王女の自覚
「大丈夫だよ」
優しい声が落ちてきた。
ハッとなって顔を見上げればノブナガ君がにっこり微笑んで私の頭を撫でてくれる。
「言ったでしょ? 君は俺が守るって」
「の、ノブナガ君……腕が……」
私は腰を抜かした。
ノブナガ君はヒュドラの牙をひっつかんで動きを止めていたのだ。
ノブナガ君に掴まれた牙はわずかながらヒビが出来ている。
「びっくりした? アモンが憑依している間は結構力持ちなんだよ、俺」
「そ、そうじゃなくて! 毒が!」
そう。ノブナガ君の腕はヒュドラの毒に浸ってしまっている。
普通は痛みと熱で気絶してしまうような状況だろう。
だけどノブナガ君は涼しい顔で自分の腕を見た。
「あぁ、大丈夫大丈夫。燃やせばいいんだ、こんな毒」
ノブナガ君の腕に炎が宿ると、ヒュドラは慌ててノブナガ君から離れた。
ノブナガ君は「ねっ?」と首をこてんと傾ける。
「怖いのは当然だよ。勇者なんて大層なものにそんなすぐになれるわけがない。どうにかして君だけでも逃げれるように援護するよ。だから安心して」
「ノブナガ君……」
ノブナガ君が私の手をぎゅっと握った。しかしその時気づいたのだ。
──ノブナガ君の手も、震えていることに。
彼は、私を安心させる為に強がっている。
その事を察して、数十秒前の自分を殴りたくなった。
情けない。一緒に戦ってくれている仲間に、こんな気遣いをさせるなんて。
震えるノブナガ君のおかげで冷静さを取り戻すと同時に思い出す。
私は未来の王女。今、石にされてしまっている国民達を守っていかないといけない存在。
それなのに、私は──そんな彼らを「見捨てる」という選択を選びかけた!
王女として、一番、やってはいけないことだ!!
──立ちなさい、エマ・バレンティア!!
──お父様やお母様、おじい様達、そしてシュトラールの民達を胸を張って救いたいのならば!!
そう自分に叱咤する。そして震えるノブナガ君の手を強く握り返した。
「! エマちゃ、」
「──ありがとう、ノブナガ君。今まで王女として情けない所を見せてごめんね」
「!!」
「私はシュトラール第一王女であり、勇敢な両親の血を引いている。それなのに私は「子供だから」とか色々言い訳を考えて逃げようとした。私が生きている限り、この血に背くことは出来ないのにね。……でももう逃げない。君のおかげで思い出したんだ、色々と」
だから、見てて。私のこと。
そう彼の耳に囁いて、聖剣を握り直す。
ヒュドラの九つの頭部が私を見ていた。まるで私を試しているかのように。
ヒュドラの頭達の中でも一番中央にいるものが一番大きかった。
あれがおそらくボスだろう。もしかしたらあれの首を切ればヒュドラ全体に大きなダメージを与えることが出来るかもしれない。
そうと決まれば、さっそくあのぶっとい首を切ってやる!
私はそっと手のひらを掲げる。
「
いくつもの盾魔法を顕現させた後、それを踏み台にした。
獲物までこの踏み台で一直線に突っ走る!!
ヒュドラ達がそうはさせないと牙を剥く。
私は反射的に光魔法の玉をヒュドラ達の目玉に向けて投げつけた。
ヒュドラ達がそちらに気を取られた瞬間──
私は、両手で全力で聖剣を握りしめて、盾から飛ぶ。
加護の力なのだろうか、不思議にも身体が勝手に動いた。聖剣の輝きが増し始める。
「切れろ──っ!!」
一瞬、両腕に重みを感じたがそれを忘れてしまうほどの爽快感があった。
スッパリとヒュドラの大首を真っ二つにしたのだ。
他の頭達が叫んで暴れはじめ、その内の一つの頭部に激突する。
凄い勢いで私の身体が吹き飛んだ。
しかし壁に当たるギリギリで、その直進運動は誰かに抑えられた。
「──ったく、無茶すんじゃねぇ!」
「リュカ!」
リュカが空中で私の身体を受け止めてくれたのだ。
私は少し興奮状態で首無しヒュドラを見てそれはもう得意げだった。
「ほら見てリュカ、ノブナガ君! 私やったよ! あいつの首を切ってやったの!」
「うん、凄いよエマちゃん!」
ノブナガ君も私達の方に走ってやってくる。
私は嬉しくてノブナガ君を抱きしめた。
「ノブナガ君のおかげだよ! ありがとう!」
「なっ、え、ええええええエマちゃん!?」
「おい、エマ! お前、なんでそんなやつを!」
「おい!! 今はそんなことしている場合じゃないぞ!」
突然ノブナガ君からアモンさんが現れた。
まさかと思ってすぐにヒュドラを見ればヒュドラの首の切り口が蠢いている事に気づく。
瞬間、血の気が引いた。
「──まさ、か……」
そのまさかだった。
首の切り口から溢れた毒が気味悪く噴き出し、そこからみるみる首が生えた。
しかも二本。つまりこのヒュドラ、おそらく切れば切るほど首が増える化け物のようだ。
私は泣きたくなった。
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