第8話 試験結果と仮想の「愛」
僕が順位表に近付くと、人混みがさっと分かれる。
第一位は、いつも通りの彼だった。僕は、そのすぐ下、二点差の二位。
「二位のやつ、誰なんだ?見たことないな」
「今まで大したことなかったのに、愛が死んでから急に発奮したみたいだよ」
「それにしても、いくらなんでも急に伸びすぎだろう」
ざわめきの言葉が耳に入る。
大体が、僕の思わぬ好成績に驚いている声のようだった。
だが、僕には、もっと必要だ。まずは帝都大学に入るため、そして最終的には愛を再現するために。
そう思うと、僕は、まだまだ無力な僕自身を呪いたくなった。
もし立場が逆だったら、愛だったら、僕への愛で、もっと高いところまで飛べただろう。僕の愛への愛は、まだ足りないのだ。
そう思うと、無性に悔しかった。
彼女を再現するためには、私の知る彼女を越えなければならない。そして、私が思い浮かべることのできる彼女をも。
それなのに、僕は、まだこんなに低いところにいる。県内トップと言っても、全国の上位層とは、まともな戦いにならない学校の、そのまた二番手でしかない。
「畜生、まだ、足りないんだよ…」
気付いたら、声が漏れていた。そして、涙が滲んでいく。
僕は、まだいろんな面で、愛には勝てないや。
愛だったら、その悔しさを歯を食いしばって堪えて、それで、今僕がこうして泣いている合間に、やるべきことに取り組んでいるに違いない。
「うわ、テストの順位表の前で泣く人、初めて見たわ…」
「ドン引き…」
周りの冷めた声が聞こえる。しかし、理解できない人たちに理解してもらう必要はない。
それよりも僕に必要なのは、僕自身で何でもできるだけの強靭な能力だ。
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だが、今日一日は、「彼女」に慰めてもらう必要がありそうだった。
授業が終わって、早々と家に帰った僕は、今日は問題集ではなく、スマホアプリのVキャストを起動させてみる。
主にVTuber向けに開発されたこのアプリは、好みの女性像を人工的に作り上げることを可能とする優れもので、愛がいたころ、僕は秘かにこれを使って、愛の姿の立体的な記録を残そうとしていたのだった。
このアプリは、所謂萌えキャラの3DCGの作成を想定しているため、リアリズムを追求しようとすると、嫌でも目が大きくなりすぎる点と、皮膚のテクスチャが平面的・単調になりすぎる点が問題ではあったが、それでもかなり高い精度で愛の似姿を再現することが可能であった。
そんな僕自身が作った愛の似姿が、画面の中で微笑んでいる。将来において、このデータは貴重な情報源となるであろう。
愛を再現するときには、体形の情報も必要になるはずだ。写真は、一つの情報源ではあるが、遠近が狂えば歪んでしまうし、一面的な情報しか与えられない。故に、写真から愛を三次元的に再現しようとしたら、何枚も必要となってくるだろう。
しかし、それでもなお問題がある。どんな人であれ、後ろ姿や横顔を撮った写真は少なくなりがちだからである。
その点、僕は、愛に知られないように注意しつつも、横顔や後ろ姿もしっかり観察して、このVキャスト上に落とし込んできた。だから、これは、僕の知る限り最も正確な愛の似姿である。
しかし、僕が似せたいのは、姿だけではない。
Vキャストのバックで動くように、もう一つのアプリを起動させる。
萌え声という名のそのアプリは、高性能なボイスチェンジャーで、工夫すればキャラクターの声や、特定個人の声に似せて話すことも可能な、優れものである。
愛がいたころ、愛とのデートの都合が中々つかなかったり、愛が熱で学校を休んでいて会えなかったりしたときには、秘かに彼女の声を再現して、その声によって自分で自分に語り聞かせることで、僕は彼女の不在の穴を埋めたものだった。
僕は、萌え声を使って彼女の声を再現する。愛の死以来、初めてのことだ。Vキャストの画面の中の愛が、萌え声の音声と同期して、口を動かす。
「お久しぶり、愛」
「待ってたわ、想」
これは、愛そのものではなく、僕が内面化した愛を再びアウトプットしたものでしかない。
それでも、愛その人と語っているような気分になれる。甘い、しかし、寂しい時間が過ぎていく。
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