覚悟の話


『──貴方は、その魂の在り方故に、人間が好きなんですよ。ベルフェゴールさん』


「…………、夢か」


 ベルフェゴールは薄暗さが絶えない荒野の岩の上で目が覚める。

 少し前までは草原だったはずのこの場所は彼が住みついた影響かすっかり荒れ果ててしまっていた。

 寝心地の悪い岩に寝転び、空を見つめる彼はふとため息を吐く。

 

「……レヴィ、お前……なんで先に死んでんだよ……羨ましいなクソ……くそったれ……」


 そうぶつぶつベルフェゴールが呟いていると、彼の僕達──そこらへんで拾った屍達が一点の方向に目を向ける。

 ベルフェゴールの頭部に狼耳がピクンと生え、彼もそちらに瞳を動かした。

 何かがこちらにきている。これは──。

 ニタリ、と勝手に笑みが浮かんだ。舌なめずりをしながら彼は立ち上がる。


「あのガキの匂いか……!!」


 ──怠惰の匂いがする。

 ──俺様の大嫌いな、怠惰の匂いが──。

 ──自分が死ぬことを分かっているくせに、それでも向かってくる怠惰くそがき


「……はは、」


 狼の姿へ腰を折り、ベルフェゴールは無意識のうちに笑い声を溢す。

 その笑いの意味は、果たして嘲笑なのか、それとも──。




***




 小さな足を動かして、進む。

 少年──アルは暴れる子猫の姿のミカエルを抱いて、地から闇が漏れる荒野を歩いていた。


「おい! おい! 大天使である僕を眠り草で眠らせるなんて! 本体あいつに知られたらなんて馬鹿にされるか! 離してよ! 離せー!! エマー! 助けて!」

「う、うるさいなお前! あの弱っちいエマっていう女より俺の方が勇者の素質はあるだろ!? お、俺を勇者にしろ!」

「──素質?」


 ミカエルがはっと鼻で笑う。

 

「君なんかに勇者の素質はないよ。一昨日きやがれってんだ」

「!? な、」

「君、つい先日エマに助けてもらって実際に悪魔と向き合わなかっただろ? だから君が今誰に挑んでいるのか、君は分かっていないんだ。子供らしく、無知の恐ろしさを知らずに突っ走ってるんだ」

「な、何言ってるんだよ! 俺はあいつの怖さを知ってる! 知ってるさ! あいつが母さんと父さんを喰った時に目に焼き付けるほど見ていたんだから! 知ってる、の、に……」


 その時、アルの全身に冷や汗が噴き出した。


 アルは恐る恐る背後に振り返る。

 いた。悪魔ベルフェゴールだ。

 ベルフェゴールは裂けているのかと思うほど口角を上げ、涎をポタポタ垂らしている。

 口内から不気味な生ぬるい湿気を発する悪魔は、黄金に光る白目に浮かんだ小さな瞳をギロリとアルに向けていた。

 ミカエルが震えるアルの前に立って、ベルフェゴールに威嚇する。


「アル、君は下がれ! 僕が時間を稼ぐ」

「!? ……っ、いや、俺も戦ってやる! お前、早く聖剣になれよ!!」

「いいや、今の君に聖剣を握る資格はない!!」


 そんなミカエルの言葉にアルは歯を食いしばる。

 そしてそっと隠していた眠り草を取り出すと、ミカエルにそれを投げつけた。


「──!? ちょ!? なにしてるんだ!!?」

「お前が聖剣にならないならもういい! 俺だけでベルフェゴールを倒してやる!!」


 アルはミカエルが一瞬眠気に気を取られた隙にナイフを手に取り、ベルフェゴールに襲い掛かった。

 手は震えなかった。怖くなかったから。

 目の前で父と母を殺した憎しみの方が恐怖を上回っていたから。


 ──そう思っていた。


「…………えっ」


 気付けばアルの身体は傍にあった岩に衝突した。

 ガクンと首が上下に揺れ、背中に痛みが走る。

 そして数秒後に己の腹に赤が見え、さらなる痛みに気づいてしまう。


「え、あ……いたぁ……」


 腹に三筋の切り傷が出来ていた。

 ベルフェゴールが己の爪をペロリと舐める。

 その様は、あの時の、父と母が喰われる前の──獣の表情だ。

 腹の痛みがようやくアルを子供の夢から現実に引き戻した。

 

 アルは今まで守られてきた。命に関わるほど傷ついたことが無かった。

 両親に、祖父に、同じ村の大人達に、そしてつい最近ではエマに。

 守られてきた者、しかも子供であるアルは絶対に分からない。“死”の覚悟を。

 大人達がどのような恐怖に打ち勝った上で、自分を守ってくれていたのか、たった今アルは感じていたのだ。

 

 ──怖い。

 ──知らない、こんな怖いコト。


 頭を抱えて、震える。まるで子供みたいに涙を流した。勿論、その後は子供みたいに声を上げて泣く。

 ミカエルが必死にアルの服を噛んで引っ張るが、アルは逃げない。

 今まで気付かなかった恐怖が一気に生まれ、混乱していた。


「う、うわ、うわああああん!!」

「あぁ? んだこのクソガキ。……まさか、」


 ベルフェゴールが人の姿に戻り、アルの腕を掴んで持ち上げる。

 アルの泣き声がさらに大きくなった。


「──てめぇ、何も知らずに、ここにきたのか?」

「うわぁぁぁぁあん」

「自分が確実に死ぬことを分からずに、俺様に喧嘩挑んできやがったのか? この荒野を寝床にしてるっていう俺様の独り言を聞いたから、前回も今回もここに来たんだよな? なのにてめぇ、自分が死ぬとは思わなかったのか? どうせ誰かが助けてくれるだろうって思っていたのか? 今までそうだったんだからって」


 アルの泣き声は止まらない。

 そんなアルにベルフェゴールは怒りを感じなかった。

 彼の中に噴き上がったのはもっと別の感情だ。

 

 ──失望。

 

「オイ、ガキ。早く俺様を殺してみせろよ。でねぇとお前の両親を喰った時に助けに来たあのジジイを今すぐ殺しに行くぞ」

「うわあああああああああ」

「……いいのか、ガキ。俺様を殺さなきゃ、お前の友も知り合いも全員死ぬぞ。そしてあのクソ悪魔の思い通りに、人間共はこのままあいつの糧になるんだぞ。おい、それでいいのかよ……そんなの、てめぇ……怠惰以下じゃねぇか……」

「うわあああああああああ」


 アルは混乱している。

 ベルフェゴールはそんなアルに唇を噛みしめた。


「……レヴィ、やっぱお前の言ってた事は間違ってたようだぞ」


 そう呟いて、アルの首を絞めようとしたところ──。


「──ベルフェゴール!!」

「!」


 ミカエルがその声に反応して素早く跳ぶ。


 その先にいたのは、エルピスから降り立ったエマの手の内だった──。



***

近況にも書きましたが、まおパパのサラマンダー君のオリジナルキャラクターソングが……完成致しました。曲はこちらから聴けます(https://twitter.com/sorafuwasoul/status/1171333111893778433?s=20)。エレナ&ノームのカップリング曲はただいま製作中。それにしても主人公より先にサラマンダーの曲ができるとは……。

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