告げる

「え、どういうこと!? 置いていかれた!?」

「多分。骸骨さんいなくなっちゃった」

「そ、そんな……。ごめんエマちゃん。はぐれないように手を握ってもいい?」


 ノブナガ君の手がゆっくり私の手に重なる。そこからじんわりと熱が伝う感覚は癖になりそうだった。私は息を呑む。心臓の音が身体中に響いていた。


「嫌だったら言ってね」

「……嫌じゃ、ないよ」

「! そ、そっか」


 嫌なわけがない。好きな人に手を握られて、嫌な女の子がいるはずないじゃん。むしろ、この時間が続けばいいのに、なんて。

 とりあえず私は暗闇を照らす為に光魔法を唱える。そうすると、私の光魔法から光を吸い取ったように周囲が輝きだした。私は目を見開く。上にも、下にも右にも左にも、星空が広がった。頭上には一際大きなマナ鉱石があって、まるで月のように見える。

 そんな周囲に見とれてしまったところで、私は膝の裏に何かが当たった。どうやら感触からして、二人分が座れる程の丸みを帯びた岩があるらしい。ここに座って話せということだろうか。


「ノブナガ君。せっかくだししばらくここにいない? ほら、ここ座れるよ」

「うん。エマちゃんがいいなら、勿論」


 岩は思っていたよりも小さくて、ノブナガ君の右腕と私の左腕がピッタリくっつく。呼吸する度に腕が擦れて、そこに集中してしまう。


「……なんだか、懐かしいな」

「懐かしい?」

「うん。故郷にいた時はよく満月の日に家を抜け出して、鎌鼬と星を眺めていたからさ。あ、鎌鼬っていうのは俺の親友の名前!」

「カマイタチ。面白い名前だね。どんな子なの?」


 そう尋ねると、ノブナガ君は嬉しそうにそのカマイタチ君について話してくれた。白くて、ちょっと悪戯っ子な兄的存在。他にもカッパ君やヌリカベ君というお友達についても話してくれた。声色や表情から、ノブナガ君がどれだけそのお友達らの事を好きか伝わってくる。


「私もヒノクニに行って、そのカマイタチ君達に会いたいな」

「勿論! 俺もじっちゃんや皆にエマちゃんを紹介したい! あ、でも鎌鼬に紹介するのはちょっと迷うなぁ。だってあいつ可愛い女の子大好きだからさ。すぐエマちゃんを口説くに決まってる! そんなの妬けるし……って、」


 ノブナガ君の言葉がそこで途切れる。私は両膝を見つめることしかできない。


「あ、あはは……ご、ごめん。変なこと言っちゃったね。妬けるとか、なんとか……あはは」

「う、ううん。き、気にしてないから」


 いやいやいやめっちゃ気にしてる! どういう意味なのノブナガ君! 私が口説かれたら妬けるって、今はそういう意味にしか聞こえてこないんだけど!? い、いや恋は盲目って聞くし、私の考えすぎかも……。ああもう、頭が真っ白!? な、何か話題を変えないと!


「そ、そういえばここ、ラーツァの森の洞窟にも似てるかも。あそこもマナ鉱石が綺麗だったし。ほら、ノブナガ君に助けてもらった後に隠れた場所!」

「! あ、そ、そうだね……。エマちゃんよくあんな隠れ家見つけたね」

「うん。国がルシファーに乗っ取られる前にママに教えてもらってたんだ。パパとママが恋人になって初めてデートした場所で、プロポーズもあそこだったんだって!」

「で、デート……!?」


 ノブナガ君の戸惑う声を聞いて、私もハッとなる。気付いてしまったのだ。


 ──もしかして今のこれが、デートなのではないだろうか、と!


 恐る恐るノブナガ君を見ると、ノブナガ君も私の方を見ていた。つまり、視線がバッチリ重なってしまい──同じタイミングで、顔を背ける。膝の上で重なる両手をまじまじと見つめるだけの時間がまた訪れた。

 も、もも、もしかして今が告白するチャンスなのではないだろうか。痛いくらいに右手を左手で握りしめる。目を瞑って、自分を鼓舞するように呼吸を整えると大分落ち着いた。

 

 ……大丈夫。結果はどうであれ、ノブナガ君は私の想いをちゃんと受け止めてくれる。

 後悔は絶対にしたくない。なら、今が想いを伝える時よ、エマ・バレンティア!

 

「──ノブナガ君!」

「!? え、ど、どうしたの!?」


 勢いよく私はノブナガ君の手を握る。そうして彼を真っ直ぐ見上げた。

 もう、どうにでもなれ!!!


「私、ノブナガ君のことが──!!」




 ──その時、だった。




「ぎゃぅうううううううううううううう!!」

「エマー! ここにいるのかーい!?」


 私の「好き」の二文字は洞窟の入り口から聞こえる咆哮と陽気な声に吹き飛ばされる。

 咆哮の方はエルピス。声の方はミカ君だろう。

 私は思わず前方にズッコけてしまった。ノブナガ君が慌てて私に手を伸ばす。


「え、エマちゃん大丈夫!?」

「う、うぅ……うん、大丈夫……」


 これは完全にタイミングを逃した。だ、台無しだぁ……。

 ノブナガ君、絶対今の聞こえてなかったよね? もう一度言うべき? でも外野がうるさいし……。 


 ……。……。……はぁ、今日はもういいか。


 私は項垂れて、ため息を吐いた。


「うぅ……。の、ノブナガ君、とりあえず入り口の方に行こっか……」

「……。……うん。了解。じゃあ──」




 ──後で、俺の気持ちもちゃんと伝えるから。待ってて。

 



 私は両眉を吊り上げた。慌ててノブナガ君を見たけれど、彼は私の手を優しく握って先に進む。顔は見えなかった。私はわなわな震える。


 ……き、ききき、きき、聞こえてたぁ!? 嘘ぉ!?


 そのまま唖然として握られた手の感触を味わっていると、じんわり、涙が瞳に滲んだ。


 ──ねぇ、ノブナガ君。私、恋とかよく分からないんだけどさ。

 ──来た時より強く握ってくれるこの手に、ちょっとは期待していいのかな。


 洞窟から出た時、私は涙目だったことと顔が真っ赤であることをミカ君に指摘された。

 照れ隠しと邪魔したお仕置きにミカ君に拳骨を落としたのはそのすぐ後のことだ──。

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