狼の悪魔


「何者だてめぇらぁ!!!」


 男の子を追いかけていた狼が咆哮する。

 私は男の子を抱きしめ、悪魔を警戒した。

 ノブナガ君がリュカの背から跳び下り、刀を構える。


「勇者とその御供ってところかな。悪いけど、この男の子にはこれ以上手を出させないよ!」

「! 勇者だって……?」


 男の子が円らな瞳をさらにまん丸にした。

 するとノブナガ君が狼に切りかかる。ノブナガ君の刀が炎に包まれていた。

 っていうかノブナガ君、いつの間にそんなカッコいい技覚えてたの!?


「炎!? す、すげぇ! あれが、勇者……!!」


 男の子が前のめりになって目を輝かせる。その顔にはノブナガ君への憧れが分かりやすく浮き出ていた。

 私はピクリとむっと眉を顰める。


「ち、違うー! い、一応勇者なのは私なんだからね!?」

「はぁ? お前が?? 女じゃん!」

「なっ!?」


 男の子は私を馬鹿にするかのように鼻で笑った。私は大人げなく鼻息を荒くしたけれど──。

 ノブナガ君の身体が私達の間に吹っ飛んできたことで会話は中断される。

 すぐさまミカ君の名前を呼んだ。ミカ君はふたつ返事で聖剣へと姿を変える。

 男の子の顔がまたもやポカンとしたものになった。私は口角を上げて、男の子を見る。


「嘘かどうか、そこでみてて」

「!」


 聖剣を握り、私は息を吸う。

 獣は涎をポタポタ滴らせ、こちらを食い入るように見ていた。


「そうか、てめぇがルシファーの言っていた勇者もどきか。すぐに分かったぜ。てめぇ、ムカつくほどあの破廉恥女にそっくりじゃねぇか……! 」

「っ、」


 ──この悪魔も、ママを知っている?

 私は一歩踏み出す。

 しかしここで──。


「エマ、脇しめろ! 基本中の基本だろ!」

「! 師匠……」

 

 私はハッとなり、師匠の言う通りにした。

 師匠との特訓後初めての実戦だからつい気が早まってしまっているかもしれない。

 心を落ち着かせつつ、相手を観察する。

 ふよふよと不気味にうねる黒がまとわりついた体毛に、真っ赤に染め上げられた眼球に……なにからナニまで不気味な容貌の悪魔だ。

 でもこんなやつ、ヒュドラに比べたら鼻くそみたいなもんなんだから!

 ぐっと聖剣の先をヤツに向けると剣から熱が流れてきて全身に広がる。きっと強化魔法の効果だろう。

 リュカが空から悪魔に襲い掛かろうとして、悪魔はすぐにそれに気づいてリュカに気を逸らした。

 

 その瞬間だ!


 私は剣を振るった。空中に素早く弧を描く。

 しかし悪魔はそれを惜しくも避けた! 微かに手ごたえがあったから掠ったはずだけど……。

 悪魔が鋭い歯を剥き出しにして不快を示す。


「ぐぅぅううううっ! ちょっと掠っただけでこれかよ、クソォ! 大天使は腐っても大天使ってわけか。──ちっ」


 悪魔はそう呻くと、なんと全身を煙のように膨張させ始めた。

 そして人間のように立ち上がり、私を指差す。


「おい女!! そのてめぇの怠惰、忘れねぇからな!! そしてそこのガキもだ! 自殺願望があるのか知らねぇが眠ってる俺様に挑んできやがって! 俺様の名はベルフェゴール! この名を覚えとけよ、てめぇらぜってぇ食い殺してやるからな!!」


 そんな捨て台詞を吐いて、ヤツは消えた。

 私は身体の力を抜いて聖剣の身に映る自分の瞳を見つめる。

 ……こんなんじゃまだ駄目だ。師匠の言う通り、私には攻めのバリエーションがなさすぎる。


 それにしてもあのベルフェゴールとかいう悪魔、気になることを言っていたけど……。


「……俺様に、挑んできやがってってことは……」


 私は悪魔から逃げていた男の子を見下ろす。

 男の子は逃げる途中で転んだのか、膝小僧と頬に擦り傷が出来ていた。


「君、自分からあの悪魔に会いに行ったの?」

「…………ふん、」


 男の子はそっぽを向く。

 私はリュカ、ノブナガ君と顔を見合わせた。どうやら色々と訳ありのようだ。

 この子も私達もベルフェゴールに目をつけられちゃったわけだし、このまま放っては置けない。

 ひとまず私達は男の子の村まで案内してもらうことにしたのだった。



***


今日中にあと1話更新したいなぁ。もう9月か。早い。

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