グラデーションの旅路 ②

「あ……。あの雲、見たことあるかも……!」


 遠くにバイパスが見える、田畑に囲まれた景色の中で、一刻は、誰が聞くでもない大きな声を上げた。

 ふと振り返って目にした、空。

 それは、一刻が歩いてきた真っすぐな道路をちょうど境にして、二色に分かれていた。


 道の左側は、ちぎれ雲がわずかに散った青い空。

 右側は、地平線の近くから空高くまでそびえる大きな雲。

 青と白の境界線は、でこぼこと歪に、空を途中まで斜めに切り分けている。

 その境界線のすぐそばに、太陽が見えていた。


「やっぱりだ。この道は、前に通ったことがある……」


 まだ、母と二人でいた頃に。


 一刻は記憶を手繰りながら、再び足を進める。

 時間の止まった世界で生まれた一刻にとっては、街並みや、山や川といった地形だけでなく、空の雲もまた、目印となる景色の一つだった。


「そうだ……思い出してきたぞ。確か、この辺りに……」


 呟いて、一刻は、気持ち急ぎ足になる。

 その歩みに合わせて、粒チョコレートの筒を振る。

 もう何十本目になるかわからない、紙筒入りの粒チョコレート。

 これも、もう長い間持ち歩いているから、もはや最初の頃のような音は立てなくなっている。


 たまに車道にある車とすれ違いつつ、田畑の中の道路を進んでいくと、やがて、道沿いにぽつんと一軒のコンビニが現れた。

 それを見て、一刻はホッとした。

 やはり、記憶は間違っていなかったようだ。


 コンビニの駐車場から車道へ半分はみ出した、一台の自動車。

 一刻はその窓の中を、通り過ぎざま覗き込んだ。

 車の中には、家族とおぼしき四人の人が乗っている。

 二人の大人と、二人の子ども。

 後部座席に座る子どもたちは、それぞれの手に、いくらか齧り跡のあるフライドチキンを持っている。


「そうそう。昔、母さんとここに寄ったとき、この子たちが食べてるの見て、俺もコンビニのフライドチキン、食べたくなったんだ……」


 心なしか、あのときよりも、窓を覗く目線が少し高くなったようである。

 以前ここに寄ったときから、自分はどのくらい背が伸びたのだろう。


 一刻は、ほどよく開いているガラスの壁の隙間から、コンビニの店内へと入った。

 こういう店の入口にあるガラスの壁が、本当は自動ドアという名前であることは知っていたが、一刻にとって、その名称はどうもピンとこない。

 自動で動くものなんて、この世界には、何一つありはしないのだから。

 ――自分の心臓や、ほかいくつかの臓器を除いては。


「フライドチキン……あのとき、すごく食べたかったのに。このコンビニには、一つもなかったんだよな」


 それで仕方なく、代わりにアメリカンドッグを食べたのだ。

 それが思いのほか、すごくおいしかった。

 母といっしょに食べたアメリカンドッグ。

 あのときから、アメリカンドッグは、一刻の新たな好物となった。


「また、食べたいなあ。……でも、このコンビニには、もう」


 レジ横にあるケースの中には、フライドチキンだけでなく、アメリカンドッグも一つもない。

 以前寄ったとき、ケースの中に一本だけあった最後のアメリカンドッグを、母といっしょに食べてしまったから。

 当然、もう残っているわけがないのだ。


 一刻はアメリカンドッグの代わりに、今度はハッシュドポテトを一枚、ケースから取り出した。

 それから、ポテトはとりあえずケースの前に浮かべておいて、一通り店内を回り、必要なものを物色する。

 ちょうど手持ちの食料が尽きようとしていた矢先だった。

 良いタイミングで店があったものだ。

 ハッシュドポテト、ペットボトルのミネラルウォーター、パン、おにぎり、紙筒入りの粒チョコレート。――それらをビニール袋に入れて、一刻は店を出た。

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