予感
アル君や村の人の希望になるには、少しでも私が強くなる必要がある。
というわけで、翌日から師匠に猛特訓してもらうことになったのだ。
こうしてみると事前にベルフェゴールと戦えたのは幸運だったかもしれない。
あいつの動きをイメージしやすいからだ。
ノブナガ君とリュカも私の剣の特訓に付き合ってくれるという。
……しかしそれにしても。
「剣重すぎない!? もう腕が震えてるんだけど!?」
そう。師匠の今日の訓練その1。いつもの重さの二倍の聖剣での素振り。
これが本当にきつい。肩から手首が麻痺しているかのような感覚に襲われる。
師匠は仁王立ちして私のすぐ傍で私の姿勢が崩れないか見張っていた。
「仕方ないだろう。お前、今までまともな訓練を受けたことがないようだからな。まずは身体づくりからだ」
「う、そ、そんなぁ……」
「慣れたら剣の重さを三倍四倍にしていくからな。身体強化魔法でなんとかなるとは思うなよ。それに身体を鍛えればアレの反動も少しは楽になるぞ」
「は、はい! ふっ、っ、」
呼吸と腕の動きを合わせながら、何回も何回も剣を振る。
ノブナガ君は太い大木を振り回しているんだけど、疲れた様子はない。
リュカの方は私と同じくらい苦労してるみたいだけど。
「の、ノブナガ君は凄いねぇ。全然疲れてない」
「へへ、俺は妖怪達と毎日森を駆け回って遊んでたし、体力には自信あるんだ!」
「く、くそ……ノブナガなんかにまけるかよ……はぁ、はぁ……」
それから三十分程素振りを続けていたら、ようやく師匠の休憩の許しが出た。
村の人からもらった服は汗でびっしょりだ。
すぐ近くの川に水を飲みに行くと、ノブナガ君が一気に川の中に頭を突っ込んだ。
「──ぷはぁっ! おいしい!」
「うん、特訓の後のお水は美味しいね」
「ん!!」
リュカもノブナガ君と同じく頭を川の中に突っ込んで凄い勢いで水を飲む。
そして頬いっぱいに水を含んで一気に飲み込むと、すぐに立ち上がった。
「え? リュカ? どこいくの?」
「素振り。ノブナガに負けたままは気持ち悪いからな!」
足早に去っていくリュカに私は肩を竦めた。
「まったく、負けず嫌いなんだから」
リュカの後ろ姿を見守りつつ、思わず笑みがこぼれる。
するとノブナガ君が頭をがしがし掻いて、顔を背けた。
「……エマちゃんはさ、リュカのこと好きなの?」
「え?」
不意なノブナガ君からの質問に私は首を傾げる。
そりゃ好きだよ。だってあいつは幼馴染なんだもん。ちっちゃい頃から一緒だったし。
そう言えば、ノブナガ君は「そうじゃなくて、」と言葉を詰まらせた。
「あぁ、やっぱ質問変える! ずっと気になってたんだけど、エマちゃんって一国の王女様でしょ? その……婚約者とか、いるのかな!?」
「あー、婚約者ね。いないよ。ママとかお世話係のフォルトゥナがいっつも婚約者リストをもってくるんだけど皆顔だけ~って感じで断ってるの」
「ふ、ふぅん。い、いないんだ……そっか、ふーん」
こっそりとガッツポーズをしたノブナガ君には気付かないまま、私は膝に顔を埋める。
ちょっとだけ今は本音を溢したい気分になったのだ。特にノブナガ君の前だと私はどうも気が緩んでしまう。
「──ま、本当は結婚が怖いだけなんだけどね。顔だけの人なのかどうかは会ってみたいと分からないことだし」
「! 結婚が怖い? それは……どうして?」
「だって、結婚したらその人の国に行かないといけなくて……ママとパパに、会えなくなる、し……」
顔が熱くなる。
わ、私なに子供みたいなこと言ってるんだろう!
「あ、あはは~、十三歳にもなって何を言ってるんだろうね! やっぱ今のなし! 忘れてよ!」
「…………、」
ノブナガ君からの返事はない。
気になって見てみると笑いを堪えているようだった。
恥ずかしさがさらに増して、ノブナガ君の腕をバシバシ叩く。
「馬鹿! バカバカバカ! 忘れなさい!」
「ぷぷ、だって、その、あはは!! エマちゃんが、そ、そんな可愛いこというなんて思わなくて! ふふ、」
「な、なによ。箱入り娘だもん。おじいちゃんとかにも毎日会いたいしさ。大切な人に会えなくなるのは……本当に寂しいことでしょ?」
今みたいにね。そんな言葉は喉の奥に隠しておいた。
ノブナガ君は未だに口元を緩めつつ、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「──君がただの十三歳の女の子だって実感するほど、ちゃんと僕が守ってあげなくちゃって感じるよ」
「っ! はぁ!?」
思わず大きい声が出てしまう。
いや、だって、そんな顔でそんなこと言われたら……ねぇ?
ノブナガ君って実はパパみたいにキザなのかな。
そ、それに私には既にアムがいるのにノブナガ君にときめいてしまうなんて……!
……でも少し前におじいちゃんの城のドクターであるリリスさんがこう言っていたような。
私のアムへの想いは「恋」なんかじゃなくて、女の子特有の「憧れ」なんだと。
アムも、それに気づいているからいつも私の求婚を軽く流していたのだろうか。
リリスさんは「エマちゃんも恋をすれば分かるわよ」って言っていたけど……。
私も、いつか、誰かに恋をすることになるのかな。
もしもそうなら、ノブナガ君みたいに、一緒にいると安心できるような人と……。
──ん??
「──エマちゃん?」
「!!」
ばっちりとノブナガ君と目があった。
私はなんだか今はノブナガ君に見られることがすっごく恥ずかしいことであるような気がして、慌てて立ち上がる。
「エマちゃん? どうしたの?」
「きゅ、休憩そろそろ終わらないと師匠に怒られるかなぁって!! あはは! じゃ、私先に行くね!」
「??」
その後、私はモヤモヤした正体不明の邪念を打ち払うべく、師匠の鬼畜的特訓に人一倍は励んだのだった。
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