第10話 帝都大学二次試験
帝都大学の二次試験に向かうため、僕は初めて東京に出た。
東京では、例年、2月に一度か二度ぐらい、それなりに積もる雪が降る。
その度に交通機関が乱れ、全国のニュースに取り上げられるため、首都圏在住ではない僕に言わせれば、今の江戸の華は実は大雪だと思っている。
そんな東京の街の、本郷通りの大学へと至る道を歩いていると、日陰を中心に、今年降った雪が所々に残っている。
本郷三丁目の駅を降りて地上に出た道を歩くと、赤門の更に先に出てくる正門の付近では、予備校の関係者が受験生を鼓舞していたり、「時代錯誤社」を名乗る奇妙奇天烈な学生集団らしき人達が、入試問題のパロディーらしき冊子を配っていたりするのが見えた。
入試を風刺したところで何がしたいのかはよく分からないが、僕は、その冊子を一冊もらってみる。
数学のページは萌えキャラを描くための曲線の方程式になっていて、古文のページではその萌えキャラの紹介がされている。英語は、何とその萌えキャラの賛美歌になっている。
面白い知識の使い方だとは思った。ことに、キャラクターの曲線美を方程式で表現する技法は、愛を再現する際にも使えるかもしれない。
この部分だけは、後でパラメーターを調整して遊ばせてもらうとしよう。
まあ、さすがに、古文や英文でひたすら特定人物を語ることが役に立つとは思えない。
が、愛への想いがあふれそうになった時に、現代日本語に代わる表現の引き出しとしてこれを持っておくのも、あるいは面白いかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は、一日目の入試を迎えた。
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殆どの問題を、僕は自信をもって答えることができた。
だが、1問だけ、どうしても自分の納得のいく答えが練られなかった問題があった。
現代文の問題である。
ここはまだ理解が浅かったかな、と思いつつ、東京ドームを眼下に見下ろすホテルの一室で、僕はその文章を読み返していた。
人工知能と人間の関係性を探るその評論は、書かれたのが1970年代とは思えないほどに、現代的な内容であった、
「だが、人間と人工知能の区別は、果たしてそこにあるのだろうか。それもまた、本質的ではないかもしれない」
傍線が引かれた部分を読み返す。
それは、筆者が「本質的ではない」と言っているものと、本質的だと考えているものとを、解答欄2行以内で記述するべき問題だった。
愛を再現しようとしている僕に言わせれば、人工的に生み出された知能と人間との区別は、やがては解消できる程度のものだと考えている。
筆者は、区別を試みるにあたって、まずは書かれた当時人工知能にはできなかったこと、つまり技術的な障壁を上げ連ねていく。
その上で、それらが技術的なものでしかないことを重々承知している筆者は、「本質的ではないかもしれない」と述べ、最後に一段落だけ付け加えて筆をおく。
「結局、両者の区別を試みるには、その定義、人工知能が人工的に作られたものであるということに立ち返るより他にないのかもしれない。全てを再現したとしても、結局生み出されるのは、現実の人間ではない、フィクショナルな人工人格であるという一点だけが、人工知能と人間とを最終的に弁別するのではなかろうか」
僕は、この部分にどうしても同意できず、故に入試得点の面において、納得のいく解答が練られなかったのだ。
あるいは、この評論の主張自体に誤りがあるのかもしれない。しかし、仮にそうであったとしても、誤った内容の過ち自体を理解した上でなければ、正しい道のりに至ろうとして、再び同じ轍を踏んでしまうだろう。
それだけに、納得のいく回答を練ることのできなかった僕は、自分が読解力不足であり、知るべきこともまだまだ多いことを改めて痛感しつつ、二日目に備えて早めに床に就いたのだった。
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二日目の理科と英語は、特に悩むことなく終わった。
入試は、多分無事に通過したであろう。
天下の帝都大学の受験性と言えども、入試で満点近く取れるわけではないというのはよく知られた話で、7~8割程度、それなりに点が取れていれば、まず入れることは間違いないからである。
だが、結果が出るまでの合間にも、引き続き愛を再現するために必要な知識をかき集めなければならない。
まだ実現の道筋がしっかり組み立てられるだけの知識がない以上、現状に甘んじることは、愛への愛が足りないという確実な証拠になるからである。
両親を説得して、このまま東京に残って、都内の様々な大図書館でも見回ることにしようか?
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