冥界の入り口
「じゃあね、アル君」
ベルフェゴールを倒して一晩ぐっすり眠った私達はついにアル君と別れる時がきた。
ルシファーを倒す為に、ガブリエル様の試練がある冥界に行かなければならないからだ。
アル君は先ほどからずっと何も言わずに俯いている。
私はそっとしゃがんだ。
「……アル君、」
「エマ。俺、俺さ……あの悪魔の言う通りにするのは腹立つけど、諦めないよ」
「!」
アル君が顔を上げる。最初に出会った時から、随分と大人びて見えた。
「エマみたいな勇者がいるんだって分かったんだ。だから諦めない。エマがきっと、悪いやつを倒してくれるって信じてる!」
力強いその言葉に私は思わず瞳が潤んだ。
私を奮い立たせるのに、これ以上の言葉があるだろうか。
リュカの背中に乗ると、私はアル君やベックスさん、村の人達に手を振った。
「またな! エマ! 絶対また、悪いヤツ倒して会いに来いよ! 大きくなったら俺のお嫁さんにしてやるからなぁ~!!」
「ははは、分かったよアル君! またね!」
「おい、エマ。なにOKしてるんだよ!?」
「ちょっとリュカ。子供が言ってることをいちいち真に受けてどうするの」
「うっ……」
私がそう言うと、リュカはちょっと不貞腐れながら翼を広げる。
するとそこで、私の胸元からぴょっこりミカ君が顔を出した。
「まぁ色々あったけど、気を取り直して次の試練だ! このまま真っ直ぐ進もう! 冥界までそう時間はかからないぞ!」
***
ミカ君の言葉通り、冥界までは一日もかからなかった。
うっすらと空に闇が滲んできた時間帯に例の入り口へとたどり着いたのだ。
冥界の入り口とは、洞窟だった。
周りの空気がゆっくりと、ねっとりとその洞窟の中に吸い込まれているのが分かる。奥底から人間の悲鳴が聞こえてくるかもしれないし、違うかもしれない。
とにかく不気味だった。私は肌を包む冷気に眉を顰める。
「──エマ、」
「! 師匠」
師匠がノブナガ君の腕輪から顕現し、私の肌を温めてくれた。
私は凍っていた足が嘘みたいに軽くなったのが分かった。
そうだ、私は独りじゃない。怖くない。私には一緒に進んでくれる仲間がいるんだ。
そう思うと今から冥界へ向かうというのに微笑みすら浮かべることが出来た。
するとミカ君がピンと尻尾を立てて、「はい注目!」と声を上げる。
「冥界に入る前に君達に試練のヒントを与えるぞ!」
「ヒント?」
「うん。おそらくだけどガブリエルの試練はケルベロスの大迷路だ。おそらく途中でケルベロスが僕達を襲ってくる」
「!」
「でもヒュドラを倒した君達ならきっとケルベロスも乗り越えられる。僕はそこらへんはそんなに心配していないんだ。本当に心配なのはケルベロスの唾液から生まれたトリカブトさ」
トリカブト? 聞いたことのない言葉だ。
リュカとノブナガ君を見れば、彼らも同様らしい。
「トリカブトっていうのは冥界にしか生えない死の果実だ。青紫色の綺麗な花と真っ赤な実が特徴とされる。冥界に迷い込んだ英雄や人間達が誤って口にし、皆死んだという話がいくつもある。冥界の食べ物を食べた時点で、この世界には戻れなくなるからね。実質即死なのさ」
「青紫色の綺麗な花と、真っ赤な実……」
死の果実、トリカブト。なんて恐ろしいものなんだろう。絶対に食べないようにしよう。
私はぐっと拳を握りしめた。
ミカ君が説明は終わったとばかりに聖剣の姿へと変わる。
私はそんな彼をしっかり握りしめて、冥界の奥底をまっすぐ見つめた。
冷気が頬を撫でてくる。まるで生者である私達を死へ誘うゴーストのように。
でも負けない。死ねない。ラファエル様は言っていたのだ。希望とは未来に望みをかけ、前に進む志。つまりケルベロスがどんなに強くても、大迷路にどんな罠が待ち構えていようとも前に進むことこそがこの試練を乗り越える鍵なのだ。
──足を止めるな。絶対に。
私はそう自分に言い聞かせて、冥界の入り口へ足を踏み入れた──。
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