毒蛇
「そう、僕は君の武器だ。君はどんな武器をお望みかな? 剣? 弓? それとも槍かい?」
「そ、そんなこと言われても……」
強いていうなら剣だろう。たまにだけど、パパに剣術を教えてもらった時があったからだ。
それでも素人よりちょっと使える程度で全然戦える実力なんてあるはずがない。
「大丈夫大丈夫。ある程度僕自身が君を導く。君が真っ直ぐに敵に向かう心を持っているのならね」
ミカはそう言って、突然粘土のように身体の形を変えた。
そして大きな剣となり、地面に音を立てて落ちる。
私はすぐにその剣を握ったけれど──ちょっと重くて持ちづらい。
「ミカ君? これ重いよ」
「あ、女の子にはちょっと重かった? これならどう?」
また剣の形が変わる。細くなった刃。その分随分軽くなった。
私は軽く振り回す。
「うん、これなら多分大丈夫」
「Ok。とりあえずこれで行こう。じゃあ武器も手に入れたことだし、さっさとラファエルの試練を──」
その時だ。神殿の奥から獣の叫び声が聞こえた。それと同時に壁に思わず手をついてしまう程の振動が伝わってくる。
私達は顔を見合わせた。
「……早く来いってさ。相変わらずラファエルはせっかちだね」
ミカ君が苦笑交じりの声でそう言った。
不安と恐怖と唾を呑みこみながら、先へ進む。
未だに地震が起こっているのかと思えば、足が震えているだけだった。
怖いに決まってる。
だって急に今の咆哮の声の主──おそらく化け物と戦えと言われて怖くないはずがない。
こんな時、お母さんなら「これも冒険だね」ってワクワクしたりするの?
そんなの、私には無理だよ……。
蛇の一本道が終わり、シュトラール城が一つ分入るほど広い空洞に出る。神殿の中なのに、洞窟の最奥部のように辺りは岩で出来ていた。
視界が悪かったのでお世話係であるフォルトゥナから教わった光魔法で広間を照らす。
天井を見ると今にも下にいる私達を殺そうとしているかのように巨大な石像の男性が私達に槍を向けていた。
ベトリ、と何かを踏みつける。床に紫色の液体がへばりついていたのだ。リュカが「なんだこれ?」と足元を探った。
私はなんだか嫌な予感がした。
「──おい、これって、多分毒の……!?」
リュカの声と同時にまた地震。光が当たりきれていない暗闇から何か巨大なものが蠢いている気配がした。
「なにかいる……! 皆、準備はいい? 光魔法を最大限にするから」
「うん、大丈夫だよ!」
ノブナガ君の声を聞いて、私は天井に浮かぶ光の玉に手をかざす。
「──
呪文を唱えれば光の玉がさらに輝きを増して、広間全体を晒した。
だけど私は次の瞬間、そうしたことを後悔することになる。
フン、と匂いのする温い風が全身を通り過ぎた。
思わず聖剣を握りしめる。ゆっくりと目を開ければ、そこには──。
チロチロと、舌を覗かせる蛇がいた。
私は足が動かなかった。だってその蛇は、エルピスよりも、私の何十倍も、大きかったから。
それに頭部が九つもある。それぞれが獲物である私達に狙いを定めていた。
聖剣を握りしめる手の力が抜けそうになる。
「──僕を離すな!」
ミカ君の声にハッとなって、聖剣を握り直す。
彼の声には少しだけ怒気が含まれていた。
「僕から手を離した瞬間、君は毒霧に犯されて死ぬぞ! この広間は
「っ!!」
私は荒ぶる呼吸を必死に押さえつけながら、剣を構える。
おかしい。さっきまではあんなに軽かったはずなのに。
今ではこの剣が最初よりも重く感じる。
「これは試練だ。君達なりの勇気をラファエルに見せつけてやれ! じゃないとどちらにしろ、君達は助からない!」
そうは言うけれど。
今、一歩でも動いたら、噛みつかれる。
ヒュドラは聖剣に警戒しているのか、様子をうかがっている。
こちらが動き始めれば戦いが始まる。死ぬかもしれない。怖い。助けて。
「エマ……?」
「リュカ、ノブナガ君。怖い、怖いよ……」
勇者は弱音を漏らしてはいけない。それなのに私は思わずそれを吐いてしまった。
その瞬間、二人が動く。
「──っ、」
リュカはドラゴンに変身し、その鋭い爪を使って、ヒュドラの首の一つにしがみ付いた。
ノブナガ君はアモンさんをその身に憑依させ、ヒュドラに向かって炎を吹く。
しかしリュカは首を振り回されて私の背後の壁に勢いよく投げ飛ばされてしまったし、ノブナガ君の炎は鼻息一つで消されてしまった。
わ、私も、攻撃しないと!
どこを切ればいい!? 長い首!? でもどうやってあそこまで飛ぶ!? 噛まれたら毒で溶けてしまいそう!?
頭の中で色んな声が飛び交う。要は混乱していた。
──駄目だ、一旦逃げないと!
そんな思考に至ってしまったのは、自分でも愚かだと思った。だけどそうしたかった。
今すぐにも、逃げ出したかった。
でも。
「!」
一本道は隙間なく詰められた蛇達により塞がれていた。
蛇達が逃げようとする私を責めているのか、牙を見せている。
私は嗚咽を漏らす。
──なんで、こんなことに?
──そうだよ。私はただ、平凡な十三歳の子供だ。
──こんな化け物に敵うはずがない。
──どうして私はこんな所に来てしまったんだろう。
──勇者になるなんて、そんなの無理に決まっているのに。
どうしようもない負の声が私の脳内を支配する。
しかしヒュドラがそんな私を待ってくれるはずもない。
もはや石も同然の私に容赦なく彼らはご自慢の毒牙を見せてくる。
──そして。
私の視界が、反転した。
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