ラファエルの神殿


「ね、ねぇこれ……本当に大丈夫なの?」


 エルピスの背中で私は怯える。私の後ろにいるノブナガ君も唾を呑みこんでいた。

 だって今、私達の目の前には──今にも私達を食おうと言わんばかりの巨大な渦があるから。

 ここは通称「海の目」と言って、伝説の人魚の王国アトランシータへの入り口とも聞いている。

 そのアトランシータの王様はパパの友人だって聞いたことはあるけど、正直信じていなかった。

 ミカエル様は怯える私にこてんと首を傾げる。


「え? エマ怖いの???」

「あ、あ、当たり前でしょ! 私を何だと思ってるんですか!」

「だってエレナが前に海の目に飛び込んだときは冒険の匂いがする~ってワクワクしていたようだし……」

「ま、ママと一緒にしないでもらえます!? 私はママみたいに楽観的でもないの!」


 というかママ、ここに飛び込んだの? しかもワクワクしながら? 嘘でしょ……。

 私は拳を握りしめる。

 

 私達はまず海を司っているという「勇気」の大天使ラファエルの試練を受けることにした。

 そのためにはこの海の目に飛び込まないといけないらしいのだけど……。

 うぅ、最悪だ。私はまだ十三歳なのに、こんな所で死ぬのね……。

 まだアムと結婚もしていないのに。そう思ったけれど、脳裏でそのアムが石になっていく様を思い出した。


 ──そうだ、皆石になってしまった。

 ──これは、皆を助ける為の第一歩なのだ。


 私は深呼吸をして自分の両頬を思いっきり叩いた。

 エルピスの首を撫でる。エルピスは心配そうに私を見つめている。


「やるよ! やってやるわよ! リュカ、ノブナガ君! 手を!」

「え、あ、う、うん!」

「おう!」


 ぎゅっと三人で手を繋いで、頷き合った。

 大丈夫、私には仲間がいる。きっと、大丈夫。


「いちにのさんで飛ぶからね。せーの、いち! にの! ──さん!!!」


 私は思い切ってエルピスの背から跳び下りた。

 ミカエル様が「頑張ってね~」と呑気に手を振っているのがチラリと見える。

 すぐに水面に身体が叩きつけられて、渦に流される。

 左右上下が分からず、ただ私達の命運は海の目に託された。

 息が持たない。そう思って、思わず口を開けば水が口の中に勢いよく入ってくる。

 しまった! 慌てて口を閉じるが息苦しいのは変わらない。

 お願い、早く、早く──。

 たった三十秒程の時間だったかもしれない。だけど、私達には随分長い間渦の中を踊っていたような気がした。

 渦は意外にもあっさり私達を海底に追い出す。

 私はすぐに泡魔法を自分とリュカ、ノブナガ君に掛けた。


「ぶはっ、し、死ぬかと思ったぁ」

「はっ、はっ、息が、出来る……これって、」

「泡魔法だよ。これでしばらくは持つと思う。ほら、行こう」


 しかし私の足は一歩を踏まずに止まる。

 心臓が停止するところだった。

 

 ──私の目と鼻の先に、真っ黒い円らな瞳を向ける水竜がいたから。


 動けば食べられる。本能的にそう感じた。


「りゅ、リュカ! 見た目的にアンタの親戚でしょ! どうにかしなさいよ」

「お、落ち着け。その竜に悪意はない。……多分」


 リュカがそっと何か呻き声みたいな言語と共にジェスチャーをする。

 すると水竜が私達の周りを一周し、女の人のような高い鳴き声を上げた。

 凄い、水竜って、こんなに綺麗な声が出るんだ……!


「乗れだってさ」


 リュカがそう言うので水竜の背中を跨がせてもらう。

 そして私が彼の背を軽く叩いた瞬間──水竜は凄い速さで前進した。

 あまりに突然だったので頭が前後に揺れて少しだけ気分が悪くなる。

 でも次第にこの速さに快感を感じ、前かがみになっている私達は声を上げて楽しんだ!

 そして水竜が突然止まれば、勿論「うっ」と声が出る。


「ちょっとリュカ、今胸揉んだでしょ」

「は、はぁ!? も、ももも揉んでねぇよ! 事故だ事故!」

「ね、ねぇ、あれって……」


 私とリュカの小競り合いを余所に、ノブナガ君は何かに目を奪われているようだ。

 私達もそちらを見れば、ノブナガ君と同じく口を閉じるのを忘れてしまった。


「──神殿……?」


 そう。私達の目の前にあったのは神殿だ。

 私達の何十倍も大きい神殿。数本の柱に圧巻される。神殿のティンパヌムには蛇の頭部があり、恐ろしい形相で私達を出迎えてくれる。


「──来たか」


 年季を感じるしわがれた声に私達は驚いた。

 神殿の中心の柱身に一人の人魚がいたのだ。体長は二メートルを超えるだろう大柄の人魚だ。

 頭には透明感のある珊瑚で出来た王冠。世界史の本でよく見かける挿絵にそっくりだった。


「──ガルシア王?」

「そうとも。其方が我が友の娘──エマか」


 ガルシア王が私達にゆっくり近づいてくる。

 我が友の娘が私……ってことは、パパがガルシア王のお友達って言うのは本当だったの!?

 あの海の英雄と!? 私のパパが!? 嘘ぉ!?


「あ、あの、お初に、お目にかかります……偉大なる海の英雄、ガルシア王……」


 そう慌てて頭を下げると、ガルシア王はそれはそれは豪快に笑った。つい後ずさる。


「ふははは! そんなに怯えるでないエマよ! 其方の父と我は唯一無二の親友なのだぞ! それに其方の母ともな。まぁ最近はノームも忙しいようでなかなか遊びに来ないもんで寂しくはあったが……」

「あ、あの、ガルシア王。今、パ、じゃなかった、お父様は──」

「知っておる。忌まわしいことだ。其方は本当に辛い想いをしたな」


 ガルシア王の大きな手が私の頭を撫でる。

 その手から分かった。この人は本当に優しくて強い人なのだと。


「エマよ。これから其方には困難が度々訪れるだろう。死よりも辛い選択だと思い知る時もあるかもしれん。だが──其方はこのガルシアが認めた王の血をひいている。自信を持ち、前に進みなさい」

「は、はい!」


 ガルシア王は神殿の前に建てられていた像を槍の先で指した。

 ミカエル様にどこかよく似た男性の大天使の像だった。

 きっとこれが──。


「ラファエル像だ」

「……綺麗だね」


 ノブナガ君がポツリと溢す。

 私もリュカも黙っていたが、同意だった。

 

「ラファエル様の神殿はこの像のすぐ傍にあり、ラファエルの試練に挑戦する者が現れた時にだけ姿を見せるという。まぁ、そうはいっても其方らが初めての挑戦者だが」


 一体どんな試練が待っているんだろう。

 私は真っ暗で足場も分からないような怖い場所に立たされたような恐怖を感じた。

 だけど両手にぎゅっと温もりが伝わったのだ。


「行くぞ」

「うん、エマちゃんには僕達がいるよ」

「!」


 私は二人の優しさに再度助けられてしまったようだ。

 強がって口角を上げてみせる。


「──三人で試練を乗り越えよう!」

 

 そう言って、私達はガルシア王が見守る中──ラファエルの神殿へ足を踏み入れたのだった……。



***


更新お待たせしました。

八月は他サイトで大賞に応募したので更新頑張っていこうと思います!

ちなみにアルファポリスやエブリスタのまおパパはハイクオリティな表紙がつきました。

表紙だけでもぜひ見てやってください!可愛いエレナとカッコいいパパの表紙です。

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