第7話ストーカー
屋上に到着し、目的の人物を探すと手紙の差出人らしき人物はすぐに見つけることが出来た。
それは長い艶やかなな黒髪を桜色のシュシュでまとめ上げたポニーテールがよく似合う、ぱっと見で分かる程端正な顔つきをした少女だった。
―――誰だこいつは。
階段を駆け上がった際に切らした息を整える。
するとフェンスに寄りかかり腕を組みながら目を瞑っていたその少女は俺が勢いよく開いた扉の音でこちらに気付いたようだ。
こちらを振り向くとすぐに声をかけてくる。
「あら、思ったよりも早かったじゃない。そんなに私からの手紙が嬉しかったの?」
「ああ。ありがたすぎてションベンチビりそうになったよ。なんならもうチビった。」
「喜んでもらえたようで何よりよ」
そう言うとそいつはその端正な顔を醜く歪め、クスクスと肩を揺らして笑いだす。
さあ、聞きたいことは山ほどあるが・・・
まずは初めに抱いた疑問から解消していくことにしよう。
「―――お前は誰だ。」
「私の名前は弘前遥。今年からあなたと同じ二年C組よ。よろしくねクラスメイトの小湊陽太君♪」
今にも鼻歌でも歌い始めそうな程ご機嫌な様子で弘前は答える。
くそ、こいつ何が面白いんだ…
こっちは今にも心臓が張り裂けそうだってのに。
事実さっきの写真を見た時から高鳴る心臓の鼓動はなかなか収まってはくれない。
頬を伝う汗は階段を駆け上がった際の物なのか、冷や汗なのかはもはや判別がつかなくなっている。
それでもここで相手にペースを握られるわけにはいかない。
俺は努めて平然を装う。
「そうなのか、今年からよろしく弘前さん。」
―――弘前遥。
聞いたことのない名前だな。
そんな名前の奴は俺の知り合いにはいなかったはずだが…
一年生の時の記憶を探ってみたがやはり俺に心当たりはなかった。
まあ、とりあえずそれは後でいいだろう。まずは写真の件が優先だ。
「んで、あれは一体何のつもりだ。告白の呼び出しにしちゃあ随分手が込んでいるようだが?」
「フフ、面白い冗談ね。残念だけどBL好きのムッツリホモ助君に告白するなんて変わった趣味は生憎持ち合わせていないの。それにこの高校は校則で恋愛が禁止されているのよ。ご存じなくて?」
「ああそうかい残念だ。じゃあ何のためなんだよ」
そう聞く俺に相変わらずニヤニヤいやらしい笑みを浮かべ、俺の事を挑発するように弘前は答える。
「あら、理由がなくちゃクラスメイトがBLゲーを持ってニヤついている写真を撮っちゃいけないの?」
「当たり前だろ!お前に何の権利があって人のプライベートを侵害できるんだ!」
「フフ、でもそんなやましいプライベートを持っている方にも問題はあると思うけれど」
あくまでその挑発的な笑みを崩さずに弘前遥は言ってのける。
くっ、こいつ人の痛い所を…
「誰にだって後ろめたい事の一つや二つはあるだろう!それに、だからといってお前にそれを咎める権利は無いはずだ!」
「別に咎めているつもりはないわ。私はあなたがノンケでもホモでも構わないもの。そんなこと対象が違うだけの些末な違いに過ぎないわ。」
「俺は別にソッチ系じゃねえ!あれには事情があって…」
「いいの、自分に素直に生きる事は人生を生きる上でとても大切な事よ」
こいつ…話が進まねえ…
しかしここでもういいと投げ出してしまえば、こいつがあの写真を使って何をしでかすか分からないため最後まで付き合うしかない。
こっちは相手に一撃必殺クラスの核兵器を握られているのだ。
一度発射されてしまえば小湊陽太という存在は一瞬で灰塵と化してしまう。
最初から俺に選択の余地など存在しないのだ。
「はあ…じゃあ理由はとりあえずもういい…その写真、消去してくれないか?」
「そう言われて素直に消すほど私が優しいと思うの?」
まあ思えるわけないですよね。だってお前さっきから俺の話何一つ聞いてくれないじゃん…
このクソアマ…こいつ絶対良い死に方しねえぞ…
しかしここは下手に出るしかない。
ここで最も優先するべきは写真の奪還だ。
あの写真を回収するまでは変に相手を刺激せずにあくまで穏便に済ませるよう心掛けるべきだろう。
額に浮かんでこようとする青筋を理性で抑え俺は答える。
「今日出会ったばかりの相手の事をそんなに知っているわけがないだろう・・・」
「そう?少なくとも私は知っていたわよ?」
「それはお前が俺の事を嗅ぎまわっていたからだ」
なぜそんな事をするのかは未だに俺には皆目見当もつかないが。
すると彼女は俺の発言がさも心外であったかのように
「あら、失礼しちゃうわ。まるで私がストーカーみたいじゃない!」
いや実際そうですよねぇ!?人のプライベートを付け回し除き見てしかもそれを写真に収めてんだろうが!
もしこれをストーカーと言わないのだとしたら世の中のストーカーの大半はお咎めなしになってしまうし、光の事も逮捕できなくなってしまう。
お巡りさん早くあいつの事をお願いします。
とは言っても一方的に弱みを握られているのはこっちだ。やはりここは大人しく彼女に懇願するしかない。
「自分がストーカーじゃないと思っているのならその写真を早く消去してくれ」
「さっきも言ったでしょう。こんなに面白い写真をタダで手放すほど私は優しい女じゃないのよ」
やはり彼女の対応は変わらないようだ。
このままじゃ埒が明かねえぞこれ…
彼女は何かしらの条件を吹っ掛けてくることは明らかだろう。
もしかしたら面白がっているだけで結局写真を消去してくれることはないのかもしれないが。
どちらにせよこの危険因子を放置することは出来ない。
葛藤の末俺は尋ねる。
「じゃあどうすればその写真を消してくれるんだ?」
すると彼女はその言葉を待ってましたと言わんばかりに俺を指さし―――そして言い放つ。
「小湊陽太―――私に恋を教えなさい!!」
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