第24話
希久美は田島ルーム長と斉藤ルーム長を従えて、社内の大会議室で待っていた。
今いる三人とやがてやってくるひとり。その人数を考えるとあまりにも大きな会議室であったが、今の時間適当な大きさの会議室が空いていなかったのだ。
「おい青沼。本当にいいんだな」
「斉藤ルーム長、何度も念を押さないでください」
「しかし、あいつはお前にセクハラした相手だろ…」
「いや斉藤。彼の名誉のために言っておくが、それは誤解だよ」
田島ルーム長が慌てて否定したが、希久美に振り返ると不思議そうに言った。
「だが、泣くほど嫌な相手だったのは事実のはずだ…」
田島ルーム長が心配そうに希久美の顔を覗き込む。
「周りに遠慮して、無理にあいつに決めなくもいいんだぜ」
「決めたからいいんです。それに、そろそろ彼が来ますよ」
希久美の予想通り、ノックした石津先輩が失礼しますの声とともに会議室のドアを開けた。石津先輩は大きな会議テーブルの一番奥に、斉藤、田島両ルーム長を認めた。
しかし、そこに希久美が居ることを発見すると、彼は部屋に入ることを躊躇した。彼の第6感が、彼の全神経に警報を伝えたのだ。
「なにしているんだ石津。ここに座れ」
斉藤ルーム長に促された石津先輩は、奥へ進み彼の隣に座った。しばらくの沈黙の後、会議の口火は、斉藤ルーム長が切った。
「実は、お前に田島ルーム長のところでやっている、米子コンベンションセンター開館記念事業の業務アシストしてもらいたい」
「鳥取県商工課がクライアントなんだ」
田島ルーム長が補足する。
「どうして自分が斉藤ルーム以外の業務をするのですか?」
斉藤ルーム長に向けて即座に発せられた生意気な質問に、上司は威厳を保ちながら言い聞かせる。
「室にとっても重要なプロジェクトだから、ルームの垣根を越えた協力は当然だろう」
「自分でなければならない理由があるんですか?」
「それが…、青沼の指名なんだ」
今度は田島ルーム長が代わって答えると、石津先輩は驚いたように希久美を見た。希久美は、そっぽを向いて会議室の窓の景色を見ていた。石津先輩はそんな希久美を見ながら、しばらく彼女の真意を計っているようだった。
「やってくれるな?」
黙っている彼に焦れた斉藤ルーム長が、少し語気を強めて言った。依頼ではなく命令口調だ。
「もちろん業務命令に逆らうつもりはありません」
「そうか、では業務の内容と進め方はリーダーの青沼君から詳しく聞いてくれ」
両ルーム長は、心配そうに希久美の様子を伺いながら、ふたりを残して出ていった。大会議室に、希久美と石津先輩だけが取り残された。
希久美は、外の景色に向けていた視線を戻し石津先輩を見つめた。彼は、希久美の殺気立った視線を、みずからの眼力で跳ね返そうと必死ににらみ返す。
やがて希久美が口を開いた。
「ということだから、石津さんよろしく」
「なんで…」
「そう言えば…。先日の夜のお礼がまだだったわね。ご迷惑おかけしたみたいですみません」
希久美は彼の疑問に答えようとしない。いらついた石津先輩は希久美の席まで大股に近づき、仁王立ちして言った。
「この前は、プライベートだと思うから黙ってたが、仕事であんなことをするつもりだったら…」
「安心して。公私はわけられる大人だから」
そんな言葉がにわかに信じられるかといった様子の石津先輩に、希久美は言葉を続ける。
「これから円滑に仕事をするためにルールを決めましょう」
彼は黙っていて返事をしない。
「まず、このプロジェクトのリーダーは私。あなたはアシストなんだから、常に私のデシジョンに従うこと。わかった?」
「君のプロジェクトだから仕方ない…。しかし意見は自由に言わせてもらう」
「それから、私が気持よく投げられるように、あなたは常に努力すること。いいわね?」
「意味がわからん?」
希久美が、会議テーブルをたたき大きな音を立てて立ちあがった。
「ではこれから、リーダーとして最初の指示を出します」
石津先輩は身構えた。
「得意先や外部の人が居る場合は別として…」
彼は身体を固くして次の言葉を待った。
「これからお互いを下の名前で呼び合うこと」
「なんだ?」
「私はあなたを泰佑と呼ぶわ。あなたは私をオキクと呼んで」
いよいよ希久美の公私のプロジェクトが再稼働を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます