第2話 ピエロと歌姫
「次も同じことをしたら親御さんに報告と内申にも書かれると思え」
先生はそう言い残して教室を後にした。
教室の扉が閉められる。
扉の向こうには、もう俺といつもいる友達はおらず、俺のことなど待っていてはくれなかった。
そんなことどうでもいい。
教室の机の上に座るこの女はなんだ。
よく考えたら、コートを羽織るくらい寒い中、コイツは白のワンピース一枚だ。
寒くないのかである。
「お前何なんだよ」
『メル・アイヴィー』
「先生に見えてなかっただろ」
『そうね、波長が会う人にしか私は見えない』
俺の質問に目線をそらすことなくハッキリとそう答えられる。
「幽霊なのか……」
『違う』
「じゃぁ、えっと。俺がストレスとかでおかしくなったのか。ほら、なんだっけ他の人に見張られてるとか、声が聞こえるとか言う病気。統合……えっと」
幽霊ではなく、俺の頭が都合よく見せてる幻だというのか。
そう言われると、この美しい容姿も日本にいるはずもない美しい銀髪だということも納得がいってしまう。
『あなたは病気なんかじゃないわ』
メルと名乗った女が机から降りてゆっくりとこちらに歩いてくる。
命でもとるんじゃないかと俺は両手を胸元にあげ身構えた。
『そう、それであってる』
そういって、メルは身構えた俺の手にそっと触れた。
女の子に触れられることなどあまりなかった俺はそれだけで恥ずかしくなった。
『何か危険だと判断したら、人はこうして本能的に身を守る。これが普通。でも、あなたは違う。悲しいのに悔しいのに怒っているのにそれを言葉に出して自分を守ると言うことをしない。私はそれに惹かれ呼ばれた』
何なんだ……えっ。このかわいい子俺のことが好きなのか?
『好き――とは違う。他の人間と違うから興味がある』
俺が考えていることも読めるようで、言葉に出さずとも彼女はそういって小首を可愛らしくかしげた。
その日からメルは俺の後をついて歩くようになった。
その一、メルは俺以外には見えない。
その二、メルの声は俺以外には聞こえない。
その三、メルは俺の本当の気持ちを読み取ってしまう。どれだけ上手に隠して取りつくろうとしても。
『また、それも嘘』
メルは俺の嘘を見抜き、へらへらとしてる俺に不思議そうに指摘してくる。
『嘘』
『嘘』
『嘘』
「何がしたいんだよ!」
とうとうイライラして人がいない公園でメルにあたる。
人がいないところを選ぶあたり俺はどこまでも人の顔色をみる。
可愛い女の子に付きまとわれるなら悪くないだなんて少し思ったりもした、でも、コイツは俺が目をそむけたいこと。
感情にふたをしてやり過ごしてることを見透かし指摘してくる。
『嘘』と指摘されるたびに、必死にごまかしていたものがごまかしきれなくなる。
向き合わないといけなくなる。
『わからない。でも私が此処にいる理由がなくなれば私はいなくなる。ここにまだいるって言うことは私が此処にとどまる理由がまだある』
わけがわからないことを言う。
いつだってそうだ、何を聞いてもわからないばかりなのに、俺の気持ちだけは見透かして嘘を暴く。
「俺はこれでいいんだよ。自分の感情を押し殺してヘラヘラ笑うピエロが俺なんだよ」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
メルの瞳が大きく見開き激昂してる俺にビビるではなく、ただ大きな声に驚いたようだ。
何度もごまかして、隠してきた。
だからこそ、一度噴き出した感情は止まらない。
「こうしないと……俺の居場所が
息が上がって肩が上下する。
自分より体格の優れた男に怒鳴りつけられたに近い状態で言われているにも関わらずメルは相変わらずだった。
『あなたがそこまで必死に守りたい
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!! お前みたいな顔の奴には一生わかんないよ」
どっかいけよ。
ほっといてくれよ。
どうか、現実と向きあわせようとしないで。
突然アカペラでメルが歌いだしたのだ。
こんなこと初めてだ。
普段は俺の感情は読めても、どうしてそうなるのかわからず痛いとこばかりついてくるくせに、メルの歌う歌は全然違った。
『どうしてピエロのような真似をしているの?』
俺だって嫌だよ、他の友達と同じようにしてほしいよ。
こんなの友達じゃないよ。
おかしいってわかってるよ。
俺が守ろうとしてる
目からは涙がこぼれた。ずっと怒らずヘラヘラして心の奥にためていたものが溢れた。
もうピエロのようなことはしたくない。
『大丈夫、一人になんてならない。だって私がいるから』
いつもの無機質さで、それがさも当然とばかりにメルが言った。
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