Ⅵ-163 振るえ、震える白い手で

「声はこの辺りから……そこか!」


 前にセルリアンと遭遇した林とは変わって草原。

 青鮮やかな湖の傍で、群青の色をしたセルリアンの集団がフレンズを取り囲んで襲っていた。


 敵の数はおよそ二十。

 襲われているフレンズはたった一人。


 プレーリーやビーバーの姿はなく、辺りに丸太が転がっていることから建材を運んでいる最中だったのだろう。


 俺はすぐに彼女の元へ駆け寄ろうとしたが、セルリアンが攻撃を仕掛け始めている。

 立ち止まり一瞬考えて、このまま走っても、到底間に合わないであろうことを悟った。数の上でも遥かに劣勢で、少なくとも無傷の勝利は不可能だろう。


「どうする…?」


 声に出して自問する。

 与えらえた時間はそう長くない、思いついた手段を即座に取らなければ。


 …二通りだ。


 何らかの移動手段を”再現”してさっさと駆け付けるか。

 飛び道具になる武器を”再現”してこの場所から攻撃するか。


 幸いにして、遠方から攻撃できる武器の知識はオイナリサマに貰った『武器図鑑』を読んだお陰で幾らか頭に入っている。

 ならば瞬時にその記憶を掬い上げて、形にするだけだ。


 だが、今度の戦いは遠くから小突いて終わりではない。直近の危険を退けた後、あのフレンズを庇いながらセルリアンの集団を相手取る必要があるのだ。


 条件を頭の中で言語化し、最適な武器を知識から探して……見つけた。


「これで決まりだ、さっさとやるか」


 虚空から現れたその武器を握り、全身で振りかぶって投擲した。


 真っ黒なが辺りの輝きを吸い込みながら、セルリアン目がけて一直線に飛んで行く。



―――――――――



「こ、こんなところで…」


 涙を浮かべながら唸った一人のフレンズ。


 丸太を運んでいる途中、不幸にもセルリアンの集団に出くわしてしまったのだろう。巡り合わせは更に悪く、近くに頼れそうな誰かもいなかった。


 このままでは、彼女は輝きを奪われてしまうだろう。


 そう…


「あれ、何か飛んで……っ!?」


 不幸中の幸いと言えることは、彼女が発したSOSの叫びが俺の元へと届いたこと。

 そして俺が、戦うための力を授かっていたこと。


 俺が投擲した漆黒の槍はセルリアンの一体を貫く。

 

 セルリアンの体は砕け、吸い込まれ、槍の一部となる。皮肉にも、彼らがこの先彼女に行おうとしていたことと一緒であった。

 突然の攻撃にセルリアン達は狼狽し、フレンズを襲う”手”が止まる。


 俺は全力疾走し、その隙を突いて驚きに膝をつく彼女の元まで辿り着くことが出来た。


「おい、怪我は無いか…!?」

「あ、ありがとう! で、でも…」


 お礼の言葉を口にしながら、尚も不安の声は消えない。


 確かにそうだろう、俺の攻撃は一体を串刺しにしただけで、周囲にはまだまだ大量のセルリアンが犇めき合っているのだから。


「大丈夫だ…俺が、まとめて倒すからな」

「え…?」


 呆けた声を出す彼女を横目に、俺はさっきの槍を地面から抜く。

 手で触った感覚だが、心持ち槍が重くなっている気がする。多分、セルリアンの残骸を吸ったからだな。


「さて、もう少しだけ手伝ってもらうぞ」


 槍をポンと叩き、積年の相棒に話し掛けるような調子でそう呟く。

 

 扱い方は、体が勝手に分かってくれた。


 今から始まる、快進撃だ。



「す、すごい…!」


 後ろから、漏れるような呟きが聞こえた。

 自慢げに微笑むのをこらえて、俺は次のセルリアンを横薙ぎに撃破する。


 これで大体半分。


 良いペースだ。大した疲れもなくやって来れているし、セルリアン達も俺を恐れているのか率先して襲いに来る個体は少ない。

 積極的な方が優位に立つのは戦いの摂理。

 このまま奴らを全滅させるのも時間の問題だった。


「そっちは大丈夫か…?」

「大丈夫よ、ええと…あなたが倒してくれてるお陰ね」


 とはいえ油断は禁物。

 俺は時々振り返りながらフレンズの様子も確認する。この戦いは護衛が第一だからな、セルリアンを倒す楽しさに呑まれないようにしなくては。


「ふっ…ところで、何て名前だっけ?」

「私? 私の名前は…あ、前っ!」

「ん…おっと!」


 注意の言葉を聞き、俺はすんでのところで迫ってきたセルリアンを貫いて撃破した。


「ふぅ…危なかったな。助かったよ」

「別に、こっちこそ…危ないところだったし」


 言葉を交わしながら周囲を確かめる。

 さっきの不意打ちが危ない所まで行ったからだろうか、若干前のめりになっているセルリアンがいた。


 そいつらを軽く槍の錆にして、俺は一度体勢を立て直すことにした。

 

「それで、名前は?」

「チャップマンシマウマ。で、あなたは?」

「神依だ。短い間になると思うが、よろしくな」


 ”フレンズ”改め、チャップマンシマウマを庇うように立ち回りながら周囲を確かめる。


 奴らも数が減ってきて、そろそろ焦りを見せてくる頃。


 一対一の戦いでは到底敵わないと思ったのか、奴らは何体かで纏まり、ぐちゃぐちゃに混ざり合って一体の大きなセルリアンに変貌した。


 そしてその大きなセルリアンは一体、また一体と増えていく。


「うわ、嘘でしょ…? こんなの初めて見たんだけど…」


 チャップマンシマウマが引いた声を漏らす。

 そんな彼女を横目に、俺は冷静に状況を分析していた。


 …なるほど、合体するタイプは珍しいんだな。


 思い出してみれば、博士たちにセルリアンの講義を受けた時も、そんなものがいるとは習わなかった。

 

 だが、要は巨大になっただけだ。もしかすると数体分の核が有るのかもしれないが、全部貫けば問題ない。

 穿ち貫く槍だって、セルリアンの輝きを大量に吸って鈍い輝きを放っている。


 倒せる。そう確信した俺は、槍の柄を強く握って一歩前に出た。


「ちょっと、本当にやるつもり!?」

「恐れることは無い、タダのデカブツだよ…コイツは」

「何それ…て、手も震えてるじゃん!」


 彼女は俺の手を指差した。


 その通り、真っ黒な槍は深い群青を前にしてガタガタと震えている。


 だが、これは武者震いだ。この震えは勇み立っているからこそ、心は決してセルリアンに屈してなどいない。


「バカじゃないの…? 逃げた方が良いに決まってるのに…!」


 確かにセルリアンは数を減らし、今なら余裕で逃げられるだろう。


 チャップマンシマウマの言う通り、敢えてここで危険な戦いに身を投じることなどせず、安全を取って逃げた方が良いのかもしれない。

 草食動物のフレンズである彼女の感覚に、よもや間違いがあるとも思わない。


「だけど、俺は戦う…!」

 

 ”危険だから”って逃げるんじゃない。戦わなければダメなんだ。


 ここで逃げては、オイナリサマに力を貰った意味がない。

 

 切っ掛けとなった、あのゾウに似たセルリアンとの遭遇。

 あの時に俺が取った選択を――『逃走』を――乗り越える選択が必要なんだ。


 そうだ、このデカブツは、だ。

 コイツを倒すことで……この力を、俺が十分に役立てられているのだと、証明するのだ。


 そうだぜ神様、二度とアンタを頼ってなんかやるもんか。


 俺はもう一歩、絶対に退かないという意思を込めて、固く地面を踏みしめた。


「ホント、バカなんじゃないの…!?」

「…どういう、つもりだ?」


 俺の横に並び立つチャップマンシマウマ。

 行動の意図を掴めずに困惑していると、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「”助けられっぱなし”なんて癪だし、恩人が負けるところも見たくないの。だから、私も戦うわ」

「やれやれ、勝手に負けさせるんじゃねぇよ」

「ふふ、悪かったわね」


 ここで出会ったばかりの、互いに何も知らない者同士。


 だが俺たちの間に――この一時間にも満たない短いセルリアンとの攻防の末に――”絆”とも呼べる奇妙な信頼が、芽生えようとしていたのだった。


「じゃ、やるぞ」

「任せて、準備はバッチリよっ!」


 戦いは、続く。




―――――――――




「せいやッ! とりゃあッ! …悪い、一体擦り抜けた!」

「問題ないわ、全部蹴っ飛ばしてあげる!」


 チャップマンシマウマの蹴りがセルリアンの脳天――脳無しの怪物だが――に突き刺さり、見る影もなく砕け散って虹色の欠片と消える。


 飛んできた欠片を一つ取って槍に吸わせれば、やはり槍は重みを増して喜ぶように黒さを増した。

 情が移った故の勘違いかもしれないが、俺にはこの槍に心があるように見えるのだ。



 閑話休題。


 融合セルリアンとの戦いは、チャップマンシマウマの協力もあって非常に優位に進められていた。


 主な戦法は、リーチの長い武器を持つ俺が前に立って大立ち回りをし、倒し損ねた個体にチャップマンシマウマが止めを刺すというもの。

 成り行きで出来上がった、戦術と呼ぶには拙いものだが、十分に効果を発揮しているのでここでは良しとしよう。


 兎に角、奴らが合体した所で戦況がひっくり返るようなこともなく、全滅は既に時間の問題であった。


「まったく、どれだけ強いかと思えば見掛け倒しもいいとこね!」

「ま、さっきまでその見掛け倒しにビビってたんだけどな」

「そ…それは言わないで!?」


 チャップマンシマウマは慌てているが、これが事実。

 例えハリボテだとしても、体躯の大きさを以て敵を威圧するのは有効な手段なのだ。


 得てして巨大な生き物は――例えばゾウ型セルリアンも――ハリボテではないことが多い。

 

 だから普通は逃げるのが正しいし、セルリアンの奴らが大して強くなかったのは偶然の幸運だった。


「もう少しだ…ラスト、行くぞ」

「分かった、気は抜かずにね!」


 目の前に残された一体のセルリアン。


 まさか恐怖しているのか? 大きな体をノロノロと動かしながら、既に事切れた仲間の残骸を必死になって取り込んでいる。


 身体が少しずつ…ほんの少し大きくなったがやはり、雀の涙ほどの変化だった。

 脅威は無いに等しいが、油断は禁物。


 俺とチャップマンシマウマは目を合わせ、最後までいつも通りの戦い方を貫いて駆除することに決めた。


「さあ、終わりだ…!」


 最初とは比べ物にならない程重くなった黒槍。

 しかしどれほど重くなっても、俺はコイツの扱い方を知っている。


 脚を入れ、体重を掛けて、槍を下から振り上げた。


 そして怯んだセルリアンに、今度は上から重力に任せた叩き付けをお見舞いする。


 止めに突き刺してやれば今までのセルリアンは倒せた…のだが、最後のコイツは一味違うようだ、崩れそうな体を保ちながら逃げ出そうと這いずっている。


「逃がさないわ、食らいなさいッ!」


 だが、今更どうしようもない。


 勢いよく飛び出したチャップマンシマウマの足がめり込み、セルリアンは今度こそ事切れて、真っ青な体は虹色に変わって砕け散った。


 …これで本当に、戦いは終わった。



「ハハ、最後だからって張り切りやがって」

「良いじゃない、もう終わりよ?」

「そうだな…何事も無くてよかった」


 俺たちは顔を見合わせ、お互いに微笑んで、戻ってきた平穏を確かめ合った。


「…あっ、そうだった!」


 チャップマンシマウマは思い出したような声を上げると、そこに転がっていた丸太を抱え、小さくトラックの見える方向を向いた。


「ふぅ、助かったわ! カムイって確か…”ゲンバカントク”? って聞いたから、多分また会うかもね」

「ああ、そうだな。じゃあ、今度はセルリアンに捕まるなよ?」

「当然よ! …それじゃあ本当に、またね!」



 走って行くチャップマンシマウマの姿が見えなくなった後、俺も深いため息をついた。


「ふぅ…手応えは、あったな」


 セルリアンを倒すことができた。


 ほんの少し前まで、何の力も持っていなかった俺が。

 用意された運命に、ただ振り回されるだけだった俺が。


 与えられた力とはいえ、一人のフレンズを救うことが出来た。


「俺は、言う通りになんてならねぇ…」


 オイナリサマは、制御しきれると思っているのだろう。自分の与えた力だから、よもや牙を剥かれても負ける心配はないと。


 そうだろう、俺はオイナリサマには勝てない。


 だけど…突き刺すことが出来ないとしても、口の中には牙がある。


 決して折れない決意の輝きを、アンタは俺に与えてくれたんだから。


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