進展
「よくやったな」
ミカ君の頭に軽く拳骨を落とした時、そんな重々しい声色が降ってきた。
私は突然現れた声の主である男の人にポカンとするしかない。
この人は──?
「大天使ガブリエルだよ。無口で不愛想なのがこいつの愛嬌なのさ!」
ミカ君が男の人……ガブリエル様の肩に乗ってそのこけた頬をペチペチ叩く。
ガブリエル様はそんなミカ君にも表情を変えないまま、ミカ君を両手で持ちあげる。
「それにしても
「ふふん! 旅には癒しが必要だろ? この愛らしいモフモフで僕はエマ達のピンチを救ったのさ!」
「なるほど。流石、友だな」
私はノブナガ君に「そうだったっけ?」とこっそり尋ねると、彼は苦笑していた。
ガブリエル様とミカエル様はどうやら仲がいいらしい。
「──さて、友との再会を喜ぶのはまた後でにして、今は可憐な勇者に祝福を贈らねばな」
その時、ガブリエル様の表情が少しだけ木漏れ日のように柔らかいものになる。ゆっくりとその手が私の手を握り、ガブリエル様は騎士のように膝をついた。そして、彼の唇が軽く私の手の甲に当たる。私はそこかた全身に熱が伝わってくるのを感じた。
「友の危機的状態、先の見えない暗闇、背後の魔獣……絶対的絶望の中で身体の限界まで進み続けた君は吾輩の加護を受けるのにふさわしい勇者であると認めよう。今後ともミカエル、ラファエル共によろしく頼む」
「ガブリエル様……! ありがとうございます!」
「やったねエマちゃん! 二つ目の試練クリア! 次の試練を乗り越えたら、ついに最終決戦だ!」
「ぎゃーう!」
エルピスが嬉しそうに私の頬を舐めた。私はそこでふと気づく。
……そういえばどうしてここにエルピスがいるんだろう。地上で待っているはずでは? リュカは一緒じゃないの?
私は独りで修行をしたいと言って地上に出ていったリュカの事を思い出す。リュカはついでにエルピスの様子も見に行くと言っていた。リュカに会わなかったのかとエルピスに尋ねれば、エルピスは「入り口から出てきたけどすぐにどこかへ行ったよ。だから寂しかった!」とジェスチャーをした。
するとその時、おばあちゃんの怒りの声が響く。
「ちょっとハーデス! それにガブリエル様も! 加護を与えるのはいいですが、どうして“今”なのですか! もう少しで私の可愛い孫が初恋を実らせる甘い瞬間を見届けることができたのに!」
「す、すまないペルセネ……そ、そんな状況だとは知らずに……。冥界の入り口でドラゴンの子供が寂しそうに鳴いているものだから早くエマちゃんに会わせてあげたかったんだ」
おばあちゃんと共に現れたのは死人のように真っ白は肌に蜘蛛の巣そっくりの長髪が特徴の男の人。その人は私を見るなり、はにかんだ。私も一応お辞儀をする。
「初めましてエマちゃん。僕はこの冥界を治める神、ハーデス。そして今は、その……」
「──私の大切な旦那よ、エマ」
「!? お、おい……いいのか?」
おばあちゃんがハーデス様の腕を自分の腕に絡めてウインクをした。ハーデス様は私の顔色を窺っているようだ。私はヘリオスおじいちゃんの孫だから気を遣ってくれているのかもしれない。しかしおばあちゃんが幸せそうにこの冥界で暮らせているのなら、私は特に気にしない。まぁ、ヘリオスおじいちゃんの方はペルセネおばあちゃんに未練タラタラって感じだったけど……。大人の事情には知らないフリをしよう。
「初めましてハーデス様。私はおばあちゃんが幸せならそれでいいですよ。エルピスを冥界に入れてくださり、ありがとうございます」
「ぎゃう!」
エルピスと同じタイミングで頭を下げて、にっこり微笑む。ハーデス様はどこか安堵したように胸を撫で下ろしていた。その様子から、彼の人柄がいいことが読み取れる。
おばあちゃんはやけにニコニコしながら、ハーデス様の腕と絡めている腕の反対でガブリエル様を掴んだ。
「ほら、加護はもう授けたんでしょう? ドラゴンちゃんもエマちゃんに会えたし、これで二人に用事はないわね? ではガブリエル様、せっかくですしお城で一杯どうですか? ハーデス、貴方も働き過ぎよ。少しは休みなさいな。……そちらの腕輪の悪魔さんはいかがします?」
おばあちゃんの質問にノブナガ君の腕輪から師匠が現れる。師匠はどこか気まずそうに見えた。こんな借りてきた猫みたいな師匠は初めて見たかもしれない。
「……ぜひご一緒させていただきたい。こいつらの雰囲気には砂糖を吐きそうだったので。リュカには修行を断られたので暇で暇で」
師匠が私とノブナガ君の頭に両手を置いて、からかうようにそう言った。私達は顔を見合わせて、急いで逸らす。何やら生暖かい視線が私達に集中していることに気づいた。
……え、何この感じ!? なんで皆、私達を見て微笑ましそうにしているの!? ガブリエル様まで微笑んでるし! 不愛想無口のキャッチフレーズはどこにいったの!?
「おほほ。ドラゴンちゃんもお城でご飯を食べなさいな。じゃあ、後は若いお二人で……ね?」
「ぎゃうー!」
「ちょ、ちょっとおばあちゃん! エルピス!」
おばあちゃんの一声で皆がゾロゾロお城の方へ去っていく。エルピスが短い手を使って「上手くやれよ」と言いたげに私にウインクをした。
私は突然の展開にノブナガ君の顔を見れなかった。ただ俯いて、胸の前で両手を握りあう。しばらく黙っていると、ノブナガ君が自分の両頬を思い切り叩いたので驚いた。
「え!? ノブナガ君!?」
「驚かせてごめん。自分に喝入れてた。女の子に先に言われちゃうなんて情けないなって」
「え……」
ノブナガ君が私の握りしめていた両手を自分のソレで包み込む。息を呑んだ。
「──さっきの返事を今、言わせて。俺は、その、お、俺は……いや……俺も、君が好きだ。エマちゃんが、大好きだ! その綺麗な金色の髪も、宝石みたいな瞳も、無邪気な笑顔も、勇敢さも、素直さも……あとは──」
「ちょっと待って! 凄く恥ずかしい!」
私は慌ててノブナガ君の口を塞ぐ。ノブナガ君はへにゃりと顔を綻ばせると、ゆっくり、力強く私を抱きしめた。ノブナガ君の匂いが、温もりが、私の全身に広がる。
「ごめん、嬉しくて我慢できないや。……もう少し、このままエマちゃんを噛みしめてもいいかな」
「あぅ……。う、うん。私も、このままで……いいや……」
わ、私の馬鹿! このまま「で」いいって何様のつもり!? このまま「が」いい、でしょ! 可愛くないなぁ!
そう思いつつも抱きしめられながら彼に後頭部を撫でられれば、その心地よさに身体の力が抜けて何も考えられなくなる。
私達はしばらくそうして、お互いの体温を分け合っていた。
──今、この瞬間、地上でリュカがどうなっているかも知らずに。
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