第17話
「そのお答えは、お客様の前のグラスの中にあるようでございます。そのカクテルを飲み干されれば、お知りになれるかと…。ただ、お客様の身を案じて、あえて申し上げるのですが、謎のままお帰りになった方がよろしいかと存じます」
バーテンダーは彼の前のグラスに意味ありげな眼差しを投げると、別の客のオーダーを受けて歩み去っていく。石津先輩はカクテルグラスを眺めながらしばらく考えた。一旦席を立ちかけたが思い直して座り直す。そして、希久美と自分のグラスを差し替えて彼女の戻るのを待った。
「ごめんなさい。ルーム長から電話で、明日の朝一の会議が流れた連絡だったわ。さあもう一度仕切り直しで乾杯しましょう」
ふたりは、グラスを軽く触れさせて音を立てると、乳濁色のカクテルを口に含んだ。なんと甘いカクテルなのだろう。予想外の甘さだ。希久美は、吐き出したいところをぐっと我慢して、みずからも杯を空けることによって、彼も飲み干すように促した。
「ところで石津さんは、何かスポーツしてたの?」
「いや、別に…」
高校時代、毎日あんなに野球やってたのに、なんで言わないの?
「そんなことは、ないでしょう…。いい身体して…」
希久美は石津先輩の体中を、舐めるように眺めまわした。
「それでさ、今つき合っている彼女とかいないの?」
石津先輩は、希久美からいきなり繰り出された馴れ馴れしい質問に戸惑いを隠せない。
「正直に答える必要はないと思うが、そんなのはいない。どちらかと言うと女が苦手でね」
「あら、よく言うわね。女の私を目の前にして…。やだ、なんかお尻がかゆくなってきちゃった」
ハイチェアに座る希久美の姿勢が崩れ始める。
「私にはわかるのよ。あなたは女を泣かせる悪い奴でしょう」
希久美の目つきが妖しくなってきた。
「こぉのぉ、たくましい身体で、何人の女の子を泣かせてきたのよ?」
希久美は、今度は彼の体をスーツの上からまさぐる。
「あの、青沼さん。ちょっと」
石津先輩は、体を硬直させた。
「冗談よ、やあねぇ」
希久美が、ようやく手を彼の身体から離した。
「ところでさぁ、この店ちょっと暑くない?やだ、やだやだやだ、なんか身体が火照ってきたわ」
希久美は手で仰ぎながら胸元に風を入れる。
「石津くんも熱いっしょ。上着脱ぎなちゃい」
希久美は、いやがる彼に構わず上着をはぎ取った。
「うわぁ。案外胸板が厚いのね…。そんでもって、この逞しい腕。うわぁ…」
「シャツの袖まくるなって…」
「こんな腕で抱きしめられたら、フフフ、女はイチコロね…」
何がしたくて彼の二の腕にしがみついたのかわからない。しかしその瞬間、希久美の熱は身体が火照るレベルを超え、へその下あたりが局所的にカーッと熱くなって燃え始めた。その熱さは胸に伝わり乳首をひりひりさせ、やがて頭に登って理性を溶かし始め、徐々に覆われた本能を露出させる。
だらしなく開いた口から涎が滴りはじめた。酔いも一気に回って、眼球を真っ赤に充血させる。目の焦点も合わなくなってきているようだ。
「うーん。あなた、いい匂いね」
今や希久美は自分が言っていることすら理解できない域まで来ていた。ただ言葉が勝手に出てくるのだ。
「唇も濡れていて、ぷよぷよね。なんか美味しそう…」
吐く息が顔にあたるくらいの距離で迫って来る希久美に、石津先輩は後ずさりせざるを得なかった。
「ふふふ。こいつ、生意気にもあたしから逃げようとしてるぜ」
希久美の目が、獲物を狙う目になった。
「このあたしから逃げられるわけないだろ、この悪党!こっち来い」
女豹の様に石津先輩に飛びかかり、そこで希久美の意識が飛んだ。
幸いにも、ウイスキーの酔いが、やりたくなる薬の効果を遮断してくれたようだ。
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