Ⅷ-201 黒の貫く虹模様


 黒イナリの妖術で、俺への憑依を無理やりに解除された祝明。


 俺たちが離れ離れになった後、始まったのは各個撃破の作戦だった。

 

 その最初のターゲットは祝明。


 黒い光弾が素早く放たれているが、今のところは間一髪で避けられている。


「ふっ…はっ…」

「ちょこまかと、すばしっこいですね…!」


 しかし当たり前だが無茶な回避だ、そう長くは続かない。

 俺たちが勝つためには、早く俺が助けてやらないと。


 そんなことを考えている内に、次の光弾が祝明へと襲い掛かっていく。


「ああもう、そろそろ当たってくださいっ!」


 だが、これもギリギリで回避。

 黒イナリが愚痴を言い終わる瞬間、背後の木に着弾した。



 ――そして、爆ぜる。



 漆黒の閃光が後ろの森を包み込んで、禍々しい虹色の雷が空へと昇っていく。

 そんな様子を背後に横目に、祝明は苦笑いを浮かべた。


「あははは……無理だよ、見せられちゃったら」


 閑話休題、手を振って。

 祝明は強引に話を戻そうとする。


「それよりさ、の答えはまだ?」

「…知ってどうするんですか、そんなこと」

「答え次第で、神依君の勝ちが確実になる」


 祝明が何故そこに拘るのかが分からなかったが……なるほど。


 これは何度も引っ張る意味のある、大事な質問という訳だな。



 ……ん?



「勝ちって……?」


 いや、その言い方はおかしい。


 一緒に戦うと言ったのは祝明じゃないか、どうして自分を蚊帳の外に置くような言い方をするんだ。


「そうだよ。もしもコイツが神依君から生まれていたなら、神依君は絶対にコイツに勝てる」


「世迷言を…ワタシの方が強いんです。だからワタシが、カムくんを守るんです…!」


 喉をはち切れんばかりに広げ、風を切るような叫びを上げる。


 そんな黒イナリの姿を確かめ、祝明は得心の行ったように呟く。


「……って言ってるし。やっぱり、神依君が勝つしかない」

「コイツの主張を、真正面から崩すために……か?」

「それもあるよ。だけど正確に言えば、少し違うかな……っと、危ない危ない」


 ケラケラと笑い、片や舌打ち。

 刀で真っ二つにされた光弾は、中途半端に雷を撒き散らして消滅した。


 もはや攻撃は歯牙にもかからず、攻略法は紡がれる。


「僕の推論が正しかったらね? アイツは、神依君にんだ。ゲームで例えるなら、君がアイツへのを持ってるようなものだよ」

「………悪い、よく分からない」

「え、えっと…」


 俺の率直な感想に、唖然。

 固まった体は、黒イナリの攻撃に反応してようやく動き出す。


 ごめんな、ゲームには割と疎くて。


 気を取り直し、祝明は数秒の間考えこんで、攻略の続きはとんでもない暴露から始まる。


「…実はこっそり、神依君の記憶を覗いちゃったんだ」

「おい」

「あはは、今回は見逃してよ」

「…まあいいさ」

 

 あっけらかんと言い放つ。

 あまりに態度が淡々としていて、追及する気は起きなかった。


 よく考えれば、そんなことをしている暇もなかった。


「セルリアンが生まれた原因は、神依君の”再現”で間違いない。だったらアイツの中には、絶対にがある」

「……核になる、輝きか?」


 大正解。


 そう言って、パチンと陽気に手を叩く。

 そしておもむろに目を瞑り、とても静かに作戦を告げる。



『輝きは、君が持つ想い。それは今もアイツの中で生きている。だから神依君……それを見つけて、



「…そうすれば、アイツは碌に力を出せなくなるはず」

「打ち勝つ…か」


 全くコイツは、簡単に言ってくれる。

 お陰でやらなきゃいけないことだらけだ。


 輝きの正体に気づき、受け入れ、最後には打ち勝つ。



 ……俺に、出来るのか?

 


「出来るよ。出来るようになるまでは、僕が助けるからさ」

「…ああ」


 あの妖術がある以上、祝明が俺に取り憑いて二人分の目になることは出来ない。

 

 各個撃破をされる前に、状況を打開しないといけない。 

 一番の方法は示された、やる以外に道は無い。


「じゃあ、やるか」

「うん…!」


 黒をバッサリ斬り捨てて、今度は二人で並び立つ。


「カムくん? どうして、無駄なことを…」

「無駄になんてしない、俺たちは勝つさ」



 最終決戦、再戦だ。




―――――――――




「…せいやあっ!」

「くっ、重い…!?」


 再戦の火蓋が切り落とされた、少し後。

 早速ながら、戦いの天秤は俺たちの方に傾いていた。


「心持ち次第ってのも、案外そうかもな…!」


 俺は常に、心を強く持つことを意識しながら戦っている。


 俺は強い、だから大丈夫。

 祝明がいる、だから大丈夫。

 何がどうあろうと、とにかく大丈夫。


 それが全て。


 普段の俺が聞けば、血迷ったかと思うような雑な作戦。


 しかしこれが大ハマり、俺たちの優勢は揺ぎ無いものになっている。


「はあぁぁぁ…てやっ!」

「ああっ……まさか、ワタシが…!?」


 黒イナリは既に満身創痍。


 止めを刺すのも時間の問題だろう。

 一つだけもあるが……まあそれは、コイツに勝ってからの話だ。


 そもそも、まだ黒イナリの闘志は消えていないしな。


「でも、ワタシにだって、まだ秘策があるんです……」

「っ、それは…!」


 黒イナリが懐から取り出したのは、虹色の果実。

 火山の上に根を張っていた、例の大木の実。


 やっぱり、持ってやがったな。


 黒イナリはセルリアンで俺たちを牽制しつつ、大きな口でかぶりつく。


「ふ、ふふふ…!」


 齧った跡から虹がこぼれて、黒イナリの体躯を包み込む。

 与えた傷は瞬時に治癒し、溢れんばかりのエネルギーが全身より放たれている。


 薄々勘付いてはいたけれど、もやっぱり関係してたか。

 

「…何と言うか、皮肉なもんだな」


 オイナリサマもまさか、自分が植えた木が原因で自分が倒されるなんて、考えもしなかっただろう。

 

 ともあれ。


 黒イナリはこれを食べて、戦闘中にも素早い回復が出来るという訳だ。


「これで、仕切り直しです…!」

「あはは、そうかな?」


 刀で一閃、腕を飛ばす。


 治癒が完全に終わったタイミングで、祝明が不意打ちを仕掛けたのだ。


「こ、小癪な…っ!」


 もちろんそれへの対策も早い。

 黒イナリは、回復した潤沢なサンドスターを使って腕を再生する。


 だが、事実は変わらない。


 仕切り直しの直後に手痛い一撃を貰ったことも、貴重なエネルギーを早速浪費させられる羽目になったことも、頭には残り続ける。



「どうして、どうして上手く行かないんですかっ!? オイナリサマアイツは、倒すことが出来たというのに…!」



 ああ、さぞや苛立たしいだろうな。



 さて…祝明も頑張ってくれてるんだ、俺も手を緩めてはいられない。


 黒イナリを動かす輝きの色を見る為、こちらから会話を仕掛けていく。


「…さっきから思ってたが、なんでオイナリサマを目の敵にするんだ?」

「当たり前でしょう? アイツがワタシから、貴方を奪っていったんですから」

「奪っていった……ね」


 ピンとこないな、当たり前だが。

 

 そもそもの話、どうして最近生まれたばかりの黒イナリが、『俺を奪われた』なんて主張をするんだ?


 或いはそれが、輝きの手掛かりってことか。


「俺はそもそもお前のじゃないが」

「いえ、貴方はワタシのカムくんです」


 堂々巡りの水掛け論。

 永遠に続くであろう”あるなし”論争。


 ……何となくだが、この主張から探り当てるのは難しそうだな。別のアングルから問題を見つめてみよう。 


「…考えてみれば、も奇妙なんだよな」

「そうですか? 呼び名じゃないですか」

「昔からって言われてもなぁ…」


 正直に言えば、思い当たる節がない訳でもない。


 幼馴染の真夜マヤは、俺のことをずっと『カムくん』と、丁度今の黒イナリと同じように呼び続けてきた。


 ―――でも、真夜はもうこの世にはいない。


 それに万が一、黒イナリが真夜の輝きを糧に動いているとしても、奴の口調は真夜とは異なっている。


「訳分かんねえー…」


 前後の事情を勘案して、オイナリサマに酷似した姿の方はセーフティの結果起きたエラーとして納得できる。


 だが口調や、中身の人格はどうだ?


 輝き≒俺の記憶。


 どんな皮肉か、今でも真夜のことはよく覚えている。

 なのに俺の呼び方以外、黒イナリの口調は真夜のそれには殆ど寄っていない。


 これは、偶然で片付けるには些か大きすぎる問題だが―――



「……うおっ!」



 思考への横槍、黒い刃。

 回避は間一髪、こちらも油断ならない。


 幾ら疲弊していても、腐っていても、オイナリサマを討ったセルリアンということか。


「もう、戦いに集中してください?」

「ごめん、逃しちゃった!」

「気にするな、大丈夫だ」


 これまでの論理は矛盾が多い。

 それでも恐らく、正解から程遠い推論ではない。


 単純にピースが、閃きが欠けている。


 正解への正当な思考の飛躍。


 その糸口を掴めれば、にも手を出せる。

 


 全部もう、こっち側にあるはずなんだ。



「……槍が消えたら、槍を忘れた」


 祝明が呟く。それも見たのか。

 苦々しい記憶、オイナリサマの策略に嵌められた末の結末を。


 けど、どうして今…


「おい、どうしたんだ…?」


「なんで? 神依君の作った槍は、正真正銘あの一つ、世界に一つの代物。なのにどうして、槍についての全ての記憶が消えたのかな?」


「そりゃあ、槍についての輝きが込められてたから……」


 オイナリサマ本人からもそう聞いたし、間違いないはずだ。


 俺が槍全体をイメージして再現し、全ての輝きを注ぎ込んだから、まとめて消滅してしまったと。



 ―――だから、何だと。



「じゃあ、で考えてみると良いのかも」

「それで、掴めるのか…?」

「さあ? 気付けるのは神依君だけだから」


 そうか、肝心なところは俺次第か。

 厳しいな、責任の在り処は全部ここになっちまうじゃないか。


 緊張する。

 

 これで、何も思いつかなかったら悲惨だな。



「……いや、そうか」



 だけど助かった。


 ぷかぷかと、突如にして脳裏に浮かび上がってきた一つの可能性。


 輝きの正体を真夜や、オイナリサマ一人に絞ることなく、文字通り視点で見つめた末の結論。



 これなら、いけるかもしれない。



「…祝明、を使うぞ」

「そう? わかった。はい…どうぞ」

「あ、それは…!」


 放物線をなぞって、祝明の手から俺の手へ。

 

 は綺麗なループ、一筋の虹。


 虹色の残像を描く、禁断の果実。


「この、薄汚い泥棒ギツネ…っ!」

「あはは、気付かなかったの?」


 回復直後の奇襲、腕を斬り落とし注意を斬られた腕に引き付けた瞬間、イヅナ直伝の妖術で果実を掠め取っていた。


 これが


 相手からエネルギー源を奪って、俺たちが利用する作戦。


 実行するには色々な前提が必要だったが、運よく全て揃ってくれていた。


「幾らお前といえど、コレが無きゃ碌に戦えないだろ?」

「な、舐めないでください…!」


 必死に反駁するが、それは図星の証。


 別にどちらでも良かった。

 有るなら盗むだけ、無いなら既に勝っている。


 で、今回は有った。



「じゃあ、存分に使わせてもらうぜ」



 大きな口で齧って、力をこの手に。


 溢れる活力を体内に押しとどめつつ、黒イナリへと歩み寄る。


「こ、来ないでください…!」

「ハハ、傷つくこと言うなよ」


 途中で祝明ともアイコンタクト。

 安全な距離を取りながら、エールを送ってくれた。


「……任せたよ、神依君」

「おう、すっかり任せとけ」


 祝明の戦いは終わった。これからは俺の独擅場。

 

 この力を制御できるかは分からない。

 万が一にも、巻き込む訳にはいかない……


 大丈夫。


 想いは、しっかりと受け取った。


「終わらせようぜ……もう、後悔はお終いだ」


 もう槍も仕舞った。

 全てを右手に、力を集めて。


「いや…やめて…カムくんっ!」


 左の腕で、黒イナリを打ち上げる。

 俺は地面から踏み切って、跳び上がりながら空中で捕まえる。


 全エネルギーを黒イナリに、体の中心に叩き込むその瞬間、懐かしい景色が脳裏に過る。


 外の世界の記憶、真実を思い出した夜のこと。



「……悪かったな、本当に」



 俺がもっと強ければ。

 俺がもっと賢ければ。


 俺にもっと……自信があれば。


「……終わりだ」


 そんな思いを断ち切って、先に進んでいくために。


 この拳は、必ず振り切る。


「嘘だよ……こんなこと…っ!?」


 勢いは止まらない。


 俺たちは山を越えて、雪のいずれも通り過ぎて、遥か向こう先、蜃気楼の都まで。


 何処までも飛んで行く―――そう、思えた。


「…そうか」


 ここは、結界の中。

 辿り着く先は、結界の果て。


 先が無いと知った俺は、更に力を強めた。


 虹が眩しすぎて、眠ってしまいそうだ。



「……はは」



 最後の瞬間。



 拳に、確かな手ごたえを感じた。



 やっと…勝てたんだな……



 世界の砕ける音が、砕けた世界に響き渡った―――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る