何かの始まり
──翌日、私はパパの遠征の見送りをしていた。
本当は遠征というのは建前で昨日言っていた悪魔討伐の為なのかもしれないけど。
「では行ってくる。……エレナ、」
「ちょ、ノーム……」
ちゅ、ちゅ、と軽いリップ音が降ってくる。
あーもー、パパとママはまたイチャイチャして……。
わざと咳をすると、パパの顔がにんまり緩む。
「そうかエマ、エマにもキスしてほしいんだな?」
「はぁ!? なんでそうなるの!! 違うし気持ち悪い!」
「はいはい分かった。じゃあハグだ。おいで、余の愛しいエマ」
私はパパの腕の中で暴れる。
ぐっ、ち、力が強い……。
結局パパは遠征に行ってしまった。
私は不満げにその馬車を睨む。
ママはそんな私に苦笑しながら私の手を取った。
「エマ、貴女に見せたい場所があるの。いいかしら」
「え? あ、うん……」
ママが私を連れてきたところはシュトラール領土内のラーツァの森だ。
こんな小さな森に何があるというのだろう……。
シュトラール王国の領土内の割には随分涼しい。
「ママ、この洞窟は? 暗いよ」
「大丈夫。魔物はいないわ。ほら、ママの手を握って」
私はママにピッタリくっついた。
そうしてママの温もりに付いて行ったけれど──やっぱり周りは暗いままだ。
「ま、ママ、」
「この辺が最奥部ね。エマ、簡単な魔法を使える? 何でもいいわ」
「え? あ、うん。えっと、
私は手の平に火の玉が乗る。
するとその時──真っ暗だった周りに細かい光が浮かんだ。
火の玉を消せば、そこはまるで満点の星空の中。
おそらくこの光はマナ鉱石。魔力で反応して輝く細かい鉱石だ。初めて見た。
私は感嘆の声を上げる。
「綺麗……!」
「ここはね、ママとパパが恋人になって初めてデートした所なの。その時にプロポーズもされたの」
「へぇ。パパって昔も随分キザだったのね」
「そうよ。しかもその恥ずかしい言葉も含めてあの人嘘をつかない性格だからねぇ」
ママは遠い思い出に微笑んだ。
ちょっとだけ。本当にちょっとだけだけど、羨ましい。
わ、私もいつかアムと一緒にここに訪れて……きゃーっ!!
ときめきで暴れ出したくなるのも耐えているとママの悪戯っぽい声が聞こえる。
「エマにも愛する人と結ばれてほしいわ。ねぇエマ、リュカとはどうなの?」
「えぇー!? リュカぁ!? ないない、絶対ない! リュカはお兄ちゃんみたいなものだし」
「ふふ、でもリュカはエマを本当に大切にしてくれると思うけど……」
「だから、私にはアムという婚約者(仮)が……!!」
──しかしその時だ。地面が揺れた。
私は叫び声を上げる。足が立てなくてママと一緒に地面に尻餅をつく。
「な、なに!? 今の……!!?」
「エマ、ついてきなさい!」
洞窟の外で待機してくれていたエルピスが落ち着かない様子で私達を見ていた。
エルピスが必死に首で指す方向を見れば──。
「ママ。なに、あれ……」
「!!」
私達のシュトラール城の上空が怪しく不気味な雲に覆われている。
そして城自体も今にも雷が落ちてきそうな空の下、影によく似た黒い霧で包まれていた……。
何が、起こっているの……?
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