第三話 『勇者』と『魔帝』

 仲間ができた。これからの冒険を考えると本当に嬉しい。

 でも、冷静に考えると、いきなり現れた謎の生命体を仲間として受け入れていることに違和感がある。

 普段の私が、こんなにあっさりと正体不明の存在を受け入れているだろうか。


 私は『まものつかい』スキルに引っ張られている?


 無能力者だった私には今まで関係なかったけど、スキルの奴隷という言葉がある。

 強いスキルを持つ程、比例してスキルが人格に影響を及ぼす。スキルが行動を決定づける。

 それが、スキルの奴隷だ。

 

 ノエはどこか楽しそうにふわふわ浮いている。くりっと丸い目、りんごみたいなほっぺ、小さな口はパクパク動かしている。愛くるしい表情だ。

 撫でてあげると、もっと撫でて、と言わんばかりに体を擦りつけてくる。

 見た目は完全に雲なのに、ふわふわして、もこもこして、かわいい。


 ノエがふよふよと先に進んで行く。こちらを見て、はやく、はやく、と言ってるみたいだ。

「そうだね。行こうか。」

 日は高く、雲ひとつない青空の下、小さな雲と一緒に町へ向かった。


 町の広場には、住民の殆どが集まっていた。彼等を見送るために沢山の人が集まるとは思っていたけど、まるでお祭り騒ぎだ。長テーブルに沢山の料理が置かれている様子は立食パーティみたい。

 旅立つ主役二人のために、祝福の宴が開かれていた。


 主役二人はすぐに見つかった。

 異世界人のヒノ・ユウト。

 私と同い年の十六歳で、同じ黒髪。二年前に異世界から突然やってきた。

 この町にきた当初は右も左もわからなくて、すぐに涙を浮かべる泣き虫ユウトだったのに、今では見る影もない。

 それもその筈。異世界人である彼は、レアスキル『勇者』を持っていたのだから。

 彼自身の人柄か、スキルの効果か、『勇者』である彼はすぐにこの町の住民に慕われる存在になった。そのためか、彼が一人でいるところを私はほとんど見たことがない。

 なにせ、ユウトが一人だと、必ず女の子が寄ってくるのだから。

 今も、町の女性達がユウトを囲んでいる。


「離゛れ゛だぐな゛い゛ぃぃいぃぃ」

 パン屋の看板娘さんだ。いつもの笑顔はどこへやら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、ユウトの腕にすがるように叫んでいる。ちょっとこわい。

「これ、私の髪の毛を入れたお守りよ。私だと思って持っていってね。」

 私の家のお隣のお姉さんだ。胸元が大きく開いた服を着ていて、豊満な谷間が見えている。あれはユウトに見せている、のかな?

「私もお兄ちゃんの旅についていきたいなぁ」

 今年十歳になる近所の女の子だ。ユウトの腰辺りに抱きついて甘えている。妙に声が艶っぽいのは気のせいだと思う。

「体に気をつけてね。絶対無事に帰ってきてね」

 病気がちであまり外に出れないはずの女の子が、涙ぐみながらユウトの左手を掴んでいる。ユウトの指に指輪をはめようとしているようにも見えるけど、きっと見間違いだね。

 当のユウトはといえば、あれだけ女の子達に迫られているにも関わらず、いつも通りだ。女の子達のアピールに一切、気付かない。

 腕にすがる女の子には「鼻水つけないでくれよー?」などと笑いながら軽口を。

 豊満な胸のお姉さんには「この世界のお守りって髪の毛を入れるのか。俺のところはお札だったんだよ。」とお守りに興味が向いてしまったよう

 谷間には目もくれず。

 腰に抱きつく女の子には「まだ子供なんだから旅なんて無理だよ。」と窘める。

 ユウトの指に指輪をはめようとしていた女の子には「心配いらないって、俺なら大丈夫!」と左拳を突き上げてみせていた。

 あ、あのキラリと落ちたのは指輪かな。人混みの中へと転がっていったようだ。


 ユウトはすごいなあ。

 ここまでくると『鈍感』とか『恋愛無効』とかのスキルを持っているのかと思えてしまう。そんなスキルがあるのか知らないけど。

 ユウトの周りにはまだまだ沢山の女の子が集まっていて近寄れそうもない。もう一人の主役の方へ先に向かおう。


 転生者、エルネスト・フーリエは、私の幼なじみだ。

 年齢も同じ16歳だけど、彼はもう三回も転生していて、今回で四回目の人生を送っているそうだ。その割には落ち着きのかけらもないけれど。

 輝くような長い金髪、切れ長で理知的な目、端正な顔立ちの彼の周りは、ユウトとは対照的に人はまばらだった。それもそうだろう、彼は口を開けば暴言を吐き、世界を呪う。暴言だけで済めばまだいい方で、終いには物に当たって壊してしまう。

 破壊神エルが彼のあだ名だ。

 そういえば、町の広場にあった彫像を消し飛ばしたのはエルだったなあ。消し飛ばした理由は覚えていないけど、町長さんがさめざめと泣いていたのは覚えてる。まあ、彫像が無くなって広場はスッキリしたと思う。

 そんな彼だが、異世界から来たユウトの世話は彼が率先していた。

 口は悪いが面倒見がいい性格、なんてものではない。断じてない。

 昔から彼は孤立していた。

 レアスキル『魔帝』による卓越した魔法技能によるものか、彼は自分以外の人間を悉く見下していた。この世界での両親のことすら気にした様子がないのは、前世の記憶がある転生者だからというだけではないのだろう。

 彼にとって自分以外の人間は道端の石ころ程度の価値しかなかった。まあ、無能力者の私には昔からちょっかいを出してきたけれど、変わった形の石ころで遊ぶ程度の認識だったのだろう。それ以外は人付き合いがまるでなかった。

 彼は対等に付き合える、価値ある人間を求めていたのだろう。

 それが『勇者』ユウトだった。

 ユウトが来てからはエルネストと私で大体三人一緒にいた。

 彼等が起こす騒動に巻き込まれたり、巻き込んだりした事もある。今となってはどれも笑い話だ。


 エルネストは心ここにあらずと、どこか虚ろな目を空中に向け、祝意を示す町長さん相手に気の無い返事をしていた。

  だが、私が近づくと目に生気が宿り、口を開いた。

「お前にしては随分遅い到着だな。無能過ぎて石に躓いて死んだかと思ったぞ。」

  悪そうな笑みを浮かべ、エルネストはいつも通りの悪態を吐く。流石に石に躓いた程度では死なないよ。たぶん。

「おい、無能。なんだそれは。」

 怪訝な顔をしたエルネストの視線は私の肩に乗ったノエに向けられていた。

 周りを興味深そうにきょろきょろ見回していたノエが、なぁに?とエルを見返す。

 エルネストは怪訝な顔のまま、じっとノエを観察しだした。確かにノエは雲みたいな不思議生物だけど、町長さんを無視してまで観察することもないだろうに。

「町長さん、ご機嫌よう。いつもエルのお相手お疲れ様です。」

 エルネストにないがしろにされた町長さんへ声をかけると、「いつものことだよ。」と言わんばかりに肩を竦めて町長さんは去っていった。

 まだノエの観察を続けている様子の人格破綻者に向き直ると、視線があったので答えてやる。

「おはようエル。この子はノエ。さっき見つけた私の仲間。かわいいでしょ。」

 にっこりと笑って答えてあげたのに、エルネストの眉間の皺は深まった。

 すっ、とエルネストが手を動かすと、指先から光が飛んだ。光はノエの周りをクルクルと回ったかと思うと音もなく消えてしまった。


『偵察光子』

 スキル名が頭に浮かぶ。


 なにこれ?少なくとも挨拶ではなさそうだ。それにスキル名が、頭に浮かぶなんて初めてだ。

「エル、あんた挨拶くらいまともに出来ないの?これからギルドに行っても、挨拶もろくに出来ない礼儀知らずなひねくれ者なんて誰も相手にしてくれないよ。あんたは黙って、愛想笑いを顔に貼りつけて、やっと一般人になれるかな?ってくらい人格破綻してるんだから。」

 私の売り言葉にも反応せず、エルネストは黙り込んでノエを見つめている。

 なんなんだ、こいつ。私のノエをもふもふしたいのだろうか。させないけど。

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