第23話
石嶋がセッティングしたデートに、希久美は満足していた。
実は希久美にとって石嶋は、そんなに関心の持てる相手ではなかったのだが、恩義のある義父に紹介された以上、デートのひとつくらいしなければ申し訳が立たない。
初めてふたりだけで逢うことになった今夜、その会食を準備した彼のセッティングには、店の雰囲気、サービス、料理の流れ、味とも、うるさい希久美も文句のつけようがなかった。義父が彼を買っている理由の一端を見たような気がした。
一方石嶋は、料理を目の前にして、時々見せる希久美の遠い視線とため息が気になっていた。しかし、相手が上司の娘と言うこともあり多少のことは目をつぶることにした。やがて希久美は、自分ひとりでないことを思い出し慌てて会話を始めた。
「石嶋さんも何かスポーツされてたんですか?」
希久美の『も』という表現に、今彼女のこころの中にいる誰かと自分が比べられているんだなと石嶋は感じた。
「ええ、学生時代野球をやってました」
「あら、私、野球をやってた方には好感が持てます」
「野球がお好きですか?」
「いえ、初恋の人が野球をやってたんで…」
「なるほど…。そう正直に答えられると、言葉が継げませんね」
「野球では、どのポジションでしたの?」
「控えのピッチャーでした」
「控えなんて付けなくてもいいのに。私も正直に答えられると言葉が継げません」
「これは、失礼しました」
「ちょっとお聞きしていいかしら?」
「なんでしょう?」
「投手と捕手は、バッテリーと言うじゃないですか。いつも一緒なんですか?」
「そうですね。一緒のことが多いですよ」
「捕手ってどんな人たちなんですか?」
「投手じゃなくて、捕手に関心がおありですか…」
「ごめんなさい」
石嶋は高校時代ブルペンですごした相手のことを想った。
「いえ、いいんですよ。そうですね…。よく捕手は投手の女房役と言うじゃないですか。あれは嘘ですね。少なくとも私のつき合った捕手は、女房なんてもんじゃなかった」
「どういうこと?」
「面倒を見てくれるわけではないし、特に優しくしてくれるわけでもないし、好きな球は投げさせてくれないし、気分ですぐ配球を変えるし」
「意外ですね」
「それでいて別れられないんです」
「どうして?」
「奴に投げると気持ちいいんですよ。自分の投げた球が、奴のミットに収まると、なんか変な清々しさというか、達成感というか、そんなもんが感じられて楽しいんです」
「どうしてかしら?」
「誰でもない、この僕の投げる球を受けることが、本気で好きだからなんだと思います。だから、投げている自分は、受けてくれている相手に本気で愛されているって感じます」
希久美は自分が受けた仕打ちと石嶋の言葉を重ねて、納得できない気持ちを表情に現す。
「ほんとですよ。投手は自分の投げた球しか愛せないタイプが多いんですが、捕手は違うんです」
希久美は、自分の言っている事をわかってもらおうと必死に説明する石嶋に好感を持った。
「ということは、石嶋さんは自分しか愛せないタイプかしら?」
「しまった、墓穴を掘りましたね」
ふたりは笑い合った。
「…ところで、青沼さんは、球を投げると気持ちいい相手はいらっしゃるんですか?」
「居るわけないじゃないですか」
希久美は即答したが、また窓の外を眺めて遠い目をすると言葉を繋いだ。
「でも…石を投げつけると気持ちいい相手ならひとりいますけどね」
「怖いこと言わないでください」
希久美の何気ない答えを聞いた石嶋は、その言葉にデシャヴーを感じていた。
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