてもの救いだと思った。
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