ベルフェゴールの謎


 私達は悪魔ベルフェゴールに襲われていた男の子──アル君に共に暮らしているという村の住民の居場所へ案内してもらっていた。

 案内された先は──なんと森の中。

 しかもランツァの森のように洞窟があり、皆はそこに隠れているのだという。


「──アル!」


 洞窟に入れば、老人にしては逞しい身体を持つ男性がアル君を抱きしめた。

 とても心配していたようで、涙を流している。


「 この馬鹿者がっ!! どこにいっていたんだアル! 今、村の男達で捜索隊を組んでいたところだぞ!」


 怒鳴られて、身体がどんどん小さくなるアル君。

 すると男性が今度は私に目を移した。


「ええと、アンタ達は……」

「たまたまこの子が悪魔ベルフェゴールに襲われているところを見かけたので助けた者です」

「べ、ベルフェゴールだって!? そ、それは……いや、今は礼が先だな。ありがとう! 本当にありがとう! もう儂には、アルしか残っていない……君達には本当に感謝しかない」

「い、いえ……」


 私は男性の背後を見る。

 何かあったのかな。怪我している人が多いような……。

 そんな私の視線に気づいたのか、男性は頬を掻いた。


「……よかったら、今日はここで一緒に休んでいかないか? お礼がしたい。歓迎させてくれ」


 リュカとノブナガ君の顔色を窺えば、二人とも頷いてくれた。

 色々事情があるようだし、アル君もこともあるし、放っては置けない。

 

 ──私は男性の提案を受け入れ、今夜はこの人達と一緒に眠ることになった。




***




 アル君の村の人達は皆いい人ばかりだ。

 ちなみにアル君を抱きしめていた男性はアル君の祖父で名前はベックスさん。

 

「この森の妖精達が儂達を導いてくださったんだ。彼らの導きがなかったら、今頃どうなっていたか……」


 村の子供達が寝静まった傍らで私はベックスさん達大人の人と村に何が起こったのか詳しく話を聞いていた。

 話によると、彼らの村は数日前にあの悪魔ベルフェゴールの襲撃を受け、ここに逃げてきたという。

 その時の状況を語るベックスさん達の顔色から、襲撃がどれほど恐ろしいものだったのかが見えてくる。


「ベルフェゴールはどういうわけか死骸を率いていやがった。魔物の死骸、人間の兵士の死骸……中には儂達の村人の死体もあったんだ。あっという間に囲まれちまって、もうどうすればいいのか分からなかった」

「死骸を? それって、生きた屍ゾンビってことですか?」

「あぁ。もしかしたらベルフェゴールには死者の身体を操る能力があるのかもしれない」


 あいつ、そんな胸糞悪い能力を持っているだなんて……。

 私は脳裏でベルフェゴールを思い浮かべ、拳を握りしめた。

 するとその時、ベックスさんが妙に難しい顔をして口を開く。

 

「──しかし一つ、分からないことがある」

「分からないこと?」

「あぁ。おかしいと思わないか? これだけ多くの者が負傷しているというのに子供達には……」


 そこではっと気付いた。

 ぐっすりと眠る子供達を見れば、確かに皆怪我一つしていなかったのだ。


「そういえばうちの子にゾンビ達が襲い掛かろうとした時、ベルフェゴールのやつは何故か怒鳴っていたわ」

「なに!? それは本当かアン!?」


 一人の村人の証言に私達は眉を顰める。


「ベルフェゴールは子供には手を出さないのかな?」

「いやでも、さっきアルを食おうとしてただろ」


 そんなノブナガ君とリュカの会話を聞きながら、私はベックスさんにずっと気になっていたことを話す。


「ベックスさん、そういえばアル君のことなんですが。あの子、どうやら自分からあのベルフェゴールの寝床に行ったみたいです」

「!? な、なんだって!? どうしてあの子がベルフェゴールの寝床の場所なんか知っているんだ?」

「分かりません。でもベルフェゴールはそう言ってました。それに今回のことでベルフェゴールはアル君に目をつけてしまいました」

「な、なんと……」


 ベックスさんは頭を抱える。

 この森には悪魔は手を出せないというが、それがいつまでもつかは正直分からないらしい。

 村人達の顔が不安そうに歪んでいった。


「──アルは、ベルフェゴールに両親を目の前で喰われたんだ」

 

 ポツリ、と溢された悲劇に私は呼吸が止まる。

 ベックスさんの大きな身体が小刻みに震えていた。

 

「だからきっと、親の仇を討ちたかったんだろうなぁ……。まだあんなに小さい子が、自分の命を捨てる覚悟で憎しみに突き動かされるなんて……祖父として、儂は、どうしたら……っ、」

「…………、」


 瞼を閉じて、少し不愛想なアル君を思い出した。

 あんなに小さな男の子が目の前で大切な人を失った。

 それは彼の今後にどれほど大きな影響を及ぼすことなのだろう。

 彼の心の中にこれから常に孤独が付きまとうことになる。

 頭のどこかで、いつも、自分の両親が蹂躙されている光景が離れなくて──。

 彼はベルフェゴールに呪われたのだ。絶対に消える事のない呪いをかけられた。

 

 ──許せない。


 私は立ち上がる。

 

「大丈夫、大丈夫です。私達がベルフェゴールを倒します!」


 はっきりと宣言した。村人達が唖然と私を見上げている。

 私はニヤリと口角を上げてみせた。

 ミカ君はそんな私の意図に気づいてくれたのか、すぐに聖剣に変貌し、私の手元に収まる。

 光り輝く聖剣を掲げた。


「き、君は一体──!?」

「私は勇者です。大天使ミカエル様に見いだされた勇者なんです! だから安心してください! 未来を憂うことはしないで。未来に希望を持つことは人間の武器なんですから!」


 だから、悪魔になんか負けないで。私はそう心の中で付け足した。

 憎悪や悲劇の呪いには、それ以上の希望でしか敵わない。

 ママやパパなら、きっとこうしたはずだ。

 私は勇者として、私自身がそんな彼らの希望となり、彼らを救うことを聖剣に固く誓った。


***

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