第四話 私の友達と仲間

「ヒカル!」

 振り返ると、ユウトがこちらに来ていた。勿論、女子達を引き連れて。彼女達の視線が私に突き刺さる。いたいいたい。ぐさぐさとさすのはやめてください。目でころされる。

 角を立てないよう、会釈して彼女達に挨拶をする。向こうも会釈で返してくれるが、やはり視線は冷たい。さむいさむい。やめてくださいこごえてしまいます。

 いつものこととは言え、この女の修羅場には慣れない。

 ユウトは私と彼女達の修羅場の空気に気付きもしない。視線はノエに向けられているようだ。

「なんだこれ?雲…じゃねえな。綿飴に似てるけど、目が付いてるしなあ。」

 ユウトは興味深々といった様子でノエを指でつついた。

「わたあめ?ってなに?」

 私の発音が違っていたのか、ユウトがくすりと笑った。

「綿飴は俺の世界にあったお菓子なんだ。お祭りなんかで売ってて、白くてふわふわした甘い砂糖菓子だよ。こんな風にふわふわ浮かんではいないけどな。」

 へえ、お菓子か。そういえばノエにまものかどうかは聞いたけど、お菓子かどうかは聞いてないな。流石に食べ物だとは思わなかった。

「ノエ、あなたはわたあめなの?」

 ノエは横に揺れる。わたあめではないみたい。…ちょっと食べてみたかったな、わたあめ。

「なあ、ヒカル。結局これ何なんだ?」

 ユウトは訝しげな表情でノエをつんつんと何度もつついている。つつかれてふわり、ふわりと揺れているノエは、どことなく嫌がっているようだ。ユウトのつんつん攻撃から守るため、ノエを胸元に抱き寄せる。

「この子はノエ。私の一番目の仲間。」

 抱きしめたノエはふわふわもこもこ。じんわりと暖かくて、気持ちいい。

「仲間?仲間ってなんの?」

 仲間と聞いて意外だったのか、ユウトが目を見開く。

「ヒカル、お前、まさか冒険者になるつもりじゃないよな?仲間を作るにしたってなんでこんな…」

「黙れ。無能と色ボケカス!」

 重く、全身に粘り着くようなエルネストの殺気が、ユウトの発言を遮った。

 エルネストは漆黒の鎧『魔帝甲冑』を身に纏い、魔法陣が刻まれた自動迎撃兵器『深淵珠』を展開している。

 エルネストの射殺すような視線は、ノエを突き刺している。

 ノエは表情こそ変わらないが、エルネストから視線を離さない。

 まるで獣同士が、互いに飛びかかる間合いを見計らっているようだ。


 殺気立つエルネストは、いつ攻撃してきてもおかしくない。何が破壊神の逆鱗に触れたのだろう。

「エル!今回はなんなの?ちょっと落ち着きなさい!待て!おすわり!」

「落ち着け?待てだ?クソ無能が。おい色情魔、突っ立ってないで町の奴らを避難でもさせろ。死にたい奴は別だ。」

 エルネストはこちらに一瞥もくれず、色情魔、もといユウトに指示を出す。


「あー、はいはい。おーい!みんなー!破壊神降臨だー!焦らず、騒がず、きびきび逃げろー。」


 ユウトは『隔絶障壁』で防壁を展開し、町の人達へ避難を呼び掛ける。

 防壁で遮断された町の人達は、「またいつもの悪い病気が出たか。」「やれやれ、破壊神は旅立ち前でも変わらないか。」なんて苦笑しながら、ゾロゾロと避難を始めた。

 確かに、エルの癇癪はいつものことだ。いつものことのはずなのに、今のエルネストは鬼気迫るものがある。普段と訳が違う。

「なあ、その綿飴がかなりやばいのはわかるんだけど、どれくらい?」

「俺の『金色魔眼』でも見通せない。『偵察光子』をぶつけたが、喰われた。能力の底が見えん。無駄口叩く暇は無い。早く邪魔な奴らを片付けろ。」

 ユウトの言っているわたあめってノエのことだよね?ノエがやばいってどういうこと?

『偵察光子』はさっきノエの周りをクルクルした光のことだよね?喰われたって、ノエが喰べたの?

「ねえ、ノエが何をしたの?難癖つけて喧嘩売ってるならいい加減にしてよ!」

「いい加減にするのはお前だ。能無しブス!その腕に抱いてるのが災厄だとも分からん無能が。」

「エル、町の人達には教会に避難してもらった。結界も貼っといた。それにしても、なぁ?」

 ユウトが困り顔で私を見る。ユウトまで、なんでそんな顔で見るの。

「根本から刃の折れたペーパーナイフより利用価値の無いこいつに、スキルがついてる時点で異常事態だ。それも『まものつかい』。[まもの]を使役するどころか使役されているんだろう。洗脳か、精神汚染もあり得るな。」

 エルネストの視線は、ノエから私へと向けられていた。冷たい目。

「…言いたい放題だね。確かに、私はノエと出会って、ノエのおかげで『まものつかい』のスキルを覚えたよ。でも、ノエは私に何もしてない。使役なんてされてない。私は正気だよ!」

 ノエを強く抱きしめる。ふわふわと、暖かい。大丈夫、だいじょうぶ。ノエと一緒なら大丈夫なんだ。なのに。

「狂人の正気は、狂気だ。何かあってからじゃ遅い。今、一番危ないのはお前なんだ、ヒカル。」

 エルネストが珍しく、優しい声で語りかけてくる。

「俺も、エルに賛成かな。まだ被害はないけど、そいつは放置できないな。ヒカル、俺達を信じてくれ。お前を守りたいんだ。」

 なんで、どうして、わかってくれないの。

「なんなの!私は大丈夫だってば!スキルなんて、『まものつかい』なんて、関係ない!ただ、私は冒険に行きたいだけなの!ノエと一緒に!」

 ノエを抱く手が震える。視界が揺れる。泣くな、今は泣いちゃだめだ。

「しっかりしろ、ヒカル!そいつを早く離せ!俺達を信じろ!」


「信じろ」と言うけど、私のことは信じてくれないの?


 私は、生まれつきスキルを持たない。

 私は、万人に与えられるはずの祝福を与えられなかった。

 私は、世界に愛されなかった。

 私は、世界に嫌われている。

 だめだ、涙が込み上げてくる。抑えられない。

 俯くと、腕の中からノエが見上げていた。

 つぶらな、かわいい瞳。りんごのような愛らしいほっぺ。ふわふわ、もこもこ、暖かな存在。

 私の、仲間。


 ああ、そっか。そうだったのか。

 何もしていないのに嫌われる。

 ノエは、私と同じなんだね。


 大丈夫、私達は仲間だよ。


 ノエに頬を寄せて、抱きしめる。

 ふわふわとした感触は、くすぐったいけど心地いい。

 私には、ノエがいる。

 私は、もう無能じゃない。

 私は『まものつかい』。

 まだ、何も出来ないけれど、

「私は、仲間を守りたい!」

「…言っても無駄、か。ごめんね、ヒカル。

 君のことが大切だからなんだ。」

 ユウトのつぶやきは、よく聞こえなかった。

『破空拳』ユウトが拳を軽く突き出した瞬間、私の体は弾き飛ばされた。

 大きな鉛玉がぶつかってきたような、息も吐けないほどの衝撃。受け身なんてとれない。宙を舞った体は地面に叩きつけられる。

「…ぐっ、あ…、痛っ…!」

 ユウトが、私を、攻撃した。叩きつけられた衝撃のせいか、頭が、ぐるぐる、する。

 腕の中にいたノエが、ふわりと、離れていく。だめ。いっちゃ、だめ。

「奴が離れた!今だ!」

『隔絶障壁』私とノエを隔つように障壁が展開され、『聖剣招来』ユウトの手に剣が握られる。ユウトは、本気でノエを倒す気だ。

『絶技』剣を構えたユウトの体に、光の粒子が集まっていく。だめ、やめて。光の粒子が剣に収束し、ユウトは輝く剣を振り下ろす。

『夢幻斬』無数の光の斬撃が、ノエを襲う。やめて、やめてよ。

 ユウトの攻撃に追随するように、エルの周囲に展開されていた『深淵珠』が無数の光線を発し、ノエを襲う。やめて、おねがい。

  エルネストと視線が合った。

 おねがい、エル。やめて。うまく、声が出せない。でも、エルネストなら伝わるはず。

 私を一瞥すると、彼はその険しい顔を更に歪めた。その後の動きは一瞬だった。

『大魔術』、『無詠唱』、『亜空間』、『核融合』。

  ノエを中心に亜空間を発生させて、空間内での核爆発。


 光。


 音。


 熱。




 死。




 その全てを亜空間が包み込み、収束していく。

 そこにあるのは、亜空間出現のせいで抉れた、地面だけ。

 

 今迄、彼等の戦闘を見ても、何一つ分からなかった。

 スキル名なんて分からなかった。

 今は、彼等が何をしたのか、理解できている。

 理解、できてしまう。


 全てが、信じられない。

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