第六話 『■■■■■■■』
さて、あとはユウトさえなんとかすればいい。
振り返ると、先ほど撥ねとばしたユウトが剣を構えていた。殺気立った様子はなく、こちらを訝しげに見ている。手を出してはこないみたいだ。
「エルなら大丈夫。ちょっと痛い目みてもらってるけど、死にはしないよ。」
軽く肩をすくめると、ユウトは頬を掻いた。
「エルならすぐ抜け出すと思ったんだけど、そうもいかないみたいだな。」
視線の先では、ふわふわもこもことした何かが倒れ伏し、呻いている。うん、死んでないね。だいじょぶ、だいじょぶ。
「まあ、私とノエを甘くみた結果だね。それで?まだ、やる気?」
睨みつけてやると、ユウトは溜息を一つ吐いた。
「最初から、俺はやる気ない。」
ユウトが剣を落とすと、剣は光となって消えた。聖剣の扱い雑じゃないですか『勇者』様?ユウトがまた一つ、溜息を吐く。
「俺はやる気ないんだけどさぁ、そいつを滅ぼせって『勇者』スキルが囁いてくるんだよなぁ。今までこんな事一度だってなかったってのにさ。でも、スキルの声にハイハイ従うってのも、なんか癪なんだよなぁ。その綿飴が危険だってのも、間違いないだろうし。」
「エルといい、ユウトといい、ノエの何が危険だっていうの?」
「あー、ちょっと失礼。」
そう言うと、私の頭を優しく撫でてきた。突然、何するんだこいつは。顔に熱が集まる。
「ちょっと、やめてよ!私、ハーレムに加わる気ないからね?!」
「ハーレム?なんの事だよ?俺はスキルを確認したかっただけだぞ?」
ですよねー。ユウトはこういう人ですよねー。
「あーそう、それで?なんで撫でてるの?」
「俺とエルはさ、見るだけで相手がどんなスキルを持っているか解るんだよ。発動されたスキル名なんかも解る。んで、触ればスキルの詳しい特性も解るってわけだ。」
「それで?『勇者』様は突然人の頭を撫でては秘密を勝手に覗く変態だったってこと?」
「変態って、お前なぁ…。『まものつかい』の詳細を知りたかったんだよ。あと、状態異常も確認したかった。ヒカルがそいつに操られてる可能性だって、否定できなかったからな。」
うーん、まあ、理屈はわかった。でも、それならなんでまだ私は撫でられているのだろう。まだ確認中なのか。
「それで、確認はできたの?」
「状態異常無し。『まものつかい』は普通の職業系スキルで、[まもの]を使役する事が出来る。派生スキルまではわからないけど、レベルが上がれば[まもの]関係のスキルを覚えていくんじゃないかな。」
「最初から言ったじゃない、私は正常だって。」
「まあ、ヒカルの方は問題なさそうだな。たださぁ、そいつの方はバグってるんだよ。」
「ばぐってる?って何?あと、そいつじゃなくてノエって呼んでよ。」
「バグって言うのは、なんて言えばいいのかなぁ…。見えてはいるけど、理解出来るようなものじゃない…ぐちゃぐちゃしてて…あー!とにかく!よくわからないってことだよ。そいつ、ノエのスキルは、全くわからないんだ。」
ユウトの言ってる意味がわからない。
「全くわからないのに、なんでノエが危険だって言えるの?」
「何かスキルを持っている事はわかる。ただ、バグっててそれが何かはわからない。ノエはさ、言葉では表現出来ない、人智の及ぶ範囲ではない、でも、明らかに脅威としか言い様がない、そんなスキルを持っているって感じ。」
ノエが脅威。あのふわふわの可愛らしい見た目と、脅威と言う言葉は、やっぱりうまく結びつかない。
「ヒカルなら、ノエのスキルを探るように触れれば解るはずだよ。『まものつかい』なら出来るみたいだ。」
「私を撫でてわかった、私のスキル特性ってやつ?」
「まあ、そういうこと。でも、おすすめはしないぞ?見えないように隠されたものを、無理矢理暴くようなもんだからな。」
「ユウトが私にしたのと変わりないでしょ?そろそろ撫でるのやめてよ。」
これ以上、私の何を暴こうというのか。ユウトは一瞬面食らうと、「悪かった。」と苦笑しながら手を退かした。
ふわふわ、もこもこ。
未だにエルネストは横たわった状態で、雲のようなノエに覆われていた。時折、呻き声が聞こえてくる。うーん、見た目は拷問どころかただ雲に包まれている様にしか見えないんだけどねえ。
しゃがみこんでノエに触れると、もこもこと優しく手が包まれる。探るようにって、どうすればいいのかな。
ノエ、あなたのスキルを見せて。
いいよ。
無。無限に広がる空虚な無があった。
矛盾している様だが、わたしにはそれはそのものでありしんじつただしいことがにんしきできたがいねんからぬけだしたもの『■■■■■■■』だったそして『■■■■■■■』。
「ストップ、ストーップ!あぶねー。ヒカル、ヤベェ顔をしてたぞ。」
「え、あ。わ、たし。は。」
私は、今、何を、見た?ユウトに引き離される前、私は今、何を。
汗が噴き出す。奥歯がカチカチと鳴り止まない。喉が渇いた。寒い。震えが、止まらない。
「おすすめしないって言った意味がわかったか?ヒカルもこれでわかっただろ、俺達がノエを危険だと、脅威だと感じる理由が。…これでも、ノエが仲間だって言えるか?」
ユウトの顔が、見れない。
ノエは、何。私は、ノエの、何。
ふわりと、あたたかな感触が頬に当たる。元通りの大きさに戻ったノエが、私に擦り寄っていた。
ヒカル。すき。
ノエの好意で、胸が締め付けられる。
ノエのスキルは、理解できなかった。これから先、理解できるかも、わからない。
ヒカル。いっしょ。
でも、ノエの感情は、わかる。
ヒカル。いっしょ。
この子は、今まで寂しかったんだ。
ヒカル。すき。ヒカル。いっしょ。
今は、それだけ。それだけしか、わからない。
「ノエは、孤独だったんだ。」
ノエを撫でると、ノエは嬉しそうに目を細めた。
「私もね、孤独だったの。スキルを持たない私は、誰からも必要とされない。いつも、置いてけぼり。」
「そんなこと、」
「そんなことない、って言うんでしょ?ユウトは優しいからね。でもね、結局二人とも、私を置いていくじゃない。」
ユウトが、言葉に詰まる。
「置いていかれるのはしょうがないってわかってる。私、無能だし、弱いし。でもね、わかっていても、一人は寂しいんだよ。」
ノエを抱き寄せる。ふわふわ、あたたかい。
「ノエも、私も、孤独だった。だから、一緒にいたい。もう、寂しくなんてならないように。」
ヒカル。ノエ。いっしょ。
うん、一緒にいようね。
ヒカル。ノエ。なかま。
うん、私達は仲間だよ。
ユウトが、今日幾度目かの溜息を吐く。
「お互いに離れる気も、離す気もないってのはわかった。それで、これからどうすんだ?」
これから?そんなの、決まってる。
「冒険者になる。」
「冒険者、か。冒険したい、世界を見たい、って言ってたもんなぁ。」
「…反対しないんだね?」
「だって、もう冒険者になるって決めてるんだろ?反対したって意味ないだろ。それにさ、」
ユウトが指をさした先には、ノエから解放されたエルネストが仰向けに倒れている。
意識が飛んでいるようで、半開きの口からは涎が垂れ、薄っすらと開いた目は白目を向いている。普段は絶対に見ることのできない、間の抜けた顔。思わず、吹き出してしまった。
「あの『魔帝』を倒せるなら、大丈夫だろ。」
楽しげに笑うユウトに釣られ、頬が緩む。
「ヒカルも冒険者かー。俺達もこれから冒険者になるつもりだったし、お互い新米冒険者だな。」
「ギルドに登録してないから、まだ新米ですらないでしょ。冒険者志願者ってところじゃない?」
「それもそうか。…でも、女の子一人と雲一個って、冒険者のパーティとしてどうなんだ?」
言われてみると、随分と可愛らしい絵面だ。冒険者のパーティには見えないだろう。
「…仲間を集める。」
「へえ、どんな?」
「私達と一緒にいたいって思ってくれる[まもの]を、集める。私は『まものつかい』なんだから。」
ノエ本人に言わせるとノエは[まもの]じゃないみたいだし。[まもの]がいない『まものつかい』なんて、剣を持たない剣士と同じだろう。
「あんまり無茶するなよ。[まもの]相手なんて、どんな危険があるかわかったもんじゃないんだからな。」
「わかってるよ。でも、無茶しない冒険者なんて、冒険者とは言えないと思わない?」
「無茶と無謀は別物だぜ?」
「無茶してなんとかなるなら、私は無謀と言われても無茶するよ。」
「無茶する前に、何かあったら頼ってくれよ?」
「自分の事は自分でやるのが冒険者でしょ。」
「それでも、どうにもならない時は、ちゃんと頼れ。」
頭をポンポンと軽く叩かれる。痛くはないのに、妙にあたたかく感じる。
「ユウトはさ、もうノエを倒そうとしないの?」
「少なくとも、今は倒す気ないな。」
「今は、か。」
「ああ、今は、ない。ヒカルと仲良さそうだし、エルも無事だし。ヒカルと一緒にいる分には、当面の脅威はないみたいだし。それに俺とエルが二人がかりでも簡単には倒せない。様子見ってところだな。」
「そっか。仲良くは、できない?」
「俺はまだしも、エルは無理だろうな。」
「確かに。」
怒り狂う破壊神の姿が目に浮かぶ。そして、広場の惨状に目が泳ぐ。地面は抉れ、テーブルだったであろう木片やグラスの破片が散らばっている。
「ごめんなさい。二人の旅立ちの邪魔しちゃった。」
「ほぼ、エルの癇癪のせいだろ。…まあ、癇癪のきっかけはノエなんだろうけどさ。」
ノエは、なあに?というふうに傾いている。
「ごめんね、ユウト。エルにも伝えておいて、ごめんって。」
「ん、わかった。」
「私、行くね。ユウトとエルの旅に、幸運がありますように。」
「ヒカルとノエの旅に、幸運がありますように。」
互いに拳を突き合わせ、笑い合う。
「行こう、ノエ。」
家に帰れば、冒険の準備は出来ている。家への足取りは、とても軽かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます