悪魔が求めていたもの

 

 俺様は、悪魔ベルフェゴールは──ルシファーの《怠惰》の要素を分離させてできた分身体だ。


 故に、この身体は今まで《怠惰》の罪を犯した人間の魂の団塊とも言える。

 生は基本的に苦難である。その苦難から逃れようとした者がその罪人に該当するのだ。

 

……まぁ、要するにだ。俺は自殺した魂の集まりってわけなのさ。


 ある人間は借金から逃れるために、ある人間は恋が報われなかった悲しさを打ち消すために、ある人間は病の苦しさに絶えきれずに──生きることを怠惰した諦めた


 死は楽だ。だって何もしなくていいのだから。何もないのだから。

 

 人間なんて、弱い生き物なんだ。楽な方に逃げることは仕方の無いことだろう。

 そんな俺の在り方は勿論、今現在生きている人間達とは相反するものだ。

 だからこそ、人間が大嫌いだ。だが──。


『僕はね、君と同じだよベルフェゴール。僕も人間が大嫌いだ。だからさ、数を減らしちゃおうよ。そしてもっと面白い世界を生み出そう!』


 俺がルシファーから生まれたとき、ヤツにそう言われた。

 俺は面白いとばかりにそれに頷く。人間が少なくなるのは俺にとって本望だと思っていた。

……はずだった。


 ルシファーには好きにしていいと言われたので、俺は人間達に嫌がらせをすることにした。


 まず人間達に中途半端な技術を与えた。

 どうせあいつらは理解できないだろうと思ったから。

 あいつらが首を捻って未知の技術に四苦八苦する間抜けな姿を見たかった。


 次に俺は通りすがりの人間達にとても臭い草を放り投げてやった。

 あいつらが鼻を摘まんで困り果てる姿は愉快だと思ったのだ。


 周りの村に攻め込まれ、殺されそうになっている村人達には鉄鉱石を投げてやった。

 同じ人間にも悪魔にも虐げられた村人達が諦める顔が見たかった。


──しかし、俺様のあいつらへの嫌がらせはいつも想定外の結果を招く。


 人間は俺様が与えた技術を長年かけて研究し、ついにモノにしやがった。

 自分達の生活をより楽にするための道具として今も使われているようだ。


 放り投げた臭い草。あいつらはこれまた時間をかけてこれを薬にしやがった。

 俺の嫌がらせはずっと人間達を苦しめていた病に効く特効薬になったのだ。


 鉄鉱石を与えた村人達はそれを武器へと変貌させた。

 その鉄の武器で自分たちの村を守り切ってみせた。


──どうして俺様の嫌がらせはいつも失敗してしまうのか。


 そんな悩みを俺様の可愛い弟分だったレヴィアタンに話すと、ヤツはどこか嬉しそうに答える。


「それは、ベルフェゴールさんが人間を好きだからだよ」

「はぁ? 俺が? 人間を?」


 全てを諦めた俺様が、あんなヤツらを好きになるはずがない。

 そう言うと、レヴィは声を上げて笑った。


「──貴方は、その魂の在り方故に、人間が好きなんですよ、ベルフェゴールさん」

「……どういうことだ?」

「貴方は〝諦めた〟人達の魂からできている。だからこそ、貴方達は今生きている人間に諦めて欲しくないんですよ。人間が、自分達のように弱い生き物であるはずがないと思いたいんです」

「っ、」

「だからこそ貴方は中途半端な技術、臭い草、鉄鉱石、その他たくさんの嫌がらせを人間達に与えたんです。その嫌がらせが道具なり、薬草なり、武器なりになったのはそれを研究し続けた、最後まで諦めなかった人間がいたから。その度にベルフェゴールさんは『ほらな、人間は諦めない。弱くなんかない』と心のどこかで誇りに思いたかったんだ」


 いいや、違う! あいつらは、弱い、弱い生き物だ! 

 そんなこと、俺様が一番知っている。……はずなのに。

 それでも、魂のどこかで「強くあって欲しい。ルシファーなんかに、負けるな。俺達みたいに、諦めるな」と声がするのだ。


……あぁ、死に際の今になって、分かったよレヴィ。

 認めてやる。俺様は人間が好きだ。

 勇者の小娘や、アルとかいうガキの真っ直ぐな瞳を見て、俺様は、は歓喜したんだ。


 そうだ、俺達は人間が弱い人間だと知っている。

──だからこそ、今生きている人間の強さも同時に知っているのだ。


 どんなに苦しい時でも、痛い時でも、悲しい時でも。

 今生きている人間は、それを乗り越えようと足掻く。

 

 そんな人間が、好きなんだ。憧れていたんだ。


 だから──。




***

 



「ベルフェゴール……!!」


 エマがベルフェゴールの顔を覗き込んだ。

 ノブナガがそんなエマをベルフェゴールから引き離そうとする。


「エマちゃん、危ないよ! 下がって、」

「待ってよノブナガ君。今、ベルフェゴールの様子がなんだかおかしかったの!」


 するとその時、ベルフェゴールがエマの手をがっしりと握った。

 ノブナガが瞬時に鎌鼬の先を向けたが、エマがそれを制す。


「……、」

「なに? 私に言いたいことがあるの?」

「……ぁ、」


 ベルフェゴールの腹に突き刺さったのはノブナガがガブリエルから特別にもらったヒュドラの牙だった。

 神をも殺すと言い伝えられているヒュドラの毒には悪魔ベルフェゴールでも敵わなかったらしい。

 ベルフェゴールはヒュウヒュウと苦しそうに呼吸を繰り返す。


「……お、まえ、これから、先も、る、ルシファーの野郎に、挑み続けると、約束、できるか?」

「出来る。私がルシファーから皆を救う。約束する」


 エマの即答にベルフェゴールは悪魔らしくない、その顔だちの良さを生かした好青年のように笑った。

 そしてゆっくりとアルに視線を移す。


「が、ガキ、てめぇもだ……アルだったな。……アル、てめぇも、人間の、これからを、諦める、なよ……」

「!? 何を勝手なこと言ってんだお前! 俺の両親を喰ったくせに!」

「あぁ、分かってる……その上で、言ってるんだ。お前ら子供が諦めたら、人間に先はねぇ……俺がお前に与えた悲しみも、乗り越えろ……その、強さで」

「意味が分からないよ!!!」


 アルが地面に拳をたたきつけ、ベルフェゴールを睨んだ。

 ベルフェゴールはそれでいいとばかりにエマに視線を戻す。


「頼むからよ、お、俺達みたいに……怠惰し諦めないでくれ……あんな、クソ野郎なんか、さっさと倒して……人間は強いんだと、人間の弱さに絶望した俺達に、示して、くれよ……っ」

「!」


──そしてついに力尽きたのか、ベルフェゴールはピクリともしなくなった。


 エマは何も言わない。黙ってベルフェゴールの顔を見つめていた。

 アルは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。自分の両親の仇に突然励ましに近い言葉を投げられたら、誰だってそんな反応を示すだろう。


「なんて……なんて勝手なヤツなんだよ、ほんと!!」

「……勝手なのは当然だよアル君。だってこいつは──悪魔なんだから」


 ベルフェゴールの死に顔が少しだけ、誇らしげに見えた。



***

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