一方、暗転
──エマは、昔から分かりやすいやつだった。
幼馴染みの俺にとってあいつの感情を読み取ることは朝飯前だった。その上、俺はあいつの変化に人一倍敏感だ。だから、すぐに分かった。
──あいつが、熱が籠もった目で誰を見るようになったのか、なんて。
そんなエマを見ていると腸を誰かに弄られているような気持ち悪さを感じるので、それらしい事を吐いてパンデモニウムを出る。ケルベロスに迷宮の案内をしてもらい、地上へ出たのだ。久々の地上は、非常に眩しかった。
「きゅん!!」
「! エルピスか……。エマはいないぞ。多分まだ出てこないぜ」
エルピスは俺達が冥界から戻ってきたと思ったのだろう。しかし地上を出たのは俺だけ。そのままエルピスの頭を一撫でしてから、俺はその場を去った。エルピスに構う余裕もなかった。身内がいない静かな所へ逃げたかった。
結局俺が羽を休ませたのは冥界の入り口から一番近い森。木の実を囓り、見つけた獣を狩って貪った。食欲が落ち着けば平らな岩に寝そべって、ただただ空を眺める。俺の頭の中で、エマが俺に笑いかける。盛大に舌打ちをしてやった。
「もうお前は、俺を見ていないだろうが……」
俺は将来、エマと番になれるんだと今まで信じて疑わなかった。だってあいつの傍にいる雄なんて俺くらいしかいなかったからだ。俺が一番あいつの事を理解しているし、愛している。それなのに、どうして……。
──あいつさえ、ノブナガさえ、いなければ。
己の醜い感情に気づきたくなかった。髪を乱暴に掻きむしる。その時だ。
「分かるよ。君の気持ち」
「っ、!!」
すかさず羽を広げた。竜化して、素速くその岩を蹴りつけ、空へ。声の主は俺が寝そべっていた岩のすぐ傍に経っていた。深緑色の髪で片目を隠している男。俺の勘が、こいつには近づくなと叫んでいる。
「誰だてめぇ!!」
「僕はルシファー。その名前はよく知っているはずだよ」
「!?」
ルシファー。知っているも何も、それは今回の騒動の原因そのものではないか。それに間接的ではあるが、エマとノブナガを引き合わせた張本人とも言える。俺はその細い身体を引き裂いてやろうと指に力を入れた。
「リュカ、だったっけ? エマちゃんの幼馴染だってね。つかぬことを聞くんだけど、ここにベルゼブブっていう蜘蛛の悪魔いなかった? エマちゃんが王族だって気付いた瞬間、僕の城を飛び出しちゃってさ」
「僕の、城だと? ふざけるな! あそこは、エマの城だっ! てめぇがルシファーなら、今ここで俺がてめぇを切り裂けば、エマは意味の分からん運命から解放されるってことだよなぁ……?」
口では威勢がいいものの、俺の全身は震えていた。そんな俺に気付いているのか、ルシファーは余裕綽々だ。にっこりと多くの女の頬を赤くさせそうな笑みを浮かべる。
「ベルゼブブはもういいや。あいつは用済みだし。あいつよりも優秀そうな素材がここにあるしね」
「!? 素材……?」
「うん。素材。勿論君の事だよ。君は素晴らしい悪魔になれる。その身体の内側から漏れているドロッドロした悪意は実に僕好みだ」
「悪意だと? てめぇへの殺意の間違いだろ?」
「あはは。──自分でも気づいてるくせに」
身体がさらに震える。怯えて空も飛べなくなり、ゆっくり地に落ちた。どうしてか、心臓がやけに騒がしかった。霧が、辺りに漂い始める。まるで、俺を誘っているかのような手に見えた。
──ノブナガを、殺してしまエ。
──いや、エマをトジこめればいい。俺シカ見えないように。
──そうだ、テはいくらでもアル。悪魔のテを、借りれば。
「やめろ、やめてくれ……」
気付けば俺は、地面に額を擦りつけていた。息苦しかった。ルシファーの足音が近づいてくる。
逃げなければ。
そう思ったが、身体は逆のことをする!!
ルシファーに手を伸ばそうとする、右手。
慌てて左手でそれを抑える。
「我慢しない方がいい。君が可哀想だ」
「っ、あ、あぁ……」
ルシファーが俺の右手を掴み、自分の胸に当てた。俺はすぐにその手を払う。エマの大切なものをぐちゃぐちゃにしたこいつに気を許してはいけないと、必死に心の中で叫び続けた。
しかし。
「……君は優しいんだね。本当にエマちゃんの事が好きなんだ」
「っ、」
「でも、エマちゃんはどうなんだろうね。今、何してるんだろう?」
「!?」
ルシファーが俺の額に手を宛がう。すると、頭の中に──エマとノブナガが、抱き合っている映像がはっきりと映し出されたのだ。
──知らない。
──そんなエマの幸せそうな顔、俺は知らない。
「大丈夫、大丈夫。僕が君の欲しいものを与えよう。もう君は苦しまなくていい。君に都合のいい……優しい世界が君を待っているんだ。ほら、僕に身を委ねて。大好きなエマちゃんも、すぐにそっちに行くから……」
「……。……エマ……」
──悪い、エマ。
──俺、お前が誰かと幸せになるのを見守ってやれるほど、強くなかった。
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