迷い込んだ悪魔
リュカが消えた。
そうハーデス様に聞かされた時、私の頭は真っ白になった。
ハーデス様によると、リュカが地上へ出た時、念のためにとその気配を追ってくれていたらしい。そのおかげでリュカの気配が突然煙のように消えてしまったのが分かったというわけだ。しかしリュカの行方の手がかりが全くないわけではない。リュカの気配が消えたと同時に別の邪悪な気配が一瞬だけ顔を出したという。その邪悪な気配というのは勿論ルシファーのことだ。
それは、つまり──。
「リュカが、ルシファーに攫われたんだね」
私がそう言うなり、ハーデス様の顔が歪んだ。申し訳なさそうに、頭を下げてくる。
「すまないエマちゃん。僕が見逃してしまったから……」
「何を言ってるんですかハーデス様! ハーデス様には感謝してもしつくせないです。リュカのことを守っていてくれただなんて」
出会った時から思ったけれど、ハーデス様ってどこか神様らしくない。普通、神様がこうしてたかが人間の小娘の私に謝ると思う? きっとおばあちゃんはハーデス様のこういうところに惹かれたんだろう。
私は席を立った。実は今は夕食前で、おばあちゃんが張り切って作ってくれた夕食達が私の前に並べられたばかりである。私は一口だけ目の前のレーズンパンを齧ると、おばあちゃんを見る。おばあちゃんは悲しそうに眉を下げていた。いつもハキハキして強気な彼女とは思えない表情だ。
「……、……行っちゃうのね」
「うん。リュカを助けに行かないと。リュカは私の大事な兄貴分だから」
「勿論俺も行くよ。彼は俺の仲間だ」
ノブナガ君がしっかりと頷いて私と共に立ち上がってくれる。エルピスも「僕も行く!」と力強く鳴いた。するとここで、ノブナガ君の黄金琥珀の腕輪が輝く。
「──、一応言っておくが、これは罠だぞ」
腕輪から現れた師匠が腕を組み、神妙な顔つきで私を探るように見てきた。
「ルシファーは風の勇者シルフの死体を化けの皮として利用している。だからハーデス様の魔力感知も誤魔化せたんだろう。ヤツは世界一の悪人探知機であるクーシーの鼻でさえ騙したこともあるからな。そんなヤツが足跡を残すこと自体おかしい。お前をシュトラールに誘き寄せたいんだろうよ」
「……うん。分かってる」
それでも行きたい。そう言うと、師匠は微かに微笑む。
──しかし、その時だ。突然、このパンデモニウムの大広間に
「迷宮に邪悪な者が迷い込んできたみたいだね」
「! それってまさか!」
「いや、ルシファーじゃない。骸骨が言うに、大蜘蛛のような容姿の悪魔のようだ。心当たりは?」
「大蜘蛛……」
私は嫌な記憶を思い出す。ハーデス様のいうそれはシュトラール城で突然私を追いかけてきたあの大蜘蛛の悪魔だと分かったのだ。
「同じ悪魔の俺が察するに、そいつの名前はおそらく悪魔ベルゼブブだな。ルシファーの暴食という罪の部分を切り取った分身体だ」
「暴食の罪? 切り取る? ……師匠、それってどういうこと?」
「あー……、ものすごく簡単に言うとだな……大天使達を従えている神様が勇気、希望、愛とか人間のいいところの集まりだとすると対して悪魔ルシファーは人間の悪いところの集まりみたいなもんなんだよ。人間の悪いところにも色々あるだろ? その内の一つが暴食。必要以上に食べ過ぎてしまうこと」
「?? ちょっと待ってよアモン。必要以上に食べ過ぎるなんて、それはそんなに悪いことなの?」
「お前らの感覚ではそうかもしれないが、悪魔ベルゼブブに至っては違う。悪魔ベルゼブブは腹が減って腹が減ってどうしようもなくなって、周りの食物を喰いつくしたばかりか己にとって大切なものまでも喰ってしまった人間の魂の集合体だ」
己にとって大切なもの? 食べ物は食べつくしているから、食べ物じゃないもので、大切なもの……?
よく分からないと首を傾げると、師匠が私の頬を軽く摘まんでくる。
「……お前の頬は喰ったらさぞかしいい
「?? 師匠? 今そんな事言ってる場合じゃ……。……っ、!!」
師匠が「分かったか」と肩を竦める。私はゆっくり頷いた。
自分の大切なもの。この場合はきっと友達とか家族とか、そういう
──でも、そうでもしないとお腹が満たされない状況って一体?
私はふと以前戦った悪魔ベルフェゴールを思い出した。彼も悪魔だったものの、死に際に見せた彼の想いはどうにも悪と一括りにはできないものがあるように感じたのだ。
……。
……、……。
……どうにもベルゼブブが気になる。
「ハーデス様。ベルゼブブは今どこに?」
「彼はどうもケルベロスの迷宮でトリカブトを大量に貪ったらしくてね。きっと今頃その毒で苦しんでいるところだろうさ。ところでどうしてそんなことを?」
「……ここを出る前に、ベルゼブブに会いに行ってもかまいませんか?」
私がそう我儘を言うと、ハーデス様はやはり唖然として口をあんぐり開かせたのだった……。
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