第7話 最後の期末試験

 愛の死から、1か月ちょっと経った。


 高校最後の期末試験の時がやってきた。


 今日ばかりは、美しい知恵との演舞を楽しみ続ける訳にもいかない。少しだけ、チャイムへの意識が研ぎ澄まされる。


 うちの学校の成績は、テストで全てが決まる。少し前までは、授業態度や課題の提出状況が加味される仕組みが採用されていたが、とある全国トップクラスの高校の仕組みに倣うことに決めたらしい。


 授業を無理矢理聞かせるよりも、その範囲を飛び越えて勝手に伸びる子を受け入れる。そんな、いい仕組みだと思う。


 その高校は、伊達に帝都大学合格者数トップ争いに絡んでいる訳ではないのだろう。

 事実、うちの高校でも、この仕組みを採用してからは、わずかながらだが進学実績が伸びている。


 愛がいた頃の僕は、そうは思っていなかった。


 テスト一発で決めるというのは、あまりにもリスキーだと思っていたし、授業態度が悪いのに点数だけ取っていく天才肌への嫉妬もあったからだ。


 だが、今になってはっきり思う。この仕組みを嫌がるのは、自分に自信がないからにすぎない、と。


 結局、入試であれば、第二のチャンスは人生一年分をコストに捧げないと手に入らない。普段から一発勝負に慣れておくことは、ことに自分の能力に自信がある人たちにとっては、むしろワクワクすることであろう。


「これはこうで…」


 せわしなく直前勉強を続けているクラスメートの声が耳に入る。


 そんな風に詰め込んだところで、さほど結果が変わらないのは、誰もが知っているはずなのに。


 そんな付け焼刃の自信は、簡単に打ち砕かれることも、そして「今回はダメだった」と言いながら、なんだかんだで赤点のラインは余裕で越えていくことも、彼らは知っているだろうに。


 キーンコーン、カーンコーン。


 鐘が鳴る。


 監督役の先生が入って来る。


「おーい、みんな席に着け。関係のないものは、しまうように。スマホや携帯の電源は、切れよー」


 皆は席に着き、先生から試験問題と解答用紙が配られ、しばらくの沈黙の時間の後に試験開始のチャイムが鳴り、試験は始まった。


----


 全ての試験が終わった。


 これまでは苦労して解いていたはずの問題が、たわいもないものに思えて、笑えた。


 言うなれば、クラス一の美女が、背伸びして学園祭のミスコンに出たところ、ボロボロに負けているのを見てしまったような気分だ。


 仮にも県内一の進学校だけあって、先生方の出す問題は、良く練られている。


 しかし、所詮は、適度な点数を取らせるために設計された馴れ合いの出題であり、本気でふるいにかけようとする大学ほどには、出してくる問題は洗練されてはいない。


 所々に、下手な化粧や乏しいすっぴんを感じさせるような、ちょっと物足りない問題だということに、今更ながら気づかされる。

 分からないながら、漠然と感じていた高嶺の花への美しさと思っていたメッキが、こうもあっさり剥げてしまったので、やや興ざめであった。


 しかし、問題を一種の女性のように喩える風潮もまた、噂では全国トップクラスの高校から始まったというから、奇妙である。


 始まりは比較的わかりやすく、その学校が男子校であるが故のことだろう。では、何故共学でもそれが受け入れられたのか?


 結局、進学実績がある学校を真似ただけなのかもしれない。正直僕には、よく分からない。


 だが、知恵の美しさを目の当たりにした僕は、女神に喩えられた知恵同様、問題が美女に喩えられるのも、不思議と自然な気がした。


 そう考えながら歩いていた下航路で、ふと誰かの声が入ってきた。


「あの問題、愛のような可愛らしさを感じたよね」

「愛ちゃん、可哀そうに」


 確実に言える。それだけは、ない。愛の魅力に達するためには、帝都大学の問題ですら、足りないぐらいなのだから。


----


 テストが返され、順位が校内に貼りだされる日がやってきた。


 僕の成績は、格段に伸びたが、それでも何問か取りこぼしていたので、つくづくまだ未熟だと思う。


 順位は、相対的なものでしかない。僕が欲しいのは、絶対的な力だ。


 だが、それでも、1位でないのであれば、まだまだ未熟だということぐらいは分かる。


 だから、それだけを知るために、順位表を見に行こうと考える。


 狭い廊下に貼りだされた順位表の前には、既に人がわらわらと集まっている。


 僕は、その中に入り、ざわめく周りの声を聞きながら、表を見ようと、近づいていった。

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