入試
第9話 センター試験
最後の期末試験から一月。
しんしんと降りしきる雪の中、僕は、久しぶりに緑ヶ丘高校へ至る丘を登っていた。
今日は、センター試験の日である。僕らの地区は、例年緑ヶ丘高校が会場になっていて、今年もご多分に漏れず、緑ヶ丘高校が会場であった。
「季節によって、全然緑じゃないことも多いのにね。というか、この頃は道沿いはコンクリートで囲まれているし…」
見知らぬ制服の子たちが、そんなことを言うのが聞こえる。
センター試験を行う会場は限られているので、自然と他校の生徒も来るのであろう。
雪の日で、寒いはずなのに、集まった受験生の熱気がそれを補っている。教室に入ると、直前まで単語帳を必死にめくっている生徒などが目に入ってきて、普段と同じ温度の暖房しか入っていないはずなのに、むしろ蒸し暑いぐらいであった。
直前に詰め込まなければいけないような知識は、どうせ試験が終われば流れてしまう。そのことを良く知っている僕は、指定された席に座ると、周りのことは無視して、静かに目をつぶる。
既に自由登校となっている今、センターが終わってしまえば、恐らくこの学校に次に来るのは、卒業式の時である。
脳裏に、愛の姿が思い浮かぶ。その美しさ、神秘、魅力。
僕は、そこに少しでも近づけただろうか?
キーンコーン、カーンコーン。
一日目の試験準備のチャイムが鳴る。
試験監督担当の職員が入って来る。高校の先生ではなく、「西都大学」と書かれたワッペンを巻いている人たちである。
「えー、これから、センター試験、第一日目が始まります。まず、筆記用具以外は、机の上に置かないこと。試験時間中、スマートフォンや携帯電話の電源は、切っておくこと。…」
当たり前だが、一つ一つが大切な注意事項が読み上げられていく。
「では、試験問題を配ります。自分が受験する科目の冊子を選んで取ること」
最初の科目は社会で、全科目の問題が入ったパックが配られる。その中から僕らは、受験を希望する科目の冊子を抜き出して、机の上に置く。
パックが回収される。
キーンコーン、カーンコーン。
鐘が鳴る。
「始め!」
センター試験の癖のある、そしてどこか癖になる明朝体が目に入って来る。
見ているだけで、何となく賢くなったような気分になる、あの美しい明朝体との、長い睨めっこが始まった。
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センター試験は、簡単だった。きちんと読めば分かる問題ばかりであった。
数学などはリーディングが親切であるし、理科や社会の知識問題は、ほぼ即答で分かるものだった。
唯一、少しだけ考えさせられたのが、微妙に似通った言葉を並べている現代文の読解問題であったが、これもまた、さほどの難易度ではなかった。
全ては、愛の死後、必死に勉強に励んだ成果であろう。
しかし、これからまだ二次試験が控えている。更に研鑽を重ねなければ。
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やるだけのことをやった、優秀な生徒には、自己採点など必要はない。実力があれば、どんな大学の一次試験に出しても、足切りの心配などなく通るからである。
ましてや、二次試験のウェイトが大きい帝都大学の入試においては、一次試験であるセンターなどは、通ってしまえば飾りのようなものであり、多少しくじっていても気にする理由はない。
足切りを通れる力があるのなら、センターの自己採点は、行うに値しないのである。
想は、それを良く知っており、学校も自己採点結果の提出を義務付けてはいなかったため、自己採点を行うことはなかった。
だが、そんな想が何も知らない間に、受験業界は、大学入試センターの発表した最高点と、全国トップクラスの有名校から集められた自己採点の申告とを比較して、二度の大きな驚きに包まれていた。
まず、公表された5教科8科目での最高点は、センター試験最後の年にふさわしいのかもしれないが、最初で最後の全科目満点となっていた。
帝都大学で求められる7科目をも超える、全8科目に挑戦して、リスニング50点分を含む、1050点満点を達成した生徒がいるのだ。
第一の衝撃を受けた受験業界は、全国トップクラスの有名校や、自分たちの予備校に通っている受験生の自己採点報告を徹底的にかき集めた。
そもそも有名校の生徒は5教科7科目に絞っている生徒が多く、5教科8科目を受験した生徒はわずかであったが、その中にも最高点にマッチするデータが発見されなかったことで、彼らは、第二の衝撃を受けた。
予備校にも通わず、全国トップクラスの有名国立や私立の出身でもない誰か、とんでもないダークホースが現れたことを知ったからである。
とはいえ、伝統的に帝都大学すら求めない5教科8科目を敢えて受けさせ、かつ自己採点のデータをどこにも出さないような学校で、かつそれなりの進学校である学校は限られているので、関係者は、おおよその目星を付けられる。
「緑ヶ丘高校か、大和第一高校か、あるいは…」
いずれにせよ、地方ではトップクラスでも、全国では名も知られていない学校から入ってきたことは、間違いなさそうであった。
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