Ⅲ-131.5 閑話 キミのいなかった一日

『GAME OVER』


 何度も見た無機質なゲーム画面が、ここ最近は一段とつまらなく見える。


 今日でこれを見たのは何回目だっけ。とうとうボクは苛立ちが頂点に達し、すぐそばに置いてあったジャパリまんを乱暴に掴んで投げ飛ばした。


「あらっ…っと、食べ物は粗末にしちゃダメよ?」


 ジャパリまんをキャッチしたギンギツネが、軽く笑ってボクの口にそのジャパリまんを詰め込む。


「む…げほっ! 何するの…!?」

「何ってお昼ご飯よ? キタキツネったら、今朝から何も食べてないじゃない」

「別に、お腹空いてないもん…」


 力任せにギンギツネを突き飛ばすと、勢いよく尻もちをつく。


 でもギンギツネは文句を言わず、「お腹空いたら言ってね」とだけ言い残し何も無かったかのように元の場所に戻っていく。


 ボクのことを一切歯牙にも掛けていないような言動が更に腹立たしくて、今度は空っぽの籠を狙いを定めて投げつけた。


 …ふわりと飛んで戻って来た籠が、ボクの頭に被さった。


 それからボクはゲームを再開したけど…やっぱり集中できない。


 いつもは造作なくクリアできるステージで何回もミスをしてしまう。早くノリアキと一緒に進めたステージの続きをしたいのに。


 分かってるよ、そういうことだよね。


「ノリアキ…早く帰って来てよぉ…」


 最後に残ったジャパリまんも、やっぱり味はしなかった。



 何の面白みも感じられないゲームを早々に切り上げたボクは、寝室に布団を敷いてお昼寝をすることに決めた。


 どんなにつまらない時間だって、寝ちゃえば一瞬で過ぎてくれるから。


 起きた時にノリアキが隣で寝てくれてたらいいのにな。そう思って、ボクは目を閉じたんだけど…


「…ねむれない」


 待てど暮らせど世界はそのまま、夢の中には入れない。


 目を閉じて開けて、また閉じて…開けて。何度それを繰り返しても、瞳に映るのは変わり映えのしない天井の模様だけ。


「なんで…? 昨日ぐっすり寝ちゃったせいかな…」


 ボクは最近、規則正しい生活リズムを作り上げてしまっている。だって夜遅くまでノリアキとゲームをすることも出来ないし、やっぱり一人で遊んでも仕方ないんだもん。


 あーあ、どうして暇なときに限って時間は長くなるんだろう。


「…やっぱり、ゲームやろっかな」


 今度は懐から携帯ゲーム。ノリアキから貰ったプレゼントだけど、もう匂いは無くなっちゃった。


「……やーめた」


 つまんないよ、ノリアキが一緒じゃなきゃ嫌だよ、早く帰って来てよぉ…


 じゃあジャパリフォン…も、別にいいや。


 あは、あはははは。


 おかしいな、ノリアキと出会うまではずっと、こんな感じの生活をしてきた筈なのに。別に、ちょっと少し前の状態に戻っただけのはずなのに、どうして?


 どうしてボクは…こんなにつまらない生活を続けてこれたの?


「分かるよ、分かってるけどさ…!」


 知らなかったから、どんなに退屈でも退屈だと思わずにいられたんだよ。


 知っちゃったらもう、ノリアキ無しじゃ生きていけないよ…!


「ダメ…おかしくなりそう…!」


 布団を蹴散らして起き上がる。布団じゃ全然癒されない。今すぐに、ノリアキの部屋まで行かないと…!


「あら、どうしちゃったのキタキツネ?」

「どいて、早くしないと…!」

「あー、そういうことね。まあまあ、これでも嗅いで落ち着きなさい?」


 朝はジャパリまん、今度は訳の分からないビニール袋。だけどボクの口に被せられたソレからは、とても安心する匂いがした。


「ぷはっ…な、なにこれ?」

「秘密よ♪ と言っても、キタキツネなら分かるわよね」


 これで少しは冷静になったでしょ、と揶揄うギンギツネにちょっぴりだけ感謝の念を覚えながら、やっぱりボクの心には疑いがある。


「もう、そんな目で見られることはしてないはずよ? 理由があるとするなら…見ていられなかったのよ。私だって、あなたと同じ気持ちだもの」

「……」

「うふふ、大丈夫よ。そろそろ帰って来るはずだから」


 ボクの両肩をポンポン叩いて、「イヅナちゃんにエサやりしに行かなきゃ」と独りごちて、ギンギツネはフラっといなくなる。


 まだ立ち尽くしているのは香りの余韻か、はたまた頭がフリーズしたのか。


「…訳分かんない、ふざけないでよ」


 こんなことの為に…お礼なんて言ってあげるもんか。そもそもギンギツネのせいで、ノリアキと居られる時間が減っちゃったんだ。


「そうだった、突っ立てる場合じゃない…!」


 ボクはあんなことしない。理解できない気紛れなんて怖いだけだよ。


 ボクはそんなの全部振り払って、ノリアキと一緒にいる為だけに生きてるんだよ。


 だから、早く行かなきゃ。


 あの部屋に、まだノリアキはいないけど。



「確かここに…あはっ、うふふふ…!」


 部屋に入ったボクは、一目散に押し入れの扉に飛びついた。そして適当に襖を開け放ち、中のお布団を手当たり次第に引っ張り出し、出来上がった海へと頭からダイブした。


 雪原で狩りをした時のように頭を真っ白なふわふわの中に潜らせたボクは、その中に仄かに漂うノリアキの匂いを存分に吸い込む。


「はふぅ…ふぇへへ…」


 蜂蜜よりも甘い匂いに脳みそが蕩けてしまう。


 あぁ、幸せだなぁ。


 今ここにその姿が無いとしても、ノリアキがここで暮らしていた証は確かにこの場所にあるんだ。


 大丈夫、ノリアキの帰ってくる場所は、ここ以外に無いんだから。


「もっと、もっとぉ…!」


 多分今のボクを外から見たら、とんでもなくだらしない姿をしているのだろう。


 頭から布団の海に突っ込み、宙に浮かせた脚と尻尾をバタバタと揺らして、絶え間なく嬌声を上げ続けているんだから。


 けど…そんな目なんて気にしていられない。


「ふへ、ふふふ…!」


 今度は幸せの匂いで、取り返しの付かないほど頭がおかしくなってしまう。


 でもいいんだよ、だって幸せだもん。




 そのまましばらく幸福に酔いしれてバタバタしていたボクだけど…ある瞬間、体の動きがビタっと止まってしまった。


「…?」


 飽きた? 疲れた? 絶対に違う。そんなものは来ないし、そんなものでボクの体は止まらない。だからボクが感じたのは…そう。


 もっと刺激的で濃厚な、逃し難き幸せの予感だった。


「ノリアキ…?」


 無意識のうちに、キミの名前が口から零れる。


 ボクは布団から頭を抜いて、勝手な足の動くままにふらふら歩いてゆく。


 そして、軒先で見つけた。


 あの光は、その中に見える姿は…間違いない。


「ノリアキ…!」


 ボクは駆けていく、キミを迎えに行くために。


 キミのいなかった一日は、もう終わった。

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