第8話 ルール

―――は?


こいつ今なんて言った?

まさか私に恋を教えなさいって言ったのか…?どういうことだ。


俺には彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

すると彼女はそんな俺の頭の中を見透かしたように俺の疑問に答えてくれる。


「そのままの意味よ、私は恋が知りたいの。もっと言えば私自身が恋をする事でその酸いも甘いも噛分けて、味わって、満たされたい。ただそれだけ。」


そう言って彼女は何か大切な物を愛おしむように胸の前で手を組み合わせる。

その姿はどこか慈愛に満ちていてさながら子を慈しむ母親のような優しさを纏っていた。

しかし彼女のその言葉を聞いて俺はますます意味が分からなくなる。


「待て待て落ち着け。俺は恋愛なんてしたこともないし、なんならこの高校は恋愛禁止だろう!お前自分が何を言っているのか分かっているのか!?」


「もちろん分かっているわ」

「なら—――」


反論しようとする俺の言葉は話し出す直前に彼女の言葉にさえぎられる。


「だからこそ私はこの学校の在り方に疑問を感じるの。」


「…どういう事だ」


喉まで出かけた言葉をグッと飲み込んで俺は彼女の言葉に耳を傾ける。


「恋愛はとても良い物よ。媒体は違えど、時代を越えて、形を変えて恋愛は素晴らしい、崇拝するべきものとして語り継がれてきたわ。」


「ああ、そうかも知れないな。だがそれがどうした」


「おかしいとは思わない?それなのにこの高校では恋愛を禁止されている。高校生くらいの多感な時期こそ色彩豊かな、人生を彩ってくれる恋愛をお腹いっぱい味わえるはずなのに。私はもう空腹でお腹がペコペコなのよ。」


「でもそれがここのルールだろう。嫌なら立ち去るしかない。」


―――恋愛したら即退学。


それがこの学校の唯一にして絶対のルールだ。

そのルールに例外は無く、過去に部活内恋愛をしていたカップルは勿論秘密裏に交際をしていたのだが、その交際は同じ部活のマネージャーの告発によって明るみになり、その後彼らは二人揃って退学になったらしい。

―――本当にくだらないと思う。


たった一度の気の迷いで今後の人生を棒に振ったのだ。

もともと恋愛なんてくだらないと思ってはいる俺だが、その話を聞いて尚更恋愛を嫌悪するようになった。

やはり恋愛なんてバカバカしい。


しかし学校を退学になってしまうのだ。

彼女もさすがにそこまでして恋愛をするなどとは言いださないだろうと俺は高をくくっていたが俺の考えは甘かったらしい。

彼女は勝気な笑みを浮かべ、フンと鼻を鳴らすと


「ルールとおばあちゃんちの障子は破るためにあるものよ!」


ドヤ顔で言ってきやがった。

うぜえ…こいつ上手いこと言ったつもりかよ…

しかも何の解決にもなってないし…


「馬鹿言え、お前退学になるんだぞ」


「あら、心配してくれてるの?嬉しいわ」


「誰がお前の心配なんかするかよ。俺はただ事実を言っただけだ」


「何よ、ホモのくせに薄情ね」


「世の中のホモがみんな情に厚いと思うなよ?って言うか俺はホモじゃねぇつってんだろうが!」


「そんなに怒ると男の子に嫌われちゃうわよ?」


「一向に構わねぇ!」


「ふふ、やっぱりあなた楽しい人ね」


俺をからかう彼女は、何が楽しいのかケラケラと笑っている。

はぁ・・・やっぱ俺こいつ苦手だわ・・・

しかしこのままでは埒が明かない。

―――俺は改めて真剣に問いかける事にした。


「んで、お前はどうするんだ。そろそろ真面目に答えろ。」


「私はいつでも真面目よ?」


「…早くしろ。俺もいつまでもお前に構っていられる程暇じゃない」


「えーつまんないの・・・分かったわ。じゃあ答えてあげる」


俺が真剣になったのを察したのか弘前も真面目に答える気になったようだ。

どうする・・・ね。と彼女は呟く。

すると途端に彼女は先程までとは打って変わって真剣な表情になる。

そして彼女は訥々と語り出した。


「もし退学になったらそれでもいいわ。それでも私は—――」


彼女は一度そこで言葉を切り、すっと目を細め天を仰いだ後再び俺の方を見て儚げにはにかみ


「―――恋がしたいの。」


「―――っ」


俺は言葉を失っていた。

彼女の言葉には一点の迷いもなく、退学になるという事実を持ってして尚彼女の意思は揺らがないらしい。

何が彼女をそこまで駆り立てているのだろうか。

ここまでハッキリと言い切ってしまう彼女の姿に俺は驚きを禁じ得なかった。


微笑んではいるものの真っすぐな彼女の瞳は俺の姿を捉えて離さない。

これ以上何を言っても彼女の気持ちが変わらないであろうことは俺にも容易に想像がつく。

それになにより―――あんな顔、反則だろ……

降参だよ。

あの写真を回収するためには結局あいつのお願いを叶えてやるしかないようだ。


俺は嘆息しつつ頭を掻きながら彼女に問いかけた。


「はぁ・・・じゃあ結局恋を教えろって具体的に俺は何をすればいいんだ…?」


するとえ?まだ分からないの?と不思議そうに彼女が首を傾げると後ろで一つにまとめられているポニーテールが揺れる。


「あなたには私と付き合ってもらいます」

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恋愛なんてバカバカしい。 ぱんすと @daimax0220

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