勇者の使命


 夕ご飯を食べてからは夜の闇を利用した特訓その6が始まる。

 戦う時、いつも周りの見える明るい場所とは限らない。

 故に闇の中で戦う練習も必要なのだ。

 闇の中、気配を感じた方に剣を振るという特訓。最初は全然的外れなところに振っていたけれど次第に師匠の気配を感じ取れるようになってきた。

 師匠の身体にようやく剣を掠る程度には成長できたところで今夜の特訓は幕を下ろす。

 師匠が私の頭を撫で、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 師匠のこんな顔を見ることが出来るのは私と二人きりのときだけなので、ちょっぴり楽しみでもある。


「よくやったぞエマ。明日も一日中特訓するから覚悟しておけよ」

「はい! 師匠! では私は向こうの川で身体を清めてから洞窟に戻りますね」

「……見張りは、」

「いりません! 思うんですけど、師匠はちょっと過保護です」

「そ、そうか……」


 何か言いたそうな師匠だが、渋々洞窟に戻っていった。

 私は村の人からもらった布きれを握りしめて川の方に行く。

 川の水で布きれを濡らして、服を脱がずに身体を拭いた。

 しかしその時──。


「誰っ!?」


 先ほどまで気配を感じる特訓をしていたからだろうか。

 妙に神経が緊張していて、近くに気配を感じることが出来た。

 草陰から出てきたのはなんとアル君だ。すぐに警戒を解く。


「どうしたのアル君。子供はもう寝る時間でしょ?」

「……勇者には、どうやってなれるんだ?」


 私は眉を顰め、「どうしてそんな質問を?」と尋ね返した。

 答えはもう、分かっているようなものだけど。


「母さんと父さんは、あいつに食われたんだ。あのクソ悪魔に! 俺は……俺が! 絶対にあいつを倒さないといけないんだ!!」


 アル君の瞳には何かがギラギラと滾っていた。

 私は脳裏でアル君の事を憂うベックスさんの姿を思い出す。

 背筋を伸ばして、アル君を真っ直ぐ見つめた。


「アル君、」

「な、なんだよ」

「……アル君みたいな小さい子が、戦う必要なんかない」

「!」

「アル君のお父さんお母さんの仇も私がとる。それにアル君の未来だって、あんな悪魔に奪わせはしないよ! だから、」

「──でも、お前、あの悪魔に勝てなかったじゃん。……前に追い払った時は聖剣があったからだろ? 聖剣さえあれば、俺だって勇者になれるはずなんだ! 今日ずっとお前の特訓見てたけど、お前全然強くないしさ。あのノブナガってのが勇者の方がよかったよ!! 女のお前より絶対俺の方がもっとやれる! ──だから、俺に聖剣をくれよ!!」


 アル君の言葉は深々と私の心を突き刺した。

 私は何も言い返せなかった。鼻の奥に熱が篭もって、必死に感情が表に出ないように力を入れる。

 

「……っ、アル君……」


 するとそこで、聖剣として身を潜めていたミカ君が子猫の姿に戻り、アル君を威嚇した。

 アル君は突然現れたミカ君に驚く。


「うわ!? なんだこいつ!? 聖剣が子猫に!?」

「あ、こ、こら! ミカ君!? 急にどうしたの!? ごめんねアル君、この子理由もなく威嚇するような子じゃないんだけど……」

「しゃああああああっっ……っ!」

「!! ……ふん!」


 アル君はミカ君に恐怖を感じたのか、そさくさと洞窟へ戻っていった。

 それを確認したミカ君は仁王立ちして、ミカ君の後ろ姿を睨んだ。


「ふん! 僕は大天使だけど、腹が立つのは腹が立つのさ!」

「み、ミカ君。あの子は傷だらけなんだから……攻撃的になるのは仕方ないことだよ」

「……でも、今は君だって傷だらけだろ」

「!」


 ミカ君が私を見上げる。

 そんな円らな瞳に思わず涙がこぼれた。

 自分なりに頑張っているつもりだ。でも傍から見れば、私はやっぱり頼りない女の子で……。

 私がもっとガルシア王みたいに筋肉質な男だったらアル君も安心できたのかな。

 そう思うと悔しかった。

 するとミカ君が私の足にスリスリと擦り寄ってくる。


「……自信をもって。君はヒュドラを倒した。誰にでも出来ることじゃない。僕は……君だから出来たことだと思ってる。つきあいはまだ短いけれど、僕は君のことを気に入っているんだよ。大天使に気にいられるなんて凄い才能なんだぜ!」


 ミカ君が必死に励ましてくれるけれど、涙は止まってくれない。

 とりあえず落ち着くまで私はその涙を瞳から溢し続けた。

 三十分ほど泣いて、ようやく嗚咽が止まる。

 ミカ君が「落ち着いた?」と優しい声をかけてくれた。


「ん。落ち着いた。ありがどう」

「あまり気を病むんじゃないぞ」

「うん。分かってる。でも、こういう声も受け止めた上で進まないとね」


 アル君、今はまだ頼りない私だけど、絶対にあいつを倒してみせるから。

 アル君の怒りと焦り、しっかり私に届いたよ。

 

「……勇者の使命って悪魔を倒すだけじゃないんだね」


 月明かりに照らされた川を眺めながら、私はぼんやりと呟いた。

 勇者でありながら一国の王でもあるパパやウィンディーネ女王の凄さを改めて実感する。

 ミカ君はそんな私の傍らで「それが分かっているから、君は勇者に向いているんだよ」と嬉しい言葉を川に落とした。

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