必ず守る


 突然現れた黒髪の男の子と深紅頭の男の人のおかげで、私達はママとパパの思い出の場所であるラーツァの森の洞窟に逃げることが出来た。

 薪を燃やして、とりあえず今日はここに一泊することにする。

 リュカの傷は治癒魔法で癒したものの、まだ目が覚めないでいた。

 エルピスも怖い想いをしたのか私の傍を離れない。

 

「──それで、悪魔達に襲われていたそのドラゴンを見つけて助けてあげたんだ。そしたら突然俺を背中に乗せて凄いスピードで飛び始めてさ。それで君達を見つけたんだ」

「そう。エルピスがノブナガ君を連れてきてくれたのね。ありがとうエルピス」

「ぎゃう」


 私は甘えてくるエルピスの頭を撫でてあげる。

 私を助けてくれた男の子──ノブナガ君にも頭を下げた。


「ノブナガ君もありがとう。リュカと私の命の恩人だね」

「! い、いや、別に。助けたのは相棒のアモンだし。俺はただ彼を召喚しただけだ」

「アモン?」


 するとそこで深紅頭の男の人が洞窟の中に入ってくる。

 どうやら彼は周囲の様子見を兼ねて森で果実を採ってきてくれたようだ。

 その人は一番大きくて真っ赤な果実を私に渡してくれる。


「食え」

「! あ、ありがとう、ございます。貴方がアモンさん?」

「……あぁ」


 少し不愛想だけど、この人もきっといい人ね。

 私はにっこり微笑む。


「ノブナガ君、アモンさん。私はエマ。エマ・バレンティア。一応、この国の王女なんだ。改めてお礼を言わせて。……この度は私とエルピス、そしてリュカを助けてくれてありがとうございました。このご恩はいつかきっとお返しします」

「!」

「!!? え、今、君、王女って言った?」

「うん。シュトラール王国第一王女だよ。シュトラール国王ノームと王妃のエレナの一人娘なの」


 ノブナガ君は唖然としている。アモンさんも一瞬は驚いていたけれどすぐに真顔に戻った。

 私はありがたくアモンさんからもらった果実を齧れば、じんわりと甘みが舌を踊る。

 しかし同時に涙がポロリと零れた。本当に無意識だった。気が緩んだのかもしれない。


「え、エマ様? 涙が! どこか痛い!!? 大丈夫!?」

「っぅ、っく、ご、ごめ……違うの。今日のうちに色んなことがあったせいで気持ちが追いついていないんだと思う。見苦しいところを見せてごめんね」

「…………、」


 エルピスが心配そうに私を見る。

 ごめんねエルピス。貴方にまで心配かけちゃうなんて。私がしっかりしないといけないのにね。

 でも、涙が、止まらないよ。怖い。怖いよ……。

 するといつの間にかノブナガ君が私のすぐ傍まで来ていた。

 体温の篭もった私よりも大きな手が私の両手を包む。

 力強い瞳が私の目を突き刺してきた。


「……守るよ、」

「!」

「お、俺が君を守る。何があっても。だから、その、泣かないでほしい……」


 ノブナガ君の言葉は心の底からのものだって感じる。

 だからこそ、私は自然に笑みがこぼれた。彼の優しさに精一杯の感謝を込めて。


「──ありがとう、ノブナガ君。気持ちが楽になったよ」

「っ、う、うん!!! そ、それならよかった」

「ふふ。とりあえず今日は果実を食べたら寝ようか。明日になってから今後の事を考えるよ。リュカも目が覚めるだろうし。あ、あと私の事は様を付けなくていいからね」

「分かった。じゃあえっと、エマちゃん。よろしく」


 ……それにしても毛布もないし、少しだけ寒いな。マナ鉱石は熱を吸う性質でもあるのだろうか。

 果実を食べ終えた私が両腕を摩ると、不意に身体の右半分が温かくなった。

 見ればアモンさんが私の右隣に移動していたのだ。


「熱魔法を発動している。俺に寄りかかるといい。少しはましになるだろう」

「! あ、ありがとうございますアモンさん。……では、お言葉に甘えて」


 男の人だしちょっと気が引けるけど、確かに温かいので彼の肩に頭を預けた。

 ふわぁ……あったかぁい……。

 パパとママに挟まれて眠った時もこんな温もりだったなぁ……。

 誰かに頭を撫でられているような感覚。私はどんどん眠気に襲われる。

 

 ……パパ、ママ……私が、必ず、助けに、いく、か……ら……ね……。




***




「眠ったみたいだね。よかった」


 信長がエマの寝顔を見て、安堵する。

 アモンはエマの頭を撫でる手を止めた。


「それにしてもアモン、お前が女の子に優しいなんて意外だな。肩を貸してあげた上に頭撫でてあげるなんて」

「ふん、女にはじゃない。こいつには、だ」

「え? どういうこと?」

「……別に。それよりもノブナガ、お前エマに惚れたのか」

「!」


 信長の顔が分かりやすく真っ赤になる。

 アモンはそんな信長にせせら笑った。


「はっ、分かりやすいやつ。お前をからかう種が出来たようで何よりだな」

「な、なんだよ。仕方ないだろ。エマちゃんすっごい可愛いし、その、なんというか、悪魔から逃げている時は凄い勇敢な子なんだなって思ったけど……エマちゃんが泣いた時、俺が守ってあげなきゃって気持ちが一気に沸き上がったって言うか……こ、こんな気持ち初めて、だし……」

「おいおい、俺に言ってどうする童貞」

「ど……!? アモン、今のお前凄い悪い顔してる。畜生、俺が散々お前のことからかってきたのは謝るから勘弁してくれよ! ……それにしてもアモン、お前はいいのか? 俺はエマちゃん達としばらく一緒にいようと思う。エマちゃんのお母さんとお父さんを元に戻してあげたいし」

「あぁ。それに関しては問題ない。俺も目的は一緒だからな。ひとまずこのシュトラールの人々を石化した挙句に悪魔の巣窟にしたクソ野郎をどうにかしねぇと今回は解決とは言えねぇだろう」

「やっぱりアモンが言ってた想い人に降りかかる災難ってやつが今回の事件ってことだね。それならよかったよ」


 信長はエマが寄りかかっている反対側のアモンの肩に頭を乗せる。

 アモンが嫌そうな顔をした。


「おい。お前は許さんぞ」

「なんだよケチ。相棒だろ。うわ、ほんとに温かい。じゃあおやすみ~」

「ちっ」


 アモンはやれやれと薪の炎を消す。

 しばらくすると信長からも寝息が聞こえてきた。

 アモン……否、サラマンダーは周囲に敵の反応がないかどうか警戒しながら、ふとエマの寝顔を見る。


「……母親似だな、憎らしいほど」


 エマは言っていた。彼女の父親は石化され、母親はルシファーという男から自分を逃がしたと。

 サラマンダーは歯を食いしばり、エマの手をそっと撫でる。

 

 彼の決意は誰にも知られないまま、彼の中で熱く熱く燻っていた。

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