ぜつぼう
ケルベロスの間を抜けて、私はノブナガ君達が入っていった道へ身体を滑り込ませた。急がないと、林檎を食べ終えたケルベロスがこちらを追ってくるかもしれない。私は光度控えめな光魔法の光球を手のひらに浮かべ、先を急ぐ。しかし不思議なことに、リュカもノブナガ君も師匠も見当たらなかった。
「みんなー? おーい」
小声で皆を呼ぶが、返事はない。この世界に私だけが取り残されたような気分になった。もしかしたら先に行ってしまったんだろうか。そう思った矢先──。
「わっ」
何かに引っ掛かって、横転する。しかし想像していた石の固さが私の顔に襲ってくることはなかった。何かが私の下敷きになってくれたのだ。私は恐る恐る自分の胸の方に目を向ける。そうすると、私の胸に押しつぶされているノブナガ君の顔が見えた。
俊敏にノブナガ君から離れる。心臓がバクバクとジョギングをしていた。舌が絡まる。
「ご、ごごごごごごめんノブナガ君! わ、私の粗末なものを押しつけちゃって!」
「…………、」
「いや、わ、わざとじゃなくてさ! ノブナガ君の胸板思ったより固いな~とかも思ってないし全然、なんかちょっと私がノブナガ君を押し倒したみたい感じのシチュエーションにドキドキしたわけでもなんでもないですわよ!?!?」
あまりの動揺に変な言葉を口走ってしまう私。しかし、やはり返事はない。
私はその時やっと異変に気づいた。ノブナガ君の傍らでリュカも倒れていたのだ。
「リュカ!? え、え、二人ともどうしたの!?」
私の声だけが洞窟に反芻する。返事がない恐怖が私の皮膚を容赦なく擽ってきた。すぐにリュカの上半身を持ち上げ、私の膝を滑り込まる。そのままリュカの頬に触れたけど……。
「リュカ、リュカぁ!! 目を覚まして!」
……どうしてこんなことに?
私は呼吸のペースが早くなるのを感じた。すぐにノブナガ君の首元にも触れる。鼻の奥から何かがこみ上げて、瞳に届いた。
「──どうして、二人ともこんなに冷たいの……?」
そう。指先に触れた二人の皮膚は生者とは思えないほど冷たかった。皮膚が白い。呼吸は微かにだが、あった。ひとまず私はそれに安堵したが、瞳から溢れる不安は止まらない。
一体この短時間で何が起こってしまったのだろう。師匠の姿も見当たらない。ノブナガ君の腕輪に触れても反応がなかった。
つまり今の私は完全に独りというわけだ。そう実感した途端、身体の震えが止まらなくなった。独りがこんなに怖いことだとは思わなかった。
「どう、なってるのよ……」
ついそう呟いてしまう。怖い。周りに佇む暗闇が怖い。今にも怪物が顔を覗かせそうな暗闇が。正常な呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
するとそこで。
通路の向こうから、獣の咆哮が私を絶望に沈ませる。おそらくケルベロスだ。林檎を食べ終わってこちらに向かっているんだ!
私は考えるより先に身体が動いた。二人の首根っこをひっつかんで、足に身体強化魔法を施し、道を駆ける。光球が私の頭上に固定され、ついてきてくれた。それが唯一の救いだった。
通路は一本道ではなく、右に曲がったり左に曲がったりを適当に繰り返す。どうか通行止めではありませんようにと願うことしかできなかった。リュカのように辿った道に印をつける余裕もない。足を止めようとすれば、すぐにあの獣の咆哮が私を襲ってくるのだから。
右、左、左、右、左、右、左、左、右、右……。
ノブナガ君とリュカを引きずりながら、私は進んでいく。
左、右、右、右、真っ直ぐ、左、真っ直ぐ、右、左、右、左……。
……どれくらい、進んだのだろうか。
右、右、右、右、左、左、左、左……。
もう曲がる際に感じる遠心力さえ憎らしい。この先はずっと真っ直ぐ進もう。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ──……。
──次第に、魔力切れで私の光魔法は、救いは消えた。
暗闇の中、ただただ己の力のみで進むしかなかった。
ズルズル、ズルズル。ノブナガ君とリュカの体重が容赦なく私の腕を痛めつけてくる。
ペタ、ペタ、ペタ……。くつが破れて使い物にならなくなったのではだしで進んだ。
ぐぅぐぅぐぅ。お腹のむしが、私のくうふくを周囲に知らせる。
ズキズキズキ。腕がちぎれてしまうのではないかとうたがうほど痛くなっていく。あしの裏の皮がすべてはがれてしまったのではないかというくらいにひめいを上げていた。
そうして、わたしがすこしのきゅうけいをとあしをとめれば。
ぐるるるる。けるべろすのげきれいがきこえてくる。やすめない。
めいろは、おわらない。ひかりが、ない。ひかりがさきにみえない。
ここはいったいどこなのだろう。わたしはどうしてここにいるんだろう。
どれくらいすすんだ? すくなくともふつかはあるきっぱなしだ……。いつしれんはおわる? あした? あさって? それともいちねんご? それとも──。
ついにわたしは、あしのうらのいたみにたえられなくなって、りゅかとのぶながくんのふくをかたてに、はいつくばってすすんだ。はやさはきっとすろーつむりというむしよりおそいだろう。
きが、くるいそうだ。あたまがぼんやりする。
ねむい。ねむい。でも、いまねたらさんにんとも、けるべろすのえさになってしまう。
のぶながくんとりゅかは、わたしがまもらないと……。
おなかすいた。ひとかけらのぱんでもなんでもいい、なんだったらくさでもむしでもへびでもいい。とにかくたべたい……。いきたい……。
──わたしが、そうこころのなかでつぶやいたときだ。
ちょうどわたしのみぎてに、なにかがひっかかった。
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